24 好き

 千歳との邂逅と、その居場所を菊花に話して、だからもう異界の漂流なんてやめろ、と言い含めると、思ったより素直に菊花は従った。

 監視を怠らない目白と百舌に両脇を固められた菊花を連行し、そのまま電車で〈きさらぎ駅〉に帰還する。

 小一時間ほど、菊花は百舌とふたりきりでお説教を食らったみたいだった。解放された菊花はけろりとした顔をして、百舌は釈然としない顔をしていた。

 菊花はもう目的を見失っている。私の話を信じるのなら、ずっと捜していた千歳はすぐ近くにいて、自分には認識ができない。千歳を捜して異界を彷徨ったのはすべて徒労だったと知っても、菊花は落ち込むことはなかった。ただ、私を見る時の目に、前よりも力がこもるようになっていた。

 真っ直ぐ駅舎の中にいた私のもとへやってきた菊花は、レジ袋をふたつ抱えていた。あのショッピングモールで買ったアウトドア用の服一式。私は安全な〝骸骨妖怪〟の中にいた百舌に持っておいてもらったが、菊花もそうしたらしい。百舌から受け取った今回の戦利品を私たちはあれこれ話しながら開封し、新品の服に着替えていく。駅舎の中に私たち以外のひとはいない。いたとしても、別のレイヤーだろう。

「うわぁ……」

 着替え終わったお互いを見た私は、思わず苦笑してしまう。時間がなかったので服を選ぶのはとにかくスピード重視だったが、そのせいでふたりで買ったものがほとんど被り、なんだかペアルックみたいになってしまっていた。

「これは……ちょっと恥ずかしいんだが……」

「私は、いいと思う。美桜が選んでくれた服だし」

 いや店内ディスプレイと同じものを見つけ出してカゴにぶち込んだだけなんだけどな。

「んで、これからどうすんのかね」

 千歳によれば、私の魑解があれば現世を完全に除染することも可能らしい。菊花には包み隠さず話したが、こいつがそれを百舌に報告したかは知らない。〈きさらぎ駅〉の目的である現世の除染と奪還に、私が体よく利用される可能性もある。

「美桜と千歳のことは、百舌には話してない」

 菊花も同じ懸念を持っていたのか、千歳の所在を誰にも教えたくなかったのか。背信行為ととられても文句は言えないが、こいつに関してはいろいろと今さらではある。

「私は、きちんと千歳と会って、話したい」

「――そうか」

「美桜――」

 虚脱感。どうせ私はこいつにとって、千歳の次でしかない。

「私――美桜が好き」

 たっぷり時間をかけて、菊花が絞り出した言葉に、時間が止まった気がした。

「でも、私は、千歳が好き」

 こ、こいつ――。

 わかっている。菊花は冗談で相手を好きだなんて言ったりしない。きっとどちらも本心からの言葉だ。菊花はいま、心が千々に乱れて自分で自分が理解できていない。その中でせめて私にだけは誠実であろうと、ある種最低な告白をかましてきた。

「だから、美桜は千歳には渡さないし、千歳は美桜には渡さない。絶対、美桜の中から千歳を追い出して、美桜と千歳、両方と向き合う」

 頭の隅で誰かが小さく笑った。意識するのは駄目だ。またあの女が出てくると私が勝手に落ち込む。

 菊花はこれからずっと苦しむことになる。隣にいる私の中に千歳がいて、自分にはそれを知覚することができない。だけど菊花は私から離れないだろう。私だけが千歳をリアルに感じられて、やがて千歳が迎えにやってくると知っているから。なぜ自分ではなくて私が千歳に選ばれたのか。その嫉妬と後悔を常に抱えながら、菊花は私という異世界を守るためにあらゆる手を尽くす。

 なんとも哀れな自己矛盾だ。それすらも千歳の掌の上だったとしたら、あの女の趣味の悪さは常軌を逸している。

「――ありがとう、菊花」

 私の口からこぼれた言葉に、菊花は大きく目を剥いていた。私もはっとして自分の口を確かめるように押さえる。

 今の言葉は――果たして私の言葉だっただろうか。私の言葉だったとしたら、なぜ菊花がここまで驚いている。

 視界の端に、またあの女の空っぽの笑顔が浮かんでいた。

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