第40話

まずい……足に力が入らない……多分折れてはいないと思うけど迂闊(うかつ)だったな……

ここで俺も石田もやられてしまったら……透さんはこの大木とあのヤバそうな奴の両方を相手にしなくちゃならなくなってしまう……何とかこいつだけでも倒さなきゃ……


極島は天斗と石田が戦意喪失したとみなし、二人にクルリと背を向け乱闘を繰り広げている中に向かって歩こうとしていた。


「待て!まだ終わってない!」


極島は振り返り


「フン」


と鼻で笑って


「いやいや、もう既に終わってるだろ?その足でどうやってこの俺とやるんだよ?それに、その隣のガキも早く病院連れてってやらねぇとヤバいんじゃねぇの?」


石田はまだ地面に膝をついた状態で腹を押さえながら息絶え絶えになっている。


「石田……」


天斗は石田をチラッと横目に見て


「大丈夫か?後は俺一人でやる……お前は安静にしてろ……」


そのとき石田がギロリと天斗を見て


「カッコ付けんな……ハァ…ハァ……このぐらいで……ハァ…ハァ……このぐらいでくたばる程ヤワな鍛え方してねぇよ……ハァ…ハァ……」


石田がゆっくり立ち上がり極島を鋭い眼光で見据える。


「いや、お前時間の無駄だぞ!手負いのガキ共倒しても返って俺の名前に傷が付くだけだからな……もう終わりにしとこうぜ?」


「そうか……おめでたい奴だな……ハァ…ハァ……そのガキ共に……ぐっ……」


石田は痛みに顔を歪ませながら続ける


「情けねぇ敗北を喫する記念すべき日を迎えるってのに……そんな余裕ぶりやがって」


「ハハハハハハハハハハッ!お前、そんな状態でよくそんな夢みたいな冗談が言えたもんだな!俺とお前らじゃあ象とアリが闘ってるようなもんだぞ!俺はお前らの為に提案してやってんだよ!」


「じゃあアリの攻撃ぐらい余裕で受けれるよな?痛くも痒くもねぇよな?だったら何故避けるんだよ!痛ぇんだろ?効いてんだろ?知らず知らずお前は俺達の攻撃を脅威だとみなしてんだよ!」


「フッ、めでてぇのはお前の方だぜ!わざわざ相手の攻撃黙って喰らう阿呆がどこに居る?」


「所詮アリなんだろ?象なら触れた事すら感じねぇんじゃねぇのかよ!」


「クソガキ……」


石田は息を整えゆっくり立ち上がった。


「黒崎、立てるか?」


天斗はほとんど感覚の無い足を自分の手で引きずり立たせてガクガクしながらゆっくり立った。


「お前……生まれたての子鹿状態じゃねぇか……」


「コイツだけは倒しておかなきゃ……透さんに全ての負担が掛かっちまうんだ……このぐらいダメージの内には入らねぇよ……」


「あったり前だ!俺以外の奴に絶対負けんじゃねぇよ!」


透さんの為に今は痛みを忘れろ……泣き言なら後でどんだげでも吐かせてやる……とにかく今はこの大木だけでも倒すんだ!


「石田、挟撃が駄目なら上下で行こう……」


「任せろ、俺のローが効いて無いはずはねぇんだ!」


ダダダッ!


石田は極島の足に力いっぱいのローキックを放つ。しかし極島は足を引いてかわす。その瞬間に石田の頭上を跳ぶ天斗の姿を確認するものの、極島の体勢が崩れ一瞬構えが遅れた。

天斗は極島の頭に回し蹴りを繰り出すが、刹那のところでかわされた。

しかしそれは布石で、無防備になった極島の腕を空中で掴み、着地と同時に極島の肘関節を自分の肩に乗せて思いっきり下に引き下げた!


“ボォキィ”


「ぐぉおっ……」


その隙を見逃さず石田は更にローキックで何度も追撃する。


“バシィッ!ベチィッ!”


極島は片膝を着き腕を押さえて悶絶する。


「この…………クソガキ共が…………」


「腕一本くらいで済むと思うなよ!お前はマジでブチ殺してやる!」


「石田……もうこれ以上やる必要は無いよ……」


「甘ちゃんだな、お前は。コイツ等がどんだげ派手に暴れてくれたか知らねぇのかよ!ウチの仲間のほとんどが病院送りにされてんだよ!その内二人は重体だ……お前の仲間もありゃそうとうヤベェ状態じゃねぇか!」


「わかってるよ……でも……」


「わかってんならさっさとトドメを刺せよ!」


再び石田が極島にローを入れようとした瞬間、足を振り切る前にその場に崩れた。


「うぐっ……」


「どうした!?」


「足が……イカれちまったらしい……」


極島は苦痛に悶えながらも不敵な笑みを浮かべながら


「そりゃそうだろうよ!何発も俺の足に蹴り入れてんだ。逆にテメェの方がよほど効いてんだろ!」


そう言って極島はゆっくりと立ち上がり、片手で石田の首を掴み持ち上げた。


「うがぁ……」


「石田ぁ!!!」


こいつ……まだ立てるのか……しかも片腕折れてんのに……なんて精神力してやがる……やっぱりこの大木はトドメを刺さなきゃならない……

やるなら……足か……


“ギチギチ”


石田の首から気味悪い音が鳴り出した。そして見る見る顔が青ざめていく。


まずい!!!


天斗は一足飛びで極島に駆け寄りローキックを見舞おうとしたとき、極島が石田の身体を片手で天斗の方へ向かって放り投げた。


“ブンッ”


“ドカァ”


天斗は石田を受け止めながら倒れた。極島は足を大きく振り上げ、天斗の上に被さっている石田ごと踏みつけた。


“ドォー”


“メキメキメキ”


「ゔぅ……」


「ぐぉあ……」


更に何度も何度も執拗に踏みつけ、二人とも意識が遠のいていく……


遠のく意識の中、透が自分に向かって何か叫んでいるのが見えたが、苦しさと痛みでその声を聞き取る事が出来ない。


透さん……すみません……俺は……俺はこの大木一人倒すことも出来ませんでした……結局俺はあなたの様に無敵の男には到底なれません……何とかコイツだけでも倒したかったんですが…………


「黒崎~~~!!!」


透……さん?


危ない……


後ろ!!!


透が天斗の方へ駆け寄るその後ろに、鉄パイプを持った男が透の頭目掛けて振りかぶっている姿が視界に入った。


「透さーん!!!」


“ガァーン”


不意を付かれ後頭部を思いっきり殴られた透は、前にのけ反り天斗のすぐ目の前に倒れ込んできた。


“ドドォ~”


透……さん……


「透さーん!!!」


その瞬間、天斗はショックで完全に精神が崩壊し理性を失ってしまった。


「おおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ~~~~~~!!!!!」


耳をつんざく様な雄叫びを上げた天斗は、自分の上に覆いかぶさる石田を跳ねのけ、目にも映らぬ速さで立ち上がり、目の前にそびえ立つ極島の脚を思いっきり蹴り払って宙を舞わせ転倒させた!


“バキィ~”


「ぐぅあぁ……」


“ドドドォ~”


更に折れている反対側の腕を取り、自分の膝に肘関節を当てて容赦無く折った。


“グキィ~”


「うあぁぁぁ……」


その場で足を大きく振り上げ、倒れ苦しむ極島の顔面を思いっきり蹴り飛ばし、極島の丸太の様な首ごと頭がグルンと横に回り意識を失った。


天斗は気絶する極島を一瞥(いちべつ)し、今度は透を殴った男の方へ歩み寄る。

始終を見ていた男は、天斗の殺気に満ちた目を見て震えながら後ずさる。


次の瞬間、天斗は人とは思えぬ動きで宙を舞い、空中で相手の首を両足で挟み身体を回転させながら脳天を地面に叩きつけた!


男は声も出せずに気を失っていた。


鬼原はその姿を見て、天斗の方へ向かって歩き出す。


「コイツ……完全に逝っちまってやがる……」


結局石田率いる男達は鬼原達との乱戦で全員倒れ、鬼原の方は鬼原以外3人が生き残っている状況だった。


残った3人が天斗を囲み、鬼原と天斗が睨み合う形となっている。


天斗の意識は飛び、過去の記憶の中で薫と向かい合っている。


「天斗、あんたもだいぶ強くはなってきたけどまだまだだね!」


「薫……」


「それとも私が女だからって手加減してるつもり?そんな遠慮は要らないよ!」


そう言って薫は顔面目掛けてパンチを繰り出してきた。

実際には鬼原が天斗に拳を繰り出している。


天斗はそれを左手でアッサリと受け流した。


コイツ……何だこの動きは……とてもこのガキの動きとは思えん……正気を失って無意識の中で闘っていやがるのか……


鬼原は目の逝った天斗が不気味に見えた。


「薫……もうお前じゃ俺に攻撃当てることさえ出来ないよ……」


「はぁ!?天斗も随分と言う様になったね!生意気!私もまだ本気出してるわけじゃ無いんだからね!」


今度は鬼原が回し蹴りを繰り出すが、それも首を軽く反らしてヒラリとかわす。


鬼原は自分の攻撃をことごとくアッサリかわす天斗に、ある恐怖心が芽生え始める。


この動きは……あの矢崎って奴を上回ってるじゃねぇか……

あの男が気を失った事によってこのガキが覚醒しちまったのか?


「天斗、なかなかやるじゃん!今のはけっこうマジでやったつもりだったけど……でも、私相手にいつまでも逃げの一手じゃあんたに勝ち目は無いよ!」


「薫、俺はお前を殴りたくは無いよ……」


「なに寝言言ってんのさ!良いから本気でかかってきな!」


鬼原は天斗の腹を狙って前蹴りを出す振りをして、途中で軌道を変え顎に蹴りを放つ。

が、それよりも速く天斗が鬼原の懐に入り胸の辺りを蹴り飛ばした。


“ドォッ”


鬼原の身体が宙に浮き二メートル程飛んだ。


“ズザザァ~”


「くっ……」


クソっ……理性が飛んで本来眠っているはずの破壊力とスピードを引き出してやがるのか……


「薫~!大丈夫か!?」


「何相手に同情なんかしてんのさ!」


「だって……」


「確かに私じゃもう天斗には敵わないみたいだね……」


「黒崎!それなら俺が相手になってやるよ!」


「透さん……」


「俺なら手加減なんてする必要ねぇだろ?」


「いや……さすがに透さん相手には……」


「黒崎、いいから来いよ!お前は…まだ薫から表の技しか習っていない……ウチの流派は本来人を殺める為に受け継がれてきた技だ。古武術の一つでな……現代のスポーツとしての格闘技とは一線を画す人殺しの技なんだ……お前が本当に窮地に立たされどうしても守りたい者がある時、それでもお前には敵わない相手が現れた時にのみ使うことを許可する禁じ手を教えてやる!」


「禁じ手……ですか?」


「あぁ。けど、多用は許さん!死人がゴロゴロ出ちゃマズイからな。感情に支配されるなよ!」

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