第31話

時を同じくして天斗は、同級生の青木(一年の時にボス猿決定戦でトップに躍り出た男、そして剛が転校してきた時に真っ先に倒された経歴を持つ男)に呼び止められていた。


「なぁ、黒崎…ちょっといいか?」


「ん?何だよ?」


「いや…特に用事って程でも無いんだけどさ…その…」


青木は何か煮えきらない態度で時間を稼いでいるかのように見えた。


「何だよ!俺は用事があるから、何かあるんならさっさと言えよ!」


「いや…その…最近武田と仲良さそうだな?」


「ん?ま、そうかな?」


「そうか…ついこの前まで犬猿の仲って風に見えたけど、どうしたんだよ急に…」


「別に、すれ違ってたわだかまりみたいなものが無くなったっつうか…」


「そうか…」


「何だよ!用が無いんなら行くぞ?」


「いや…待てよ!まだ行かない方がいいと思うよ…」


「何でだよ?」


「いや…その…校門の所でどうやらお前を探してる悪い連中が居るって聞いたもんだからよ…」


「あ?それでわざわざ俺を引き留めてるのか?」


「まぁ…そうだな…何せ相手が悪いっつうか…ヤバいっつうか…」


「何だよ、お前知ってる奴か?」


「まぁ…そうだな…昔知ってた奴っていうか…」


「誰だよ?」


「それは…」


天斗はその相手の名前を聞いて急いで校門へと向かった。そして現場が騒然としているのを見て人だかりの中をかき分け、その原因を目の当たりにしたとき、天斗は大きなショックを受けた。


「剛~~~~~!!!」


倒れて気を失っている剛を抱きかかえ身体を揺さぶって声をかける。


「剛!おい!どうしたんだよ!剛!!!」


剛は意識を取り戻しゆっくりと弱々しく目を開ける。


「天…斗…」


「剛!!!大丈夫か?何があったんだよ!?」


「何でもねぇよ…昨日ちょっと…因縁付けてきた奴らと…小競り合いになって…それで…」


「誰だそいつら!」


「わ…わからねぇ…名前は知らねぇけど…一人は俺達と同じくらいの中坊って感じがした…そいつが…かなりヤバイ…」


天斗はその相手が石田遼だと確信した。石田は天斗と小競り合いになって、初めての恐怖感を覚えたその日から、天斗に対してライバル心がメラメラと芽生えていた。しかし、当時まだ天斗の名前を知らなかった石田はまさかここで天斗と再び拳を交えることになるとは予想だにしていなかった。


「わかった!剛、お前のかたきは俺が必ず討ってやる…動けるか?」


「あぁ…大丈夫…動けるよ…」


そう言ってゆっくりと天斗に支えながら立ち上がった。


「天斗…あいつは止めた方がいい!あの拳の重さは異常だった…たった一撃だったけど…あんなヤバいパンチ喰らったのは初めてだ…あれだけ特訓したのに反応すら出来なかった…」


「わかってる…確かにあいつは凄く強いと思うよ…けどな…お前をこんなにして黙って見過ごせる程俺もおとなしくは無いんだよ…」


「天斗…あいつを知ってるのか?」


「あぁ…以前一度だけちょっと拳を交えたことがあってな…」


「それなら尚更あいつの実力はわかってるはずだろ!あいつの拳はお前以上だぞ!」


天斗は黙って剛の肩に手をかけた。


「心配するな!俺はあんな奴に負けるようなヤワな鍛え方してきてねぇよ…」


「天斗…」


そのとき青木が天斗の元へやって来た。


「黒崎!石田は?あいつはどうなったんだ?」


「わからねぇ…剛がやられたあと、もうどこかへ消えたみたいだ…」


「黒崎…あいつは…相手にしない方がいいよ…あいつは周りのやつに自分の強さを誇示するために情けもかけないし、相手に容赦するような奴じゃ無いんだよ…一旦やり合ったらとことん潰す…そうして絶対強者と恐れられるようになったんだ…」


「お前随分と詳しいな…どういう知り合いなんだよ?」


「石田とは小学校が一緒だった…俺も喧嘩では自信があったんだ…あいつが転校してくるまでは…」


青木は腕っぷしには自信を持っていた。しかし並外れた身体能力と腕力で石田に完膚(かんぷ)なきまでに倒された。それから青木は石田の舎弟としていいように利用されてきたのだ。


「けど、青木…お前は剛にも速攻でやられてたじゃねぇか…」


「それを言うなよ…お前らみたいな化け物と比べられたんじゃ俺の順位がどんどん落とされてく一方だよ…」


「とりあえず俺は石田を探しに行く!お前達の借りは俺が返してやるから心配するなって!」


「天斗…俺も…付いてくよ…お前が行くのに俺が逃げるなんてできないから…」


「いや…ただでさえ剛は満身創痍(まんしんそうい)なんだから帰れよ…」


そんなやり取りが三分ほど続いた後、結局剛も天斗と一緒に石田を探しに出たのであった。




一方薫は、場違いな場所で石田を見かけたことに胸騒ぎがして天斗にスマホで電話をかけた。



「おっ!薫から電話かかってきた…丁度良い、石田のことで何か手掛かり掴めるかも知れない」


「ちょっ…ちょっと待ってくれよ!」


剛はうろたえた。


「天斗…薫には俺があの石田って野郎にやられたってことは黙っていてくれないか?」


「ん?あぁ…わかった。とりあえずそこは伏せとく」


そして天斗は電話に出た。


「もし…どうした?」


「天斗…私が帰る時に校門で石田を見かけたんだけど…まさか接触してないよね?あいつは避けた方が良いと思って…」


「いや、それが俺は今あいつを探してんだよ。ウチの青木って居るだろ?あいつとは因縁の仲らしくてよ…それでウチとちょっとトラブル起こしたんだよ」


「そうなんだ…でも、石田には近づかない方が良いよ…やっぱり…」


「薫、心配すんなって!それよりあいつの居場所かわかんねぇかな?」


「天斗…」


「ま、いいや…自分で探してみるわ!」


「石田はY市のやつだから、そっち方面当たってみたら何か掴めるかも…」


「わかった!サンキュー!」



薫は石田の噂を知っているがゆえに天斗が石田と接触するのを危惧している。しかし、天斗と石田遼は避けては通れない運命のライバルとして今後も交わることになる。



「とりあえず、あいつの情報集めに行ってみるか!」


二人は駅に向かって歩きだした。しかし石田との再会は意外にも早く訪れる。

二人が駅の入り口付近に差し掛かったとき、見覚えのある数人の若者達が目に入った。


「天斗!居たぞ!あいつらだ…」


剛が先に見つけ指差した。


「あぁ」


二人は石田達を睨み付けながら近寄っていく。そして天斗が石田に向かって声をかけた。


「よう!久しぶりだな!」


不意に声をかけられた石田が振り返り、そしてみるみる顔色が変わっていく。

石田はじっと天斗を睨み付けて


「お前は…あの族の下っ端…」


「よく覚えていたな!そして俺の相棒をやってくれた」


「もしかして…お前が?」


「何だよ?俺がどうしたって?」


石田はこのとき天斗が中坊で名を上げてる人物で間違いないと確信した。そしてこの男ならと納得がいった。


「なるほどな…お前だったのかよ!あのときはこの俺様にたいそうな口聞いてくれやがって!あそこで邪魔さえ入らなかったらお前ら全員潰してたのによ!」


「じゃあ何であの後攻め込んで来なかったんだよ?一番下っ端の俺にさえ勝てなかったら、当然総長になんか手も足も出ないと思ったからか?」


石田は人生でこんなにもプライドを傷つけられたことは一度もない。天斗の心理作戦に乗るのは必然だった。


「お…お前…この俺に向かってそこまで喧嘩売った奴はみんな病院送りになったぜ!」


「フッ!俺は別に口喧嘩なんかしにわざわざお前を追ってきたわけじゃねぇんだがな…とりあえずここはまた目立つから場所変えようか」


「わかった」


天斗達と石田達の一行は人気の少ない場所へと移動した。

そして天斗と石田の両者が向き合ってにらみ合いが続く。重苦しい沈黙、お互い相手の強さは肌で感じていたため、簡単には動けなかった。



ジリッ…ジリッ…


ジリッ…ジリッ…


お互い少しずつ間合いを詰めて仕掛けるタイミングをはかる。

先に踏み込んだのは石田だった!


ザザッ!


一気に間合いを詰めて拳を振り上げると見せかけ身体を回転させての廻し蹴り!

天斗は拳をかわそうと上半身をのけ反らせ一瞬反応したが、すぐにそれがフェイントだと気付き後ろに跳び下がった。そして石田も蹴りをかわされたことで少しバランスを崩す。

天斗はその隙を見逃さず、すぐに石田に飛びかかった!


「ウラァッ!」


天斗が拳を突き出し石田の顔面を襲う!


ビュッ!


目にも映らない程の高速の拳も、石田はバランスを崩しながら辛うじてかわした。

そこへ天斗が更なる追撃を仕掛ける!右ストレートをかわされた身体の回転に合わせて左の裏拳を石田に思いっきり合わせた!しかし石田はそれも腕でガードして受け止めた!


ガシッ!


二人は一旦距離を置いて再び対峙した。

石田は自分の想像を上回る天斗の動きに動揺が隠せない。


こいつ…強い…スピードも攻撃力も…とても素人とは思えねぇ…この俺がこいつの動きを捉えきれないなんて有りうるのか!?


このとき石田の取り巻き連中、そして剛でさえ天斗と石田の闘いを目の当たりにし、まるでテレビでよく見るプロの格闘家の試合でも見ているような感覚になっていた。


そして天斗もまた石田の実力に感服していた。


なるほど…流石は格闘家を目指してるというだけあって、ただの喧嘩で鍛えてきてる奴等とは動きが全く違うな…どれだけ隙をついてもすぐに立て直してくる…体幹が並みじゃねぇ…



再び石田は自分から仕掛けに行く!


ダダダッ!


今度は思いっきり右ストレートを繰り出した!

天斗はそれを正面から構えている。そしてギリギリのところで石田の拳をかわし、カウンターを合わせて拳を突き出す!

石田は天斗の反応速度に驚くが、石田もまた天斗の拳をギリギリのところでかわし、お互いの腕がクロスして絡み合った。

石田は間髪入れずに天斗の裏側に足を滑り込ませて足払いを仕掛けようとしたが、天斗はその足をかわして逆に石田の手を取り投げに転じていた。

石田は関節を捻られる前に自ら身体を一回転させて逃れた!


お互いの一進一退の攻防に、体力は大幅に削られていった。



ハァ、ハァ、ハァ…


ハァ、ハァ、ハァ…


お互いにらみ合う中、石田が口を開く。


「ハァ、ハァ、お前…なかなかやるじゃねぇか!」


「フッ…お前こそ!ハァハァ…」


両者はかつて無い程の恐怖感と、そして自分よりも強いかもしれない相手との対戦に、いつしか高揚感が高まっていた。

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