第20話

集会に参加しなかった山縣が、ある計画を企てて不穏な動きをしていた。あろうことか、これから攻め込むはずのK会のヘッド、臼井(うすい)という男と密会をしていたのだ。

山縣は臼井に、近いうちに必ずS会の中田達が攻めてくる。そういう、こと細かい情報の見返りに、自分のことをS会の次期総長の座に後押しして欲しいと提案を持ちかけていた。もし自分がS会の総長の座に着いたあかつきには、共に組んでこの地域全てを牛耳ろうと…しかし、山縣の真の狙いはここでK会にガセネタを掴ませ、不意をついて自分のチームS会を勝利に導き、チームの貢献度を図るというものだった。更にK会から最近抜けた安藤を自分のチームに引き入れ、K会の戦力図を基に作戦を中田に提供するという、姑息な計画を立てていた。それが成功すれば、山縣は次期総長として大いに他の派閥よりも抜きん出ることが出来ると確信していた。と同時に一番厄介な相手も一掃するという、濡れ手で粟、一石二鳥と、頭の中はまさにおめでたい男だった。

しかし一方の臼井も更に一枚上手で、この愚かな山縣の策略にはめられたふりをしながらも、スパイとして送り込んだ安藤を使い、別の作戦を企てていた。正に狐と狸の化かし合いがこれから繰り広げられようとしていた。



後日、中田は集会に欠席した山縣を呼び出した。透の情報で山縣と安藤を警戒していたので、山縣には嘘の作戦を知らせる。当然山縣はその情報を基に、ガセネタを臼井に知らせるべくすぐに動き出した。その動向を監視する役を天斗が請け負う。と同時に、最近メンバー入りした安藤にも、別の監視役が付くことになった。

中田は安藤にも別の日に決行すると伝えていた。臼井は山縣の裏切りなど初めから計算に入れて、スパイとして潜り込ませた安藤の情報こそが真実だと確信し、メンバーを集結させる準備は整っていた。しかし、臼井のその予想に反してその作戦決行一日前にS会はK会の本拠地へと攻め込んできた。予め中田はこの日、臼井がここに姿を現しているという情報を掴んでおり、奇襲作戦に踏み込んだのだ。透も参戦したことで、臼井にとって圧倒的に不利な状況で応戦することになったK会は徐々に戦力が削られていく。が、勢いに乗った中田が蔵田の仇討ちの想いが強すぎたせいか、前に出過ぎて敵勢力の渦中に一人孤立してしまうという最悪の状況に陥ったことに透が気付いた。


「しまったな…ちょっと勢いに乗りすぎて出過ぎちまった…」


中田は仲間達と大きく離れ、一人で武器を持った数人の相手と対峙することになった。この緊迫した状況に中田のこめかみの辺りから一筋の汗が頬を伝い、そして顎から地面に落ちた。と同時に中田の背後から刃物を持った男がダッシュを決め、中田の背中めがけて突進する。


「死ねやコラァ!!!」


その影よりも一瞬速く中田の背後に飛び込んだ者が居た。それは…やはり透だった。


中田が振り返ろうとした瞬間、透は中田のすぐ後ろで固まって動かない…遠巻きに見ていたS会の連中は、皆ゴクリと生唾を呑み込んだ。まさか…あの最強の名を欲しいままにした矢崎透が…後ろから刺されようとは誰もが想像していなかったからだ。

天斗がそれに気付いて


「透さーーーーーーーーん!!!」


と叫んでいた。透の背後から伸びた腕は、透から離れようとしても動けずにもがいていた。中田もその気配を察知して恐くて動けずにいた。

その時、中田のすぐ後ろでカランと何か金属のようなものがコンクリートの地面に落ちるような音がした。

そしてそれと同時に透が振り返り様に自分の背後の男を殴り飛ばしていた。男は二メートルほど宙を舞いながら落下した。それを見ていた全員が呆気にとられていた。遠巻きには背後から刺されたように見えたが、透が振り返りもせず自分の脇腹に抑え込み、相手の手をひねりナイフを地面に落とさせ、振り返り拳を喰らわせていたのだった。透の神業を目の当たりにしたK会の連中は動揺し一瞬たじろいでいた。


「中田、お前の背中は俺が守る!」


透が中田にそう声をかけた。中田はその動きに安堵し、そして気持ちを切り換えて臼井の元へと素早く詰め寄った。


「透!悪い…他は任せていいか?俺はこいつとサシで話がしたい」


「フッ、好きにしろ!その代わり、絶対生きて帰るぞ!」


「あったり前だ!」


一方天斗は、この時スパイをしていた安藤と因縁の初対決の最中だった。


「お前…山縣さんとつるんでんだろ?」


天斗がそう尋ねたが安藤は黙っている。


「いったいお前の目的は何なんだよ…K会を抜けたってのは嘘で、山縣さんもK会に堕ちたってことか?そのスパイとしてウチに潜り込んだってわけか?」


天斗達は最初からこの安藤をマークしていたので、後ろから刺されるのを警戒していた。安藤が不審な行動に出た瞬間に天斗は安藤の動きを押さえていた。

そして、目に暗い陰を宿した安藤が吐き捨てるように口を開いた。


「ごちゃごちゃうるせぇよ!仲間だのチームだのと、人なんて誰も信用するもんじゃねぇ!お前みたいな仲間ごっこを楽しんでいる奴を見ると吐き気がするんだよ!しょせんは皆、うわべだけつくろって、腹の中では何を考えてるかわかりゃしねぇ!生まれ育った環境が悪いってだけで偏見の目で見られたり、自分のことを棚に上げて人の批判ばかり楽しんだり、あっちでは良い顔しときながら、こっちではそいつの悪口言ってみたり、結局誰一人として本当に信用出来る人間なんてどこにも居ねぇ!もう、うんざりなんだよ!こんなクソみたいな世の中全てぐちゃぐちゃにしてやるんだ!」


そう言って天斗を憎悪の目で睨み付けている。天斗も、もし過去に透と薫に出会って居なかったら、もしかしたらこの安藤と同じ境遇に居たかも知れないと想っていた。きっと安藤は誰にも理解出来ない程の苦痛の日々を過ごしてきたに違いないと…そして天斗が


「なぁ…安藤…本当に信用出来る人間って居ないって言うけど…居るよ?少なくとも俺の身近には…お前がどれ程の痛みを味わって来たかはわからないけど、人との出会いは大切にしろよな!確かにうわべだけの人間の方が圧倒的に多いかも知れないけど…ほんの一握りでもお前を心から支えてくれる奴に、いつかは出会えるかもしれない…その時に、今のお前ではそんな大切な出会いをも自分から遠ざけてしまうぞ!今の自分を変えてくれる大切な出会いを…なぁ、お前…俺んとこ来いよ!お前が今まで出会ったクソみたいな人種とは明らかに違う、本当の意味での仲間ってやつにきっと出会えるから!」


あくまでも天斗は善意で安藤を誘っているのだが、もう深く心を閉ざしてしまった安藤の闇を照らすには、少し時が遅かったのだ。もしあの時、天斗とすれ違っていなければ…



一方、臼井と中田の方は対峙しながら話していた。


「なぁ臼井…お前達はいつもやり過ぎなんどよ!やるにも限度ってもんがあるだろ!あのまま蔵田が山奥で発見されずに居たら、いったいどうなったと思う?下手したら今頃死んでたかもしれないんだぞ!」


中田が冷静に言った。しかし、臼井から思いもよらぬ言葉が出てきた。


「中田…確かにあの時蔵田って奴をフクロにしたのは否定しねぇ…だが…あいつはまだ反撃してこようとするくらいの余力は残っていたし、場所は移動してもあの祭り会場から少し離れた所に移しただけで、山奥に放置ってのも俺からすりゃ濡れ衣だぜ?逆にそれを聞いたときは俺の方が驚いたぐらいよ!この件は、何か裏があるんじゃないのか?例えば…お前んとこの派閥争いとか…」


中田は臼井の話を全て信用しているわけでは無いが、それでも臼井が嘘を言っている様子は微塵も感じ取れなかった。もし、本当に臼井が真実を述べているのだとしたら…蔵田を危篤の状態までして、K会とS会を衝突させようと目論んで居る存在が居ることになる。もし、心当たりがあるとすれば…中田の頭の中によぎるのは一人しか居なかった。


「臼井…お前達の今までの行動からして、それを簡単に鵜呑みにする程俺もバカじゃねぇよ!」


そう中田が言った時、臼井はニヤリと笑いながら切り出した。


「お前んとこの山縣とかいう奴な…俺んとこにお前らの情報流すから、お前ら潰して一緒にこの辺を牛耳ろうって持ちかけてきてんだぜ?で、結局俺にガセ掴ませてお前らが不意を突いて来た。結局あいつは二枚舌じゃねぇか!もしここで俺もお前も両方潰れたら一番得するのは誰だよ?」


「山縣…蔵田をあんな目にあわせてまで…」


中田は段々と臼井の話に真実味が帯びてきて、真の実行犯が山縣では無いのかと思えてきた。安藤を引き入れたのも山縣…そう思うと中田の中の怒りは山縣に向いてきた。しかし、


「なぁ中田…とりあえずウチもこんだけやられたんだ。俺だって後には引けねぇよ!とは言ってもこっちにはほとんど兵隊が残ってねぇけどよ…それでも俺がお前に勝てば面目は立つ」


「臼井…どっちにしても蔵田の仇は取るに決まってんだろ!例えお前がどんな汚い手を使って来ようと、俺はお前をぶっ倒しに来てんだからよ!」


そう言って中田が飛び込む!臼井もカウンターを狙って中田の動きに応える。



そして天斗と安藤はと言えば…


「そういう綺麗事を聞かされるのはもううんざりなんだよ!誰にも信用されない痛みをお前なんかに何がわかるんだよ!周りからもチヤホヤされて…俺だって誰かに認めてもらいたかったさ!誰かに信じてもらいたかった!信じ合える仲間が欲しかった…誰かに…必要と…されたかった…」


そう言って安藤はうつむき最後の言葉には力が無かった。天斗は、安藤が本当は言葉と裏腹に、今でも仲間を求めていると感じて


「安藤…まだ遅くはねぇよ!お前の気持ちは俺が受け止めてやるよ!だから…だから」


と、必死に説得しようとしたが、安藤の心にはもう響くことはなかった。


「うっせぇよ!!!もうそういう言葉は信じねぇ!もう誰も信じねぇ!もうやめろ!!!」


感情昂った安藤はそう言って手に持っている鉄パイプを力一杯振りかぶった!そして天斗の頭めがけて真っ直ぐ振り下ろす!


ブンッ!


それは、天斗の頭上で止まった…いや、天斗が手で受け止めていた。


「安藤…お前は…本当に俺を殺す気で…お前は…人の命の重みを…」


そして天斗は悲しい表情をしながらその鉄パイプを素早く横に振り、それに振り回された安藤がバランスを崩したところへ顔面に拳を炸裂させた。そして安藤は一撃で気を失った。

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