―第6話― 本気

 「久しぶりだな、リアトリスよ」


 予想以上に来るのが早かったな。

 城門前まで来た俺たちを待ち受けていたのは、以前戦ったシリウスとかいう魔王軍幹部と、その周りで倒れている冒険者仲間たちだった。

 どうやら、命までは取られていないらしい。


「ここに倒れている奴らは、俺のことなど一切覚えていなかった。貴様の仕業か?」

「ああ、その通りだ。前回言っただろう? お前が来た痕跡は消すって」

「……そこにいる聖騎士は覚えているようだな」

「ええ、私は、リアトリスの能力の効きが悪かったみたいなの」


 声が震えている。

 そりゃあそうだ。

 ジャスミンとこいつでは、レベルに大きな差がある。

 それに、ここはあいつの間合いの中だ。

 いつ魔法を撃ち込まれてもおかしくないような状態で、落ち着いていろというほうが無理な話だ。


「リアトリスよ。少し、俺と交渉をしないか?」

「交渉?」

「今すぐに魔王様に忠誠を誓うならば、この町の住人らの命を保証してやろう」

「……何が狙いだ?」

「俺はな、貴様の強さを高く評価しているのだ。だからこそ、このまま俺に殺されては勿体なく感じるのだ」

「……なるほどな」

「念のために言っておくが、貴様が拒否をした場合、ここにいる者たちは即座に殺すからな」

「…………」

「さあ、どうする? とはいっても、貴様に残された選択肢は一つしかないだろうがな」


 そう言ってシリウスは、不気味な笑い声を上げる。

 まあ、普通に考えれば、ここにいる者全員を守りながらこいつと戦うなんて、不可能だろうな。

 …………。




 意を決した俺は、奴のほうへと一歩踏み出した。


「仲間との別れは良いのか?」


 俺は、シリウスの問いかけを無視しながら、ジャスミンに話しかける。


「なあ、ジャスミン」

「どうしたの?」

「お前、俺の能力について知りたがっていたよな」

「ええ、そうだけど……」


 なあ、シリウス。


「今から、俺の本気を少しだけ見せてやる」


 俺の能力を、普通なんて尺度ではかりきれると思うなよ。




「どうやら貴様は、相当な命知らずのようだな」

「命知らず? それはてめえのほうだぜ。俺の本気を出させるんだ。少しは耐えてくれなきゃ困るぜ」


 俺の変化に気が付いたのか、杖を握るシリウスの手に力がこもった。


「『防御』」


 その一言とともに、周りに倒れていた冒険者の体が一瞬光る。


「……何をした?」

「別に。ただ、こいつらがとばっちりを受けないようにしただけさ」


 その言葉にシリウスが、哄笑する。


「素晴らしい、素晴らしいぞ! 貴様は、俺の期待以上の男だ。本当に、本当に、ここで無くすのが惜しくなってしまう!」

「お前も本気を出せよ? でないと、俺がつまらないからな」


 次の瞬間、戦いの火蓋が切られた。






 リアが話し終えた瞬間、シリウスの杖から追ってつもない威力の魔力弾が撃ち出された。


「危ない!」


 私は思わず叫んだ。

 しかしリアは、避ける素振りすら見せない。


「『吸収』」


 リアのほうに向かっていた魔力弾が、少しづつ小さくなって消えた。


「「な!?」」


 驚きのあまり、シリウスと私は同時に声をあげる。


「ふむ、無詠唱でこれだけの威力が出せるのか。流石、魔王軍幹部だな」


 何が起こったの!?


「さてと、お返しだぜ。『放出』」


 今度はリアから、さっきと同じような威力を持った魔力弾が撃ち出された。


「くっ!!」

「なるほど。同量の魔力で相殺したか。だが……、『移動』」


 リアが何かを呟いたかと思えば、シリウスの後ろに、突然リアが現れた。


「『威力上昇』」


 リアの殴打とともに、鈍い音が響く。


「がはっ!!」


 シリウスの腕は、完全に折れているようだった。

 当のリアトリスはといえば、先ほどまでいた場所にもう戻っている。


「さて、そろそろ終わりにするか?」

「抜かせ! 出でよ、我が眷属ども!」


 シリウスの周辺に巨大な魔方陣が現れ、その中から大量のアンデッドが現れた。

 それを見たリアは怯えるどころか、大きな笑い声を上げ。


「ノーライフキングの異名は伊達じゃないな」


 そう言って、敵陣のほうまで突っ込んでいった。


「『浄化』!」


 一瞬にしてアンデッドの半数が消し飛んだ。


「何度も同じ手を使ってはスマートじゃないからな。『切り裂け』!」


 リアが手刀を横なぎに振るった瞬間、残りのアンデッドは真っ二つになり、そのまま消えた。


「どうした? もう終わりなのか?」

「この程度では時間稼ぎにしかならんことは分かっておる。だが、そのわずかな時間で十分だ!」


 見れば、シリウスの背後には無数の魔方陣が現れていた。


「さらばだ、リアトリス! 『ポイズネス・ヘイズ』!!」


 魔方陣からは、禍々しい色をした霧があふれ出してきた。


「リアトリスよ。あまり悠長にしていると、町のほうまで霧が流れていく……ぞ……!?」

「『晴れろ』」


 それだけで、通常であれば相当な魔力を消費して払うであろう霧が消えた。


「さて、そろそろ終わりにするか」

「クソッ!」


 するとシリウスは、羽織っていたマントを翻し……。


「『止まれ』」


 翻した瞬間に、シリウスは微動だにしなくなった。


「な、何を、し、た」

「お前の体から自由を奪った。だが、魔王軍幹部ともなれば、口を動かすことくらいはできるようだな」

「だが、口さえ、動かせ、られれば……」


 そう言ってシリウスは、何かの魔法の詠唱を始めた。

 とてつもない魔力が動いているのが、離れているここからでもわかる。


「お前、に、これが、防げ、るかな? 『ウェーブ・オブ・カース』!!」


 魔法を唱えたシリウスを中心に、魔力の輪が広がっていく。

 やばい。

 見ただけでわかるくらいにやばい。

 恐らく、触れただけで死んでしまうような魔法。

 そんな魔法を放たれてなお、リアは動こうとしなかった。


「『波よ、消え去れ』」


 今度もまた、リアによって魔法が消された。


「さて、そろそろ能力も使いすぎたし、この辺でおしまいにいするか」


 そう言って、リアが息を吸い込んだ瞬間、私の背に鳥肌が立った。

 さっきの魔法と同等、もしくはそれ以上のものが来る。

 それはシリウスにもわかったようで、顔色に焦りが見える。


「終わりだぜ、シリウス。いや、その分身さん」


 えっ?


「……貴様、気付いていたのか?」

「まあ、前回の時よりも魔力抵抗が弱かったしね。じゃあな。『傀儡よ、消え去

れ』」


 その直後、シリウスの分身が強い光に包まれ、そのまま消えた。






「さ、ジャスミン。終わったぜ」


 しかしジャスミンは、一向に動こうとしない。


「リア」

「?」

「あんた、本当にすごいのね! あんなに強そうなやつ相手に無双するなんて……!」

「本体を倒してないし、万事解決、とまではいかなかったがな」


「それでも。それでもよ! 今日のリアは、ムチャクチャかっこよかったわ!」


「……お前、熱とかないよな」

「あまり失礼なこと言うと、ぶん殴るわよ」

「いや、ジャスミンがそんなに褒めるだなんて珍しいからさ」

「そりゃあ、あんなにすごいものを見せられちゃあね」

「さて、後処理でもするか。『改変』そして『帰れ』」

「今のは何をしたの?」

「前回と同じように、冒険者たちを家に帰させ、町中の記憶を消した」

「え!? あんたの活躍をみんなに教えないの!?」

「お前、俺が能力を隠してるの、知ってるだろ?」

「あ、そうだったわね……。そうよ! 早く能力について教えてよ!」

「そうだな、約束だしな」


 だが、これを話すにもやはり勇気がいる。

 でも、この反応を見る限りは、話しても大丈夫そうだよな。

 …………俺は再び覚悟を決め、能力を説明する。


「俺の能力は」

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