第30話

「なぁ、天斗…さっき不思議な感覚になったよ…球のスピードは上がったはずなのに、80の時よりも逆にスピードが遅く見えたんだ…だから絶対にかわせると思ったんだよ…なのに…身体の方はそれについてこれなかったみたいだ…」


「フッ、人間、窮地に追い込まれる事によって本来持ち得る能力が開花するもんだと思うぜ!それを常時引き出す為の特訓がこれなわけよ!当たっても痛くもないなら、それほど必死に避けようとはならないんだよな…避けなきゃ身の危険を感じるってときに五感は研ぎ澄まされ、自分でも信じられない能力を引き出せる。そしてその可能性を見出だせれば逆に自信に繋がってくる。それと同時に度胸も生まれる。この特訓を何よりも先にやる目的がそこにあるんだ!恐怖心と覚醒能力によって今後の特訓が凄く楽に感じるはずだ!」


「なるほど…いきなり階段を飛び越えるようなもんなのか」


「先ずは100は軽くかわせなきゃ話しにもならねぇよ!実戦では強者のパンチならそれ以上に速く感じるからな!最低そこを目標にしとけ!ギリかわすことが簡単になったら、相手の動きに合わせてカウンターなんてのはいとも簡単なことさ!」


「それ、カッコいいな!この前の乱闘でずっとお前の動きを追ってた…まるで後ろにも目があるのかと思うような動き方してたぜ…俺にもいつかあんな神業出来るようになるかな?」


「神業…か…それは透さんに当てはまるやつだな…あの人はマジで鬼神だよ…俺の知る限り、圧倒的不利な状況下でも一度も負けたことが無いし、先ずあの人がアザ作ったとか見たことがねぇよ…あの人にだけは絶対敵わねぇとつくづく思ったね…」


「やっぱそうなの?透さんの噂はかねがね耳にするが…無敗伝説は本当なんだな…」


「あぁ、本当だ!」


「お前はどうなんだよ?負けた経験とかあるのか?」


「どうかなぁ…」


そう言って天斗は遠くを見つめる。


「なんだよ勿体ぶって…」


「俺はどっちかっていうと喧嘩を避けて来たからなぁ…薫と出会ってから負けたって経験は無いけど、やらなかっただけってのもあるから…本当はいっぱい敗北してきたんだと思うけどな…」


「やれば負けてたと思うか?」


「あぁ、多分な…透さんには言われたことがあるけどな…勝てるからやる!敵わないからやらないってのは弱いもの虐めと変わらないって…でも、さすがに小学生が高校生の喧嘩に割って入るなんて無謀過ぎるだろ?そうやって逃げた経験もあるから…一応それも敗北だろ…でも、薫は透さんの窮地にそこへ突っ込んで行ったんだよ…それは本当に肝が座ってないと動けないって…」


「や…やっぱ薫は恐るべし…」


「いや…やっぱ怖いのは透さんだよ…あの人はキレたら見境ないからな!警察とか相手にしても平気で吹っ飛ばしちゃうような人なんだよ…あの怪力と度胸には感服させられちまうよ…」


「なぁ、天斗…一度だけ見せてくれよ…」


「何を?」


「豪速球の球をかわすところだよ…」


「……………」


天斗は黙って立ち上がり、そしてバッターボックスのセンターに立った。


「面倒くせぇから一度きりだぞ!ようく見とけ!」


剛は天斗の動きを一挙手一投足見逃さぬよう瞬きをせずジッと見つめる。


天斗はいかにもリラックスしているという風に力を抜いて軽く足を拡げて構えた。


マシンから


バシュッ!


と音が聞こえたと同時に天斗が顔を一瞬横に振った。


いや…そういう風に見えた。正直速すぎてその動きを目で追いきれていない。

しかし、天斗が動いたのか動いていないのかわからないほどに動きは小さく、そして確かにフライングしていたわけでも無かった。


マ…マジで速い…ガチで見切ってる…やっぱこいつは…本物だ!


それから剛は天斗を尊敬の眼差しで見るようになった。


「どうだ?ちゃんと見てたか?」


「す…凄いよ…目で追いきれなかったけど、確かにかわしてた…」


「だろ?俺もそんな気がする…」




剛は毎日毎日放課後にバッティングセンターに通い、一人で秘密の特訓に明け暮れていた。そして100キロのボールをクリアするまでに一ヶ月経った。


「ヨシッ!今のは絶対完璧だった!やったぞ!マスク無しでここまで綺麗にかわせた!すぐに天斗に知らせてぇ!」


剛が胸踊る思いでバッティングセンターを出ようとしたとき、出入口を出た瞬間に数人の若い集団と肩が接触してしまった。


ドンッ!


すぐに剛は振り返り


「あっ!悪い!大丈夫か?」


そう言って手を振り謝ったのだが、相手は剛を睨み付けて詰め寄る。


「痛ってぇ~なぁ!肩が抜けちまっただろうが!救急車呼んでくれ!」


それを見た剛も肩を抑えながら


「ん?あっ!痛っててててて!何か俺も肩の骨が折れてるような気がする~!誰か救急車呼んでくれ!救急車!」


この剛のふざけた態度に若者達が


「お前ふざけてんじゃねぇぞコラァ!そんなもんで肩の骨が折れるか!」


「え?じゃあ、あんたはそんなもんで肩の骨脱臼したの?」


「あぁ!?何だよてめぇ!俺を疑ってんのかコラァ!生意気だな!」


そう言って脱臼したと言ってる反対の腕で剛に掴みかかろうとしたが、ヒラリと身を交わして二歩下がった。


「悪いけどちょっと急いでるから!悪いな!」


剛はそう言って振り返り、走って逃げたした。


「あいつの制服はあそこの中学だな…覚えてろ!」


若者達は剛の去っていく後ろ姿を目で追いながらそう言った。




そして剛は急ぎ天斗の家に向かった。

事前に天斗に連絡していたので、剛が天斗の家に着いた時に家の前で座って待っていた。


「天斗~!もう完璧だぜ!とりあえず100は絶対にいける!!!頼む!次の特訓行ってくれ!」


「まぁ、そう焦るなよ!100は基本中の基本だ。最低でもそのくらいはって言ったろ?けど…その顔じゃあ、とりあえず更にスピード上げてってのは無理か…」


「っていうかよぉ…速く特訓の成果知りたいんだよ!俺がどこまで動体視力上がったのかとかよ!」


「なるほど…けどな、次の特訓はひたすら投げられて受け身の特訓なんだよな…」


「何!?打ち合いとかじゃ無いの?」


「例えばよぉ…複数の敵相手に囲まれた状況で、目の前の奴ばかりに気を取られたらあっという間に取り抑えられちまうぜ!そういうシチュエーションの時に向かってくる相手に対して投げ技があった方が圧倒的に有利なんだよ!それに人間体力の限界もあるから、全力で殴ったり蹴りなんか放ってたらすぐにバテちまう。合気道の技なら必要最小限の力と体力で相手の隙を作り反撃に転じることが出来るんだよ!」


「おぉ!それがお前らの強さの秘訣なのか!」


「合気道と空手の融合は複数を相手にするには打ってつけなんだよ!」


「わかった!じゃあ合気道教えてくれ!」


「あぁ、明日からな。とりあえず今日は帰ってゆっくり身体休めろ!」


「そうか、わかった!じゃあまた明日頼む!」


「じゃあな!」


「おぅ!じゃあな!」


そう言って剛は家に帰った。


薫!今に見ててくれよ!近い内必ず俺は強くなって見せる!そしていつもお前の側でお前を守ってやるからな!




翌日の放課後、学校で剛は天斗の姿を探したが、天斗の姿が見つからない。そこへ薫が側にやって来て


「ねぇ、剛…最近全然かまってくれないじゃん!それに…その顔どうしたの?なんか日に日に傷が増えてるみたいだけど…毎日誰かと喧嘩してるの?」


「あ…あぁ…まぁ、そうかな?薫!悪い!ちょっと今日も用事があってな…悪いけど先に帰っててくれ!あ、夜お前ん家行くわ!」


「ふーん…そうなんだ…まさか…」


薫がそう言って軽蔑の眼差しを向ける。

剛は動揺して


「な…何だよ?何か疑ってる?」


「そりゃここ最近様子がおかしいし…疑われても仕方ないよね?もし浮気なんかしたら…どうなるかわかってるよね?」


「は!?浮気!?んなことあるわけ無いだろ!俺は他の女には興味ねぇよ!」


「ふーん…そう…」


そう言ってプイッとふてくされた表情で行ってしまった。


そしてこの後薫は校門で他校の見知った少年とすれ違う。薫は何となく嫌な予感がしながらもその場を後にした。


薫…悪いな!けどこれは全部お前の為だから…それより天斗の奴どこ行っちまったんだよ…


剛はすれ違う同級生をつかまえて天斗のことを聞いて回った。


何だよあいつ…先に帰るなら帰るって言っとけよ!


剛は天斗が既に学校を出たものと思い込み一人急ぎ足で学校を出た。

と、そこへ校門の辺りに見覚えのある若者数人と見たことの無い強面の少年が立っていた。その若者達が剛を見つけるなり急に動き出す。


「よう!ちょっと待てよ!昨日はずいぶんだったじゃねぇか!お陰で治療費自分で払うはめになったよ!」


「あ?どちらさん?」


剛のとぼけ方に頭に来た若者が


「てめぇ!いい加減にしろよコラァ!」


そこへ一番落ち着いた一回り小さい少年が制止して


「まあまあ、ここは俺がやる」


と前に出てきた。


「よう!ちょっと噂で聞いたんだけどよ!ここの二年の奴で随分と調子に乗った黒崎とかいう奴が居るって聞いたんだけどよ…お前知らない?」


あ?天斗を探してんのか?誰だこいつ…


「何?黒崎?居たら何だっつーんだよ!」


「どこに居るんだよ?ちょっと教えてくれや!」


「知らねぇよ!もう帰ったんじゃねぇのか?」


「そうかそうか…おかしいな…ずっとここで待ってんだが、まだ黒崎ってのが通った気配がねぇんだよ!そいつの顔も知らねぇから、もしかしたら、とぼけて逃げちまったのかも知れねぇんだけどな…ま、とりあえずお前にも用があるからちょっと付き合ってくれるか?」


「悪い!今日はちょっと忙しくてよ!それどころじゃねぇんだよ!」


そう言ってまた剛が足早に立ち去ろうとした瞬間、強面の少年がいきなり剛の肩を掴んで拳を繰り出した。

剛は掴まれた手の握力の強さに離れることが出来ずにもろに少年の拳を顎に受けてしまった。


ドカァーン!!!


剛は目が回り、そして意識が遠退いて行く。意識を失う寸前に剛は恐怖心を肌で感じていた。


何だよこいつ…ちょっとこの強さヤベェんじゃねぇのか?天斗…気を…付けろ…

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