14 いなせだね 日本怪異妖怪保全会を連れてきたひと

「じゃあ、ほい。すねこすり」

 百舌が駅のベンチの上に出した小動物っぽい妖怪――すねこすりを、私は手でつかむとそのまま口に運ぶ。子犬くらいのサイズがあるが、大きく開けた口の中に強引に押し込み、バリバリと咀嚼していく。

 ごくんと飲み込むと、〈きさらぎ駅〉の面々がこわごわといった様子で私を囲んで見つめていることに気づく。

「どう?」

「なんか鉄臭くておいしくないです」

「いや味の感想じゃなくて……」

「ああ、はい。『すねこすり』」

 私が声とともに指を差すと、そこにさっき食ったすねこすりがぽんと湧いてでた。

「うーん、〝天刑星〟……式神のルーツというのをこういうかたちで表出させるか……」

 菊花を連れて〈きさらぎ駅〉に帰還した翌日、私は自分が至った魑解、〝天刑星〟について百舌と〈きさらぎ駅〉のメンバーに説明することになった。

 優希と羽海――〈椿の海〉の魔王と接触し、三日間音沙汰のなかった私と菊花はこっちではもう死んだものと思われていたらしく、電車でホームに降り立った私と菊花の姿を見た百舌は本当に「どひゃあ」と叫んだ。

 私が何があったのかを大幅にはしょって説明し、重傷の菊花を魔王襲撃の傷から快復した〈きさらぎ駅〉のメンバーが介抱した。

 菊花が三日間魑解を出しっぱなしにしていたことを話すと、百舌はかなり思い詰めた表情になった。かなりの確率で菊花が助からないことを伝えてきたが、私は「大丈夫でしょ」と軽く返す。

 実際に菊花を介抱していたメンバーから、見た目ほどの重体ではないことがすぐに報告された。

 実は現世で私が魑解を使ったのは、〝清浄虎口〟からの脱出と、菊花から漏れ出た魑力を食べた時だけだった。

 あらゆる疫神を――それこそ牛頭天王すら――千切っては食い殺す。邪をける象徴としての星。牛頭天王に自分を食い殺せとそそのかされて至ったこの魑解は、私自身を天刑星の現形とし、その身で目の前の悪鬼を食い殺す。

 よこしまであると判断できたなら、私はなんだろうが食い散らかすことができる。菊花の暴走して漏れ出した魑力の塊を「悪い気」と定義し、それを全部食べることで、菊花の身体と精神を破壊し尽くすはずだった魑力の暴走を平癒させた。

 さらにもうひとつ、〝天刑星〟には特徴がある。

 私は指を次々に差して、そこら中にすねこすりを出現させる。

 食べたもののうち、存在が確立されているもの――わかりやすく言えば妖怪を、自分の式神として使役できるようになる。

 天刑星は陰陽道において、式神の源流とされているらしい。式神という概念のルーツの名を使うことで、式神という概念自体をハックし、流用する。なんだかひどいズルな気もするが、私にこの力を貸し与えた牛頭天王あのおとこのことを考えると、平気でやりそうな顔をしている。

 ちなみに、魑力は現世でしか使えないが、魑解は異界でも使えるらしい。とはいえ私や菊花のように戦闘のほとんどを魑力のほうに頼っている人間も多く、異界内での戦闘行為はほぼ起こらないとのことだった。

「ちょっと、数多過ぎ! すねこすられまくってる!」

「えーと、股くぐられても大丈夫ですよね? これ」

「マジムンとかカタキラウヮじゃないから問題ないとは思うけど……」

「とりあえず足クロスさせときますわ」

「あー……美桜、このとおりみんな混乱してるから、消してもらえる?」

 すねこすりに慌ただしく反応する――というより半分はしゃいでいる面々を代表した百舌に言われ、私はすっと宙で指を横に切った。

 とたんに無数のすねこすりたちが消滅する。何人かは露骨に残念そうな顔をしていた。こいつら、マジで単に妖怪が好きなだけなのか……?

「さて、と。お前らちょっと散れ! 二回目はないから! 美桜に個人的に頼むのもなしだからな!」

 笑いながら、あるいは百舌にブーイングを送りながら、集まった面々がそれぞれの持ち場に戻っていく。

「じゃあ、まず最初に聞いとく。美桜、あんたは〈きさらぎ駅〉に協力してくれる気はどのくらいある?」

「日本怪異妖怪保全会――じゃないんですか」

「読んだのか」

「ちょっとだけ。魑力が発現した人間がそのうち死ぬ、っていうファイルを」

「だいぶ初期だな……あのころはとにかくここを開拓するのと、現状の把握、それから魑力の性質についての研究で手一杯だった。非道なことをしてなかったかと聞かれたら返答は濁すしかないが、見たろ、ここの面子。だいたいが日本怪異妖怪保全会のメンバーだ。そいつらがあれだけの数元気に楽しくやってる。これくらいしか信用してもらう材料がないのも事実だが……」

「その日本怪異妖怪保全会って、どういう組織だったんですか?」

「前にも言ったと思うけど、2017年の〈大災礼〉を未然に防ぐためにかき集められた日本中の妖怪馬鹿どもだ」

 私が怪訝な顔をすると、百舌は遠い目をして駅のあちこちに散っていったかつての日本怪異妖怪保全会メンバーたちを見やる。

「日本政府――正確にはその裏に構えていた非公開の組織は、〈大災礼〉が確実に起こることを占い、その占いをひっくり返すためにその道のエキスパートをありったけ中央に招集した。私たちが戦っているのは妖怪だって、前に言ったよな。私たちはみんな、妖怪が好きで気が狂ったような手合いばかりだ。だから、妖怪が現世を崩壊に導くような大それた真似なんてしないことくらい、全員がわかっていた」

「でも、敵は一夜にして一億人を殺した怪異だって――」

「そう。妖怪という概念を兵器に転用し、妖怪で作られた汚い爆弾を使って国と妖怪をもろとも汚染し尽くそうとしていた何者かがいた。あのファイルで『情報寄生体』と書かれていたのがそれだ。まあ、言ってしまえばそいつもまた妖怪なんだが、そいつにたどり着けたのはなにより、私たちが妖怪を取るに足らないからこそ欠かすことのできない概念だと認識していたからだった。妖怪を汚染して爆弾に作り替える――妖怪というミームを簒奪し食らい殺す。私たちはこれを『ミームファージ』と呼称することにした」

 何人かがこちらに視線を投げていることに気づき、百舌は短く息を吐いて長い話を切り上げる。

「まあ昔話はこのくらいでいいだろ。結果はまあ、見りゃわかるな。私たちはミームファージに負けた。最後の逆転の一手として作り出した〈空亡〉は逆に奪われ、終末兵器として接収された挙げ句に今では別の異界の手に渡ってる。現世は妖怪のミーム崩壊によって完全に汚染され、私たちはここに避難せざるをえなくなった」

「それで、まだ責任を感じてるわけですか」

「まあな。寝た子を起こしたのは私たちだ。一刻も早くミームファージを駆除しようと逸った結果、〈大災礼〉を引き起こした。私たちは大好きだった妖怪を失い、こっちはわりとどうでもいいけど故郷の地も失った。だから妖怪を捕まえて保全し、現世の除染を行おうとこうして張り切ってる」

 私が黙っていると、急かすことなく百舌はベンチにもたれかかる。

 考えてみれば、私が〈きさらぎ駅〉――日本怪異妖怪保全会に協力する道理は別にどこにもなかった。現世からはみ出してしまった私を快く受け入れてくれた恩義こそあれど、連中の主義主張や目的に同調する理屈はない。むしろどっかのアホのせいで私は死ぬような目に遭いまくっているし、被害を訴えてもいいくらいだ。

「会長」

 慌てた様子で日暮がプラットホームに駆け込んでくる。

「その呼び方やめな。菊花は目ぇ覚ました?」

「ええ、そこが問題でして」

 日暮は一度私を見てから、険しい顔つきで続ける。

「菊花が目を覚ましたと思います」

「思いますって」

「はい。きちんと確認はできていません。事務室で寝かせていた菊花の布団が、気づくともぬけの殻になっていました。人手を割いて捜索を行っていますが、電車には乗っていないですよね」

「ああ。私らはずっとここにいたからな。菊花と美桜が戻ってきてから電車は一度も来ていない。となると……まずいな」

「ええ。駅周辺で見つかっていないということは、菊花はこの異界の境界面にまで行っている可能性が高いかと」

「美桜が魑解に至ったことで条件はそろった。もっと厳重に監視をつけておくべきだったか」

 ふたりでなにやら深刻な話をしているようだが、私にわかったのはただひとつ。

「菊花が、どっか行ったんですか」

 百舌はうなずくと、おそらくだが――と前置きをしてから私に向かって口を開く。

「菊花は別の異界への漂流ドリフトをやろうとしている」

「それ、危ないから無理だって」

「無理だろうが、あいつはやるだろうさ。約束は果たされた。菊花を縛るものがここにはもうなくなったからには」

 いったいなんのために――私が問いただそうとするより早く、百舌は重々しくその名を告げた。

「菊花を〈きさらぎ駅〉に連れてきた女――千歳ちとせを見つけだすためなら、どんなことでもな」

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