25 椿の海

 魔王ふたりがかりで運ばれてきた魔王――沙羅を見て、魔王が駆け寄ってくる。

 ここ〈椿の海〉では当たり前の光景ではあるが、ひとりひとりが災害クラスの魑力を持つ魔王が肩を寄せ合っているのはたしかに珍しい。

「お疲れ様でーす沙羅先輩。無事到着ですよー」

 魔王の一柱、優希が地面に横たえた沙羅に声をかけ、ぐるぐると腕を回す。

「しっかし沙羅先輩ぶちのめすとか、美桜やばくね?」

「ああ。余計に欲しくなるな」

 沙羅を運んできたもう一柱、羽海は無表情のままつぶやく。冗談なのか真剣なのか。だいたいの場合は前者なのだが、長い付き合いの優希でも判断に迷う時がある。

「うぐう……アリス……」

 横になったまま呻く沙羅。その頭を思い切り殴りつけたのは、沙羅の身を案じて駆け寄ってきた魔王であった。

「このアホ。仇討ちなんてダセェからやめろっつったろうが」

「いっっってぇですわね~~~~~! そもそもどこぞの三下魔王が闖入者にボコされたのが始まりだったんじゃねえですの~~~~!? こちとら魔王を名乗ってる以上、面子を潰されたら相応のケジメをつけさせるのは当然じゃありませんこと~~~~?」

「それで返り討ちにされて逃げ帰ってきたらワケねぇわな」

「グギイイイイ~~~~~~! ぐうの音も出ねえですわ~~~~~~!」

 ことの起こりはアリスが別の異界からの漂流者、菊花にされたことだった。魔王である以上、アリスが簡単に菊花の質問に答えるはずもなく、戦闘が行われた。ただし魔王を魔王たらしめている圧倒的な魑力が、現世ではない〈椿の海〉では使うことができず、そのうえ異界の中での戦闘手段である魑解の相性が最悪で、アリスはあっという間に菊花に倒された。

 礼儀として菊花の質問には答え、それを受けて菊花は〈椿の海〉をあとにしたが、これに黙っていなかったのが沙羅だった。

 アリスとしては別に死ぬような傷は受けていなかったし水に流してもよかったのだが、沙羅の怒りは凄まじかった。もし自分が相手をしていれば絶対に勝っていたという確信が沙羅の怒りと悔恨を助長した。

 沙羅は簡単に怒るが、アリスが関わるとその激しさは手がつけられないことになる。仕方なくお守りを優希と羽海に任せ、アリスは沙羅を送り出した。

 沙羅が柄にもなく、〈きさらぎ駅〉に対して罠をしかけてまで打って出た以上、アリスは黙って待つしかなかった。

 結果は敗走。アリスとしては痛くも痒くもない。むしろこれで少しは沙羅の気が晴れたのであれば幸いだった。

「お疲れさん。その様子やとあかんかったみたいやね」

 オーダーメイドのスーツの上着を肩にかけた魔王が気さくな笑みを向けてくる。

「うわっ、青嵐せいらん先輩」

「なにぃ、ひとをバケモンみたいに言わんといてよ」

〈椿の海〉の中でも古参中の古参の魔王――青嵐。聞くところによると優希と羽海を現世から助け出したのもこの女だという。現在の〈椿の海〉全体の意思決定のほとんどを握ると噂される魔王は、どこまでも親しげに笑いかけてくる。

「そんで、どやったん? 〈きさらぎ駅〉んとこの魑解。沙羅が負けたんやし、おもっしょい子とかおったんちゃうん?」

 アリスたちがイメージする関西弁とは微妙にアクセントの異なる言葉をためらいなく用いる青嵐に、苦々しげな顔をして沙羅が報告を始める。実際に戦って分析した相手の魑解を克明に解き明かすさまは、さすがに歴戦の魔王だけのことはある。

「んー、菊花って子はあの千歳を捜しとるんやろ? んで、美桜って子は沙羅と張り合えるだけの魑解持っとるわけやから……うーん、やっぱあんまのんびりできやんかもしれやんなぁ」

 言葉とは裏腹に青嵐の表情は明るい。信頼できるが信用できない。それがアリスたちの青嵐に対する印象であった。

「せやもんで、みんな一回ゆっくり休み? ちょっとこれから忙しくなるかもしれやんに」

「なんかおっ始める気ですか……?」

 優希が恐る恐るたずねる。

「せやなぁ。私らがなんで魔王って呼ばれとるか、ちゃんと考えたことある?」

「ないっす」

「ないですね」

「ないですわ」

「同じく」

「うんうん。正直は美徳やに。現世を魔国に変えるために〈椿の海〉に集った魔王。やけど、椿の海っていうんは、魔王が住んでいた大椿が倒れたあとにできたもの。せやったら、私らはいったいどこの魔王なんやろな」

 おそらくはこの異界――〈椿の海〉を開拓した時からここにいる魔王は、まるで自分たちを嘲るように、だがその表情はどこまでも明るく屈託なく、笑う。

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