第26話

そして中田は混戦の中、鷲尾と対峙していた。お互いにらみ合いが続く。鷲尾の手にはいつの間にかメリケンサックがはめられていた。


「中田、お前は覚えてねぇかも知れねぇが、お前の元総長の岩本が俺のメンバー入りを断ったことはまだ根に持ってんぜ!俺の強さは誰もが知ってたはずだ!なのにだ…岩本の奴…俺を省きやがった!デカい組織にしてどこにも負けないチームにしてやろうと思ってたのによぉ!」


「なるほど、岩本さんの気持ちがよくわかるぜ!お前みたいな傲慢な奴がチームに居たんじゃとっくにウチのチームは崩壊してただろうぜ!しょせんお前は裸の王様にしかなれねぇ器だからな!」


鷲尾はその言葉に激しく反応した。


「てめぇ!心底ムカつく野郎だぜ!俺は!裸の王様なんかじゃねぇ!」


鷲尾が一歩踏み込んで中田に電光石火のパンチを繰り出した。それを顔面にまともに受けた中田が後ろによろけて膝を付く。その隙を逃さず更に膝蹴りで猛攻を加える。中田は転がりその攻撃から逃れるが、執拗に鷲尾が追撃に入る。今度は顔面目掛けて大きく蹴りあげるが、中田はそれをブロックした。鷲尾は倒れている中田にジャンプしておもいっきり踏みつけようとするが、それも間一髪のところでかわした。

防戦一方で圧されている中田に気付いた仲間達の林田兄弟と時田、そして村井翔が中田を庇うように鷲尾の前に立ち塞がった。


「おうおう!何だよお前ら!!!これは俺と中田とのタイマンの勝負だぜ!それはちょっと卑怯なんじゃねぇのか?」


鷲尾が一人では分が悪いと思いそう言ったのだが


「悪いな!絶対ウチの総長を潰させるわけにはいかねぇんだわ!」


と村井翔が言った。


「そうそう!中田さんはお前なんかと違って人望が厚くてよ!皆の憧れの存在なんだわ!」


時田も続く。

鷲尾にとってこれ程不愉快な光景はない。それは鷲尾の過去にあるトラウマがあるからだ。


「鷲尾!蔵田の仇ももちろんだが、お前らみたいなクズがのさばるのはやっぱ世の中のためになんねーよ!」


林田兄弟も続く。

中田がゆっくりと立ち上がり、この四人の前に出た。


「鷲尾、さぁやろうか!仕切り直しだ!俺は例えここでお前に負けても、俺の仲間が必ずお前を潰す!だから俺は心置き無く思う存分やれるぜ!お前はどうだよ?この不利な状況でもお前の仲間は見て見ぬふりか?悲しいよなぁ~。お前は仲間の為とか言っていつも報復に出向いてやってるみたいだが、結局お前の仲間はお前の名前を笠に着てやりたい放題やってるだけみたいだな!」


中田のこの言葉は鷲尾に深く突き刺さる。鷲尾が辺りを見回しても、確かに鷲尾に気付いている仲間が居ても誰も駆けつけようとはしない。


これは鷲尾がまだ中学生の時の出来事、鷲尾は自分の喧嘩自慢でワンマンに振る舞っていたとき、力で周りの仲間達を従わせていた。それが統率力だと信じきっていた。しかし、学校のトイレに入っていたとき、鷲尾がその場に居るとも気付かずに同級生達が鷲尾の話をしているのを耳にした。


「なぁ、鷲尾の奴よう…またうぜぇこと言ってきたよ…」


「どうしたの?」


「あれ買ってこいだの、あれ持ってこいだの、ゲーセン行くから親から金盗んで来いだのってよう…ハッキリ言ってもうあいつには死んで欲しいわ!」


「そうそう!あいつが居なかったらほんとこの学校は平和なのになぁ?」


「ちょっと何か口答えしようもんならすぐ暴力で訴えてくるし、マジで消えて欲しいよな?」


鷲尾は我慢出来ずに勢いよくトイレのドアを蹴破り、噂話をしていた同級生全員を血の海に沈めていた。

ある日そんな暴力でものを言わさぬ圧力が裏目に出る出来事が起きた。

鷲尾はいつものように自分の周りに十人程の生徒を従えて歩いていた。そこへかねてより鷲尾の事を潰そうと企んでいた他校の生徒達が人数固めて鷲尾の下校に待ち伏せしていたのだ。


「よう!鷲尾、お前けっこう嫌われ者らしいな!お前がうぜぇから仕方なく付き従ってるって噂はしょっちゅう聞こえてくるぜ!」


「あ?誰だお前!」


鷲尾が他校の生徒に向かって進んでいく。しかし、他の仲間達は誰も続こうとはしない。それどころか既に逃げ出している者さえいた。


「ほら見ろ!誰もお前の事を助けようなんて奴は居ねぇみたいだぜ!」


そう言って鷲尾の惨めな姿を嘲笑う。

鷲尾は振り返って「来い!」と手を上げるが、それでも遠巻きに誰も動こうとはしなかった。


「ハーッハッハッ!こいつマジで裸の王様だよ!本気でお前に従ってる奴がいるとか勘違いしてやんの!超頭ん中おめでてぇよ!」


この時鷲尾はここまで自分が嫌われていたことに初めて気付かされたのだった。そして当然鷲尾は一人で他校の連中とやり合ったのだが、袋叩きにあい遂には川の中へと放り投げられた。


あいつら…全員覚えてろ…絶対許さねぇからな…


鷲尾は虚しさのあまり涙がこぼれていた。

翌日鷲尾は学校で、自分を見捨てて逃げた仲間達を責め立てた。


「お前らどういうつもりだよ!俺が一人あんな目にあってんのに、何で誰も助けに来ねぇんだよ!」


その場に居合わせた全員が口を開かず黙っていた。


「お前ら仲間じゃねぇのかよ!もしお前らに何かあっても俺はお前らに何もしてやらねぇからな!」


鷲尾が全員に向かって当たり散らしていたとき、同級生の一人が勇気を出して口を開いた。


「仲間って言うけど…鷲尾君は俺達のことをまるで奴隷みたいに扱ってるだけじゃないか…俺たちだって同じ人間なんだよ…もっと楽しく生活したいんだよ…なのに…毎日が全然楽しくないんだよ…」


その言葉に鷲尾が噛みついた。


「ほう!なるほど!じゃあお前学校来んなよ!そんなに嫌なら学校来なきゃいいだろ!」


更に別の生徒もここぞとばかりに続いた。


「鷲尾君が…学校来なかったら…」


そこまで言って黙ってしまった。


「何だよ!俺が来なかったら何だってんだよ!」


更に別の生徒も怯えながら続く。


「鷲尾君は裸の王様なんだよ!世界が自分中心に回ってると思ってるかも知れないけど、俺達だって束になればあんたに勝てるんだぜ!」


その一言に周りの皆が火が着いたように団結の意思を目に宿して鷲尾の方を睨み付けた。


「ほう!お前らいつからそこまで俺に楯突くようになったんだよ!良いじゃねぇか!やってやるよ!」


そう言って鷲尾は全員を殴り散らしていた。そのあとムシャクシャしながら学校を出て一人街中をぶらぶらと歩きさまよって居たとき、一人の男と肩がぶつかった。鷲尾はその男に向かって


「おい待てコラ!お前人に肩ぶつけといて何知らん顔してんだ!あぁ!?」


そう言われた男が振り返り、ただ一言


「あっ…悪い…」


そう言って軽く手を上げてまた立ち去ろうとした。鷲尾はその態度が自分をバカにしたと思い、その男に駆け寄りいきなり後ろから飛び蹴りで襲いかかった。しかし蹴りはヒラリとかわされ虚しく地面に落下した。そして男は軽く振り向き


「あっ…大丈夫?」


とだけ言ってまた立ち去ろうとする。鷲尾のプライドは完全に引き裂かれ怒りは頂点に達してその男の肩を掴んだ。


「ん?何?」


男は振り返り、全く眼中に無しといった態度で鷲尾を見つめる。そのとぼけた男の顔面に思いっきり拳を振り回した瞬間、目の前の世界がぐるぐると回転して見えた。そして気付くと全身を激しく強打し激痛が走るのを感じた。鷲尾は何が起こったのかを理解するのに少し時間がかかっていた。


俺が…投げられた?


鷲尾が痛みを堪えながら立ち上がったとき、既に男の姿は無かった。それから鷲尾はその男を必死に探した。一対一でまるで赤子の手を捻るようにあっさりとやられたことがどうしても納得出来なかったのだ。


あの時は油断してた…俺が自分と同じくらいの年の奴にあんな負け方するわけがねぇ!あの野郎…必ず探しだしてやる!


その男との再会は意外にもそう遠い未来では無かった。数日後、鷲尾が男の情報を集める為にライヴハウスを訪れた時、探していた男が目の前に現れたのだった。鷲尾はその男に近づき隣に座って声をかけた。


「よう!また会えたな!ずっと探してたんだぜ!あの時は油断してたが、ちゃんと決着つけようぜ!」


しかし男から予想外の言葉が返ってきた。


「えーと…誰だっけ?」


「てめぇ!とぼけんのもいい加減にしろよ!」


鷲尾はつい感情的になって大声で怒鳴ってしまった。


「数日前、アーケードでいきなりお前に投げられた鷲尾ってもんだよ!忘れたとか抜かすんじゃねーぞ!」


「鷲尾?俺と知り合いだっけ?」


「なるほど!どこまでも俺をコケにしようってか!外出ろや!」


「わかった…」


そう言って男は黙って鷲尾に付いて行く。そして鷲尾は男がまだ身構える前に後ろから首目掛けて蹴りを放つ!しかしその蹴りは空を切り、着地する前に自分が数メートル吹っ飛んでいた。鷲尾は腹に激痛が走り地面にうずくまっている。たった一発の蹴りだが、鷲尾が立てなくなるほどの破壊力を持っていた。目が霞むなか鷲尾が見上げたその視線の先には拳を振り上げた男の姿があった。


「ねぇ?まだやる?いきなり後ろから攻撃ってさぁ…ちょっと卑怯じゃない?てか大丈夫?ちゃんと呼吸してよ?」


男は苦しくて呼吸もままならない鷲尾にそう声をかけた。鷲尾の心は完膚なきまでに折られていた。


この男だけには…絶対敵わない…いったい何者?


鷲尾がその名前を知ったのは男が立ち去ってからだった。


「あ~あ、また矢崎透の餌食が増えたぞ!可哀想になぁ~…あんなバケモンに知らずに喧嘩ふっかけるとは…」


矢崎…透?何でもっと早く教えてくれねぇんだよ…あれが…矢崎透かよ…確かに噂通りのバケモンだ…


鷲尾はそのまま意識を失っていた。


その後、数ヶ月経って再び鷲尾は透と再会した。

鷲尾は仲間だと思い込んでいた同級生全員から省かれ、チンピラ達とつるむようになっていた。鷲尾はチンピラ達と薬物の売買の手伝いや、カツアゲ等に協力するような腐った毎日が続いていた。そこへ透がたまたま通りかかり目が合った。

チンピラ達は透の姿を見かけるなり、いきなり血相変えて逃げ出してしまった。


「矢崎…透…」


鷲尾の口から思わず透の名前が漏れていた。

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