ヤンデレのヤンの部分が強くてヤンヤン

 まだ買い物があるという土川と別れ、俺はあおぞら荘に帰った。

 201号室のインターホンを鳴らすと、少し間があって立花が顔を出す。


「あんたか。何の用?」


「形だけでも引っ越し挨拶の品をと思ってな。お菓子の詰め合わせ持ってきた」


「お、あんたにしてはやるじゃん」


 立花に菓子折りを手渡し、ついでに声を潜めて言う。


「河合さんって、ピンポン押したら出てくると思うか?」


「どうだろうな……。一応インターホン押してみれば?百合は真面目な性格だし、新しい管理人って言えば挨拶くらいはする……かも。確証はないけど」


「分かった。とりあえず行ってみる」


「ん。ま、頑張れ」


 河合さんが住むのは立花の隣にある202。

 覚悟を決めてインターホンを押してみる。

 ピ~ンポ~ンという音の後、シーンと静寂が続く。

 誰が来たのか確認しているような物音もしない。


「……出てきそうにないか」


 玄関ドアの隙間からこちらをうかがっていた立花が呟いた。

 本当に出てくる気配がない。


「河合さ~ん!新しく越してきた管理人のものですけど!」


「百合~!百合ってば~!」


 立花と一緒に大きな声で呼びかけるが、やはり反応はなかった。

 ここまでくると、そろそろ本格的に心配になる。


「ゆ~り~!」


 立花がドアをどんどんとノックする。

 すると、ガチャリという音とともにドアが開いた。


「……あれ?開いた」


「……開いたな」


 そぉっと中を覗いてみれば、部屋は真っ暗で何があるのかも分からない。

 俺と立花は顔を見合わせた。


「どうする?」


「どうするんだよ」


「……」


「……」


「「入って……みるか」」


 2人の声が重なった。

 顔を見合わせたまま頷き、俺が慎重にドアを押し開ける。

 わずかに入ってくる太陽の光が、きれいに整理整頓された玄関を照らし出す。

 さすが真面目で有名な河合さん。きちんとしてるな。


「ゆ~り~」


 再び立花が呼び掛ける。

 しかし、依然として返答がない。

 冗談抜きで生きてるのか……?


「マジでくっら。百合、完全に発症してんな」


「発症って何だよ。病気か?」


「ん~、恋の病?」


「フラれたってのはマジなのか」


「耳が早いな。失恋して発症しちゃったんだよね、ヤンデレのヤンの部分が」


「……闇落ちってこと?」


「簡単に言えばね」


 そう言うと、立花はリビングの扉を開けた。

 シャッターが下ろされ徹底的に遮光された真っ暗な部屋。

 立花がスマホのライトをつけて部屋を照らす。


「きっとあの辺に……あ、いた」


 立花の指さす先に、微動だにしない塊があった。

 部屋の隅っこで呆然と体育座りしている女子。

 間違いなく河合さんだ。


「ったく、ほれ、百合。夏だってのに毛布なんか被って……。って、何で毛布の下は全裸なんだよ」


 何やらよからぬ単語が聞こえたので、俺は慌てて目を逸らす。

 その間に、立花が河合さんを立たせてせっせと介助した。


「ほら、まずは服を……。下着どこにあんの?そこ?んだよ、これは釘!それに藁も……こっわ、何に使ったんだよ」


 悪戦苦闘する声は聞こえてくるが、肝心の河合の声は全く聞こえてこない。

 立花が立花と一緒に別の部屋へ行ってしまったので、俺は真っ暗なリビングにポツンと残された。

 取りあえず、電気のスイッチを探すか。

 このアパートはどの部屋も同じ間取りのはずだから……


「発見~」


 スイッチを押して部屋に明かりを取り戻す。

 何だかじめじめしているので、窓を開けてシャッターを上げ換気もした。

 これだけで、だいぶ部屋の雰囲気が明るくなる。


「うぁぅ……ま、眩しい……」


 立花に抱えられるようにして、きちんと服を着た河合さんが入ってきた。

 髪はろくにまとまっておらずぼさぼさ、光を失った目の下には濃いクマが出来ている。

 なるほど、確かにヤンデレのヤンが強い。

 立花がツンツンだとしたら、河合さんはヤンヤンだ。言うてる場合か。


「んあっ、璃奈、カーテン閉めて。死んじゃう……」


「お前はドラキュラか」


「にんにくは好き……」


「うん。その返しが出来るなら大丈夫だな。日光を浴びろ」


「うぁ……」


 立花は一つため息をついてから、俺に視線を向けた。


「こいつ、多分ろくに食べてないから。なんか作ってやってくんね?食べやすいもの」


「分かった。家に食材あるから、何か作ってくる」


「よろしく。あたしは部屋を片付けとくわ。ほら百合、倉野も見てるんだからシャキッとしろ」


「うぅ……」


「うぅじゃない!」


「……それじゃ、出来たら来るな」


 唸っている河合さんたちをあとにして、俺は一旦101号室に戻る。

 細かく刻んだ野菜のスープでも作って持っていくか。

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