倉野くん倉野くん倉野くん倉野くん倉野くん倉野くん倉野くん倉野くん?

 手早く野菜を刻んで鍋にぶち込み、コンソメで味をつける。

 出来上がったスープの粗熱を取った後、耐熱容器に入れて河合さんの部屋へ戻った。

 さっきと比べて、部屋に散らかっていた洋服などが片付けられすっきりしている。


「お疲れ」


 俺が声を掛けると、立花はグーサインを出して笑った。


「一応、アタシの得意分野だからね。あんたの方は?」


「野菜スープを作ってきた。河合さん、食器借りるね」


 河合さんが頷くのを確認してキッチンに行き、カップへスープを移す。

 スプーンを添えて河合さんの前に置くと、彼女はちびっと口をつけた。

 その顔がわずかに明るくなったのを見て、気に入ってもらえたのだと安心する。

 正直、時短重視で作ったから、味にこだわってる時間がなくて不安だったのだが。


「美味しい……。倉野くん、だよね?ありがとう」


「どういたしまして」


「料理、上手なんだね」


「それほどでもないよ」


 笑顔でやり取りしながら、立花にアイコンタクトを取る。


 ――だいぶ元気じゃないか?


 ――甘い甘い。現在進行形で病んでる。


 立花のリアクションが芳しくないことに違和感を感じつつ、河合さんと会話を続ける。


「倉野くんは新しい管理人さんなんだ」


「そう。何か困ったことがあったら言って」


「えっと……そしたら早速いいかな?」


「何なりと」


「倉野くん、恋人はいる?」


「い、いないけど?」


 突然の質問に戸惑いながら答えると、河合さんの雰囲気が一気に変わった。

 具体的に言えば、目の光が失われた。

 何か怖いんですけど。


「じゃあさ……私と」


「私と?」


「つ゛き゛あ゛っ゛て゛く゛た゛さ゛い゛」


「……はい?」


 河合さんがぐいっと身を乗り出し、俺の両手を握り締めてくる。

 光のない目と無理やりに吊り上げられた口角が目の前に近づいてきた。


「付き合おうよ。君も1人。私も1人。くっつけば幸せになれるよ……?」


 司会をしている時の凛と澄んだ声とは程遠い、低くがさついた声。

 ちっとも幸せになれそうにない笑顔が眼前にある。

 ため息をついた立花が、な?言っただろ?という風に肩をすくめた。

 確かに河合さんは全く回復していない。


「ねぇ……く~ら~の~く~ん?」


「いい加減に……しろっ!」


 立花が河合さんを羽交い絞めにし、俺から引きはがした。

 全身に変な汗をかいている。

 それくらい、今の河合さんからは鬼気迫るものを感じた。


「悪いな、倉野。こいつは私が抑えとくから」


「お、おう。頼む」


 いや、近づいてこなくても目で捕捉されてるので今も怖いんですがね。

 河合さんが暗黒微笑のまま口を開く。


「倉野くん?ね?く~ら~の~く~ん?倉野くん倉野くん倉野くん倉野くん倉野くん倉野くん倉野くん倉野くん?倉野……もがっ」


「やめろバカ!」


 立花に口をふさがれてなお、俺から目を離さない河合さん。

 何だろう。告白されて恐怖が上回る体験って何なんだろう。


「はぁ、倉野、ちょい協力して」


「何するんだ?」


「闇落ち女子を真面目女子に戻す治療だよ」


「あ、俺、そういうヤバい薬とかは……」


「あんたさ、本当にアタシのことどう思ってんの?」


「……何でもないです」


 ツンツンとヤンヤンにそれぞれ別の意味で怖い目で見つめられ、俺はただ頷くことしかできなかった。

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