第2話 ダークエルフの子供

 ダークエルフの子供の髪が乱暴に引っ張られる。


 ショートカットだし、男の子だろうか?


 いや、そもそも、エルフ族は男も女も顔が整いすぎて、子供の時分だと身体的特徴が薄いし、性別が良く分からないことが多い。決めつけは良くないかもな。


 しかし、あのダークエルフの子は今まで見てきた中でも、ずば抜けて死んだ目をしている。どんな酷い目に会ってきたのか……。


「頭ァ、ようやく成果を見つけたんで?」


「おう、やはり、数日前に北の森でドラゴンが暴れていたって情報は正しかったみてぇだな。手負いの大型モンスターの一匹でも仕留められりゃあ、めっけもんよときてみりゃあ……この通りの大金星よ!」


「ケケケ! こりゃ、馬鹿なエルフたちが竜の尾でも踏んだんですかね!」


「かもな。だが、若干マズイことになってやがるな」


 ダークエルフの子供を背の低い草が生い茂る地面の上に転がして、頭と呼ばれた男が小さく舌を打つ。


 どうやら、男は状況を理解したようだ。


「ちぃ、金より命か。……おい、お前ら、メスガキをここに放り捨てる! 俺たちは逃げるぞ!」


 期せずして子供の性別が判明。扱いに労りは感じられなかったが、どうやら女の子のようだ。やれやれ。救うに是非はないか。


「えぇ!? 大事な商品ですぜ!?」


「馬鹿野郎、囲まれつつあるのが分からねぇのか! ガキを囮にしてずらかるぞ!」


 利口だな。


 利口な悪党は大勢を不幸にしかねない。


 俺は自身が不幸体質だったからか、巡り巡って誰かを不幸にする存在は許せんのだ。制裁モード発動である。


 俺は悠然と男たちの前に姿を現す。


「なんだテメェは! その成り、同業者か!」


 森に入っていた為、薄汚れてはいるのだが、お前らと一緒にされるのは心外だ。ここは一言言うべきか。


「馬鹿野郎、あんな迫力のない面した盗賊がいるか!」


「そういやそうだ! どこか眠たい面しやがって! 俺でも人相書き描けそうな面してらぁ!」


「つか、歩きながら寝てるんじゃねぇか? 目ぇ開いてないぞ?」


 おい、人の顔の悪口を言うのはやめろ。泣くぞ。


「何にせよ、魔物に対する餌が増えたみてぇだ! おい、コイツの足を折って魔物共の餌にするぞ!」


「うっす!」


 正気か? 何故狼が危険だと分かるのに、俺が危険だとは分からない?


「野郎共、やっちまえ!」


 というわけで、俺は全員ボコボコにした。盗賊も魔物も全部一緒にだ。


 いや、盗賊をボコボコにするのに、畜生風情が横から入ってきて邪魔をするのだ。仕方あるまい。


 もしかしたら、餌を取るな! という抗議だったのかもしれんが……。知らん。畜生の癖に危機感が足りんのだ。


 俺にボコボコにされた有象無象が転がる中、ダークエルフの少女は唖然とした表情をしていた。とりあえず、縛られていた縄を解いてやる。


 エルフというと、俺の中の知識では「ここは我らの森だ、帰られよ(キリッ)」と言うような気取り屋の印象なのだが、彼女の驚いた表情を見る限り、彼女にはそれがないように思える。子供だから変なプライドに凝り固まっていないのか? それなら、話しやすいが。


「あの、助けて? 頂き? ありがとうございましたです?」


 恐る恐るといった口調で感謝の言葉が述べられるのだが。


「所々疑問符なのは何故だ?」


「えと、あの、いきなり襲い掛かってきたですよね?」


「いきなり襲い掛かってきたのはあちらで、俺はそれを撃退しただけだぞ。そこを間違えないように。そこを間違えたら俺はイカれポンチキではないか」


「はぁ。それでノアはどうなるのです? イカれポンチキのおにーさんの慰みものになるのです?」


 誰がイカれポンチキだ!


 なかなか図々しいガキだな。


 というか、色々目が死んでるのは、そういう目にあってきたからか? こういう奴には、同じ不幸体質としては幸せになって欲しいところだ。


「生まれた村の場所が分かるなら送ってやるぞ。お兄さんは優しいからな」


「村は滅びたです。ドラゴンが襲来してきて、あっという間でしたです」


「それで死んだ目つきに? 苦労したのだな……」


「失礼なのです! これは普通の目つきなのです!」


 村が壊滅したせいで死んだ目つきをしていると思ったら素か。


 分かるか、そんなこと!


「そうか。……その、辛かっただろう。泣いてもいいんだぞ?」


「別に辛くはないです。村の皆はいち早くドラゴンの接近に気付いてバラバラになって逃げたですし……。被害は村が焼け野原になったぐらいです……。ただ、折角、ノアが大切に育てていたどんぐりの木が全部灰になっただけで……。畜生、あのドラゴンぶっ殺してやるです……!」


 まぁ、なんか、根性がすわっていそうな子供だな……。


「とりあえず、この盗賊共が金目のもの持っていないか死体漁りするです!」


 すわりすぎだ、根性!


「おいおい。盗賊の穢れた金を漁るよりも、魔物の死体から素材の剥ぎ取りする方にしろ。その方が健全だぞ」


「お金に貴賤はないとおねーちゃんは言っていたです! だから死体漁りは続行なのです!」


「お前の姉ちゃん、守銭奴か何かか?」


「おねーちゃんはドラゴンの素材を手に入れてウハウハになると言って、一ヶ月前に村を出ていったきり行方不明なのです! パワフルな人なのです!」


 …………。


「その姉ちゃんがドラゴンの逆鱗に触れたから、村が滅ぼされたんじゃないのか?」


「その可能性は考えたくなかったです!」


 現実逃避は良くないぞ。うむ。


 しかし、この少女、話ながらも盗賊の懐から小銭を巻き上げている。この分なら、ほったらかしにしておいても、普通に森で生きていけそうな気がする。


 …………。


 そうだな。放っておいて町にでも行くか。


「は! レディを見捨てようとする外道を感知したのです!」


 鋭いな。


「そんなことあるわけないから、のんびりと過ごしてくれて良いぞ」


「こっち見るです! 狸寝入りしそうな顔して視線逸らしても誤魔化されないですよ!」


「誰が狸寝入りしそうな顔だ! これは素だ!」

 …………。


 大人げないし、口喧嘩は止めよう。


「とりあえず、近場のティムロードまで送る。そこからは、好きにしてくれ」


 いや、ドラゴンが出たなら報告が必要か? 一緒に連れて行くか。


「ティムロード? どこです?」


「ティムロードも知らないのか。今時珍しいぐらいの田舎者だな」


「シティボーイを気取る野盗が何言うです」


 野盗じゃないっ!


「もういい。良いからついてこい。早くしないと、町に着く前に日が暮れる。それからのことはそれから相談だ」


「夜の闇が男を野獣に変えるのです! 襲われるのです! キャーなのです!」


「どこでそんな言葉を覚えてくるんだ! そして、微妙に距離を開けるな! 全く最近のガキは何を考えているんだ!」


「ちなみに、言葉はおねーちゃんに教わったです!」


「お前の姉ちゃん、ろくなことしないな!」


 ★


 というわけで、やってきた。


 北の大都市ティムロード。


 北の森から大人の足で大体三時間くらいの距離にある都市だ。外壁は高さ二十メートルにも及ぼうかという壁で覆われており、見た目的には堅牢そうに見える。


 そう、見た目的には、だ。


 外壁の中身は老朽化が進んでいるせいで張り子の虎だ。次に魔族に攻められたら壊れるので、ティムロード辺境伯に『直した方が良い』とは進言しているのだが、予算の都合もあり、簡単には動けないんだそうだ。


 防衛に関わるものだから、ケチると後で手痛いしっぺ返しをくらうとは思うんだがな。


「着いたです! 大きいです! 長いです!」


 俺の頭上でダークエルフがはしゃぐ。


 しかし、随分端的に表現するな。


 ちなみに、大きいというのは外壁で、長いというのはティムロードに入る為の入場審査の列だ。


 あそこで身分証を提示したり、犯罪履歴が無いか、おかしなものを持ち込もうとしていないかを調査するのだ。簡単に言えば、空港の税関だな。大きな街の入り口には大体ある。


 そしてまぁ、商人やら、旅人やら、冒険者やらで長蛇の列。入場に手慣れた人間が多いのか、捌くペースが早いのは良いのだが、如何せん数が多い。新型ゲーム機の発売日か何かか?


「この列、結構掛かるです?」


「トラブルが無くても一時間ぐらい待つんじゃないか」


 こぼした言葉がショックだったのか、ノアちゃんの動きが固まる。


 やれやれ。


「お前は歩くのに疲れたと言って、俺にずっと肩車してもらっている状態だぞ。一時間ずっとこのままの体勢でいなければならない俺の方がよっぽどショックなんだが」


「頑張るです!」


「はいはい。応援アリガト」


「ちなみに、あっちの門が空いてるですが、使わないです?」


「あちらは貴族専用の門で、一般人は使用禁止だ。もし、使ったりしたら物理的に首が飛ぶぞ」


「おっかねーです」


「そう、貴族様はおっかないものなんだぞー。迂闊に知り合いにならん方がいいぞー」


「おにーさんは貴族さんじゃないです?」


 一瞬、言葉に詰まりながらも誤魔化す。


 貴族か貴族でないかでいえば、貴族だ。


 元々はマグマレイド家は兄貴の血筋が七代に渡って繋がっていたのだが、七代目が不能だったらしく、唐突に没落の危機を迎えた。


 俺は、遠縁の者でも当主に迎えるのかと思っていたのだが、何をとち狂ったのか七代目マグマレイド卿は、次期マグマレイド家当主の座を俺に委譲してしまったのである。以降、俺がマグマレイド伯爵となってしまったのである。


 王都に行けば、各地の貴族を纏めた名鑑みたいなものがあって、俺の名前もそこに載っているらしい。それぐらいには俺も貴族なのだろう。


 ただ、貴族らしいことは何もやっていないので、名乗り出て貴族専用口を使うことが恥ずかしいというのはある。そもそも、俺が貴族だと証明する証拠もないし。


 なんてことを考えていたら、何処かから俺を窺う気配。


 敵か、とも思ったが敵意はない。何だ?


「あの、貴方はもしかして、かの高名な北の剣神、ディオス・マグマレイド卿ではありませんか?」


 前に並んでいたおっちゃんが振り返って、そんなことを言い始める。なので、俺はその言葉に食い気味に答える。


「いや、人違いだ。私はナナシーノという遊び人だ」


 ホワイ? 何故、気付かれた?


 とりあえず、ここは全力で素知らぬ風で通そうか。

 

 今の俺は山籠りで薄汚れているから、そんな状態で名乗るわけにもいかない。いや、毎日滝業をやっていたから、そこまで汚くないかもしれんが……ほら、自分自身の臭いとかって気付き難いものだろう?


 ここで対応した結果、北の剣神ディオス・マグマレイドは基本的に臭いとか噂されたら、二百年は北の森に引き籠る自信があるからな。


「そ、そうですか。いや、でも……」


 おっちゃんは背負子の位置を直しながら、納得いっていない様子。


 この格好だと行商人か?


 行商人ならば、俺に対する噂話も聞きつけているのだろう。その辺からをつけてきたのかもしれない。


「黒の着流しに腰に木剣をはき、魔物が跳梁跋扈する森も涼しい顔で歩いてのける。それが、北の剣神ディオス・マグマレイドだと聞いていたのですが……」


 九割方正解だな。


 暑いのも蒸れるのも嫌いなので、いつでも着流しを着ているし、何より硬気功を使えば、俺の体はオリハルコンくらいには硬くなる。魔物が棲む森で全身鎧を着る意味がないとばかりに着流しを着ていたら、特徴にもなるか。


 そして、木剣の方は他の剣神たちが自分たちの流派を確立し始めたのに焦って、『木剣で俺ツエー出来れば格好良くね?』と始めたのが切っ掛けだ。


 だが、いつの間にか世間は『北の剣神は最強の剣士故に、武器に左右されない。技こそが剣士にとって最重要事項であると体を張って、その精神を体現している! だから、彼は木剣のみでどんな相手とも渡ってみせるのだ!』とか言っていたので、『その特徴採用!』とばかりに尻馬に乗ったのが真実である。まさかそれが、俺の正体を当てる為の一助になるとは思ってもみなかったが。


 おっちゃんが訝しむ目を向けてくる。


 気持ちは分かるが、今の俺はナナシーノなんでね。


 だが、納得し切れるものでもないか。


 なので、俺は伝家の宝刀を抜く。


「いや、そもそも北の剣神様の絵姿は、俺なんかとは似ても似つかない美形だ。人違いだろう」


 こんなこともあろうかと、ティムロードの町中で売っている絵姿……有名人のプロマイド写真のようなもの……に描かれている俺の姿を全て美形にするように指示を出していた。


 なので世間一般では、ディオス・マグマレイドは、本人より七割増し……いや、一割増しくらいで……ハンサムになっている。


 勿論、これはわざとやっている。


 顔が売れるとやっかみも多くなり、面倒事が増えるのだ。それをティムロード家の協力を得て、対策を講じた結果がこれである。


 そんなわけで、俺の姿は世間一般に知られているのとは大分異なる。これ以上はおっちゃんも詰め寄れまい。


「そ、そう言われるとそうですね」


 納得したのか、おっちゃんも人違いだと謝り始める。


 そして、その話し声が聞こえていたのか、北の剣神見たさに若い女子たちがこちらに近付いてきて……俺の顔を眺めると同時に地面に唾を吐いて去っていく。


 その対応はあんまりでは?


 俺が憤慨していると、並んでいる列が妙に騒しくなる。またぞろ騒ぎかと考えていたら、俺を覆い隠すように巨大な影が出来ていた。視線を向ければ、そこには二メートルにも届こうかという巨大な巌の如き大男が立っているではないか。


 周囲からざわめきともとれない声が届く。


「おい、アイツ、冒険者ランクB級の……」


「【獄犬】ウィルグレイじゃないか。王都所属のB級冒険者が何でこんな所に……」


「マジかよ。あれがソロで有名な実質A級冒険者とか言われる……」


 どうやら目の前の男は有名人のようだ。


 俺はちょっとだけ吃驚した顔を作り出しながら、何用かを尋ねる。すると……。


「馬車に蛙が引き潰されたような顔してやがるテメエが北の剣神だとぉ?」


 会話のキャッチボールをいきなり拒否か。


 というか、初対面でいきなり失敬過ぎる奴だな。


「おにーさんは、そこまで酷い顔してないです! せいぜいがパン生地に穴を開けて横に伸ばしたような顔してるです!」


 ノアちゃんも少し黙ってて下さい! 泣くぞ!


「って、そうじゃねぇ。危うくそっちのペースに嵌まるところだったぜ。流石は北の剣神だな」


「いや、だから、俺はナナシーノだ。勘違いしてないか?」


「そうです! おにーさんはナナシーノさんです! 北の剣神様とは何の関係もないです!」


 アシストしてくれているんだよな?


 逆に、俺が剣神だと怪しくなっていないか?


 ちなみに俺がディオス・マグマレイドだということは、この町に着く前にノアちゃんには言ってある。そうでも言わないと、人拐いだとか、野盗だとか罵られて五月蝿いからな。まぁ、それでも疑いの目で見られたのは確かなのだが。


 だが、彼女は実際に俺が戦うところを見ている。その実力は疑いようがないと不承不承ながらも承知してくれたようである。解せぬ。


 ちなみに、何故納得してくれなかったかというと、やはり例の絵姿が原因のようだ。あの絵姿と口伝による俺の活劇を聞いて育ったので、二枚目じゃないことにどうしてもギャップがあるんだと。


 ……ふん。二枚目でなくて悪かったな。


 現実なんてそんなものだ。過度な期待はしない方が良い。そうすれば、理不尽な不幸には大体耐えられる。


 俺がそう嘯いていたら、ノアちゃんは「そればかりはノアのおねーちゃんを見習った方がいいです!」と宣う。


 いや、お前の姉ちゃんだけは参考にしたら駄目な奴だろうと思うのだが……。


「関係ねぇよ」


 ノアちゃんが折角擁護してくれたのだが、巨漢は関係ないと言う。


 ちなみに、この巨漢の名前はなんだったけか? あまりにどうでも良くて忘れてしまった。


 京都に行ったらぶぶ漬け出されそうな輩だから、ブブヅーケ・ダサレッゾでいいか。


「まぁまぁ、落ち着け、ブブヅーケ・ダサレッゾ。あんまりカッカしてると、見れない悪人顔がまるで排泄物顔に見えるぞ」


「俺はウィルグレイだ! 誰がブブヅーケ・ダサレッゾだ!」


「すまん。とてもブブ漬け出されそうな顔してたから、つい」


「ブブヅケが何かは知らんが、喧嘩売ってるんだな?」


「逸般市民に、B級冒険者が危害加えるです!? 衛兵さーん、こっちでーす!」


 ちょっと一般市民のニュアンスが違っていた気がするが、ノアちゃん偉いぞ。


 ノアちゃんの大声により、門へと続く行列もざわめき出している。こんな状況で騒ぎを起こせば、高位冒険者でもランク降格と罰金のリスクは負うことになるだろう。B級になれる程度の頭があるなら、ここで退くことを選択するのが当然だ。


 けど、コイツ馬鹿そうなんだよな。


 それに、体が半身になって完全に剣を抜く体勢になっている。これはくるか――。


「ノアちゃん、しっかり捕まってな。少し揺れるぞ」


「ギルドの幹部は、俺が戦闘力だけの脳筋だから、俺をA級に上げることは出来ないと言いやがった。数を集めなきゃ魔物に勝てないような軟弱な奴らの集団がA級で、一人でも魔物と戦える俺がB級っておかしいだろうが……」


「A級は貴族との付き合いも増えるし、お前みたいに強さだけしか脳のない奴では能力が足りんよ。ギルドがランクアップを見送るのも当然だろう」


 貴族と揉め事を起こしたら、責任は昇格させた冒険者ギルドにあるとなるからな。そう考えれば、お前が昇格出来ないのは当然の成り行きだ。


 ――とまぁ、おれが理論的に諭してやったのだが、ブブヅーケは口の端をひくつかせるばかり。


 ふむ。すぐに頭に血が上るのも悪いところだぞ、ブブヅーケ。


「ぶっ殺す……! てめぇを殺して、俺が剣神以上の実力だって示せば、ギルドの連中だって俺を認めざるを得ないだろう! てめぇが剣神かどうかなんて関係ねぇ! 剣神らしき奴を倒したって噂が広まりゃ、ギルドも俺を無視出来なくなるはずだ!」


「確かに、無視出来なくなるだろう。剣神の容疑を掛けて一般人を斬る頭のおかしい野郎だからな。賞金首として指名手配されることだろう。良かったな」


「もういい。てめぇは剣神云々関係なく潰す!」


 ブブヅーケが鞘から剣を抜くなり、大上段で俺に斬りかかる。上半身を大きく反らして、体ごと叩き付けるような唐竹割りだ。


 動作は早いし、デカイ剣だから威力も高い。更に足を大きく振り上げて、下ろすことで、威力の増加も狙っているのが傍目にも分かる。


 魔物相手になら、さぞ高威力で有効な剣だろうが、人間相手にはテレフォンパンチも良いところだ。


 肩と視線の動きで初動は読めるし、上から狙いますよと言っているかのような上体反らしの大上段。


 まぁ、そもそも斬擊自体が九種類しかないから、初動を誤魔化すのは結構難しい。それを割り切って示現流のように、ただただ全力で相手を叩き斬るという考え方は嫌いではない。


 とはいえ、ブブヅーケの初擊が俺を捕らえることは有り得んのだが。


 俺は初動と同時にブブヅーケの左隣に踏み込み、蹴りでブブヅーケの上がった脚の膝裏を蹴り込む。それだけで、ブブヅーケは独楽のように半回転しながら体勢を崩し、背中から地面に転が――させないよ?


 俺はその側頭部に鋭く拳を叩き込む。ぱぁんと銃で頭を撃ち抜いたかのような乾いた音が辺りに響く。


 次の瞬間には、ブブヅーケは剣を放り出しながら意識を失って、後頭部から地面に倒れ込んでいた。これで腕自慢のB級だって?


 王都の冒険者ギルドも査定が甘いんじゃないの?


「おぉー、おにーさん、剣だけじゃなかったんですね!」


 はしっと捕まれた髪の毛が痛い。


「しっかり捕まっていろとは言ったが、髪の毛はやめて欲しい。禿げたらどうする」


「その時は、ノアがお婿さんにもらってやるです!」


 俺が貰われる方かよ。


「こらー! 何をやっとるかぁ!」


 どうやら衛兵が騒ぎを聞き付けてやってきたようだ。遅いぞ。騒ぎは先程収まったところだ。


「暴行の現行犯で逮捕する!」


 って、俺にお縄を掛けるのかよ! おかしくないか! これも不幸体質のせいなのか!


「うぅっ、ノアはおにーさんが清い体になるまで、いつまでも塀の外で待っているのです……」


 小芝居する暇があるなら弁護してくれないか、ノアちゃん? 行商人のおっちゃんでさえ、俺を弁護する発言をしてくれているのに……。


 ふむ。後でこっそりおっちゃんに俺のサイン色紙でも渡しておこうか。


 ――と、地味に俺が困り始めた頃に、タイミング良く一騎の騎兵が通り掛かる。


「これは一体何の騒ぎだ! 伯爵様の馬車の前で狼藉とは、ただでは済まされんぞ!」


 良く通る声で赤髪の女騎士がそう宣う。


 む。貴族が関わってくると、洒落にならん。彼らは自分の通り道を塞いだぐらいの理由で他人を斬首にする輩だ。正直関わり合いはなるべく避けるに限る。


「ん?」


 赤髪の騎士と目が合った。


「こんな所で何をやっておられるのですか? マグマレイド卿?」


「え? いや、俺はナナシーノで……」


「その御顔の認識阻害魔法は三年前にも見ましたから、流石に分かりますよ」


 なるほど。知り合いだったか。


 …………。


 ……そうか。

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