第19話

一方、同時刻に地元の若者に人気のライヴハウスでは、剛と薫がカウンター席でオーナーと話していた。


「薫ちゃん、最近凄く楽しそうだね!あずさのチームでの活躍もよく耳にするし、その長身イケメンの彼とも上手くいってるみたいだし。実はさ、ここに来る男子達も薫ちゃんの噂をよくしていくんだよ」


薫がオーナーからそんな話をされて、それがどんな噂なのか気になった。ここのライヴハウスは連日十代を中心とした若者で賑わう交流の場として栄えていて、常連のほとんどが色々な情報交換の場として利用している。ここで薫の噂が立ち上るのは当たり前と言えば当たり前だが、男子達が噂するとなれば一体どんな話をするのだろう。薫だけではなく剛もある意味、興味津々という表情でオーナーの言葉に耳を傾ける。


「オーナー、いったいどんな噂してるの?」


オーナーが食い付いて来た二人にニヤニヤと勿体ぶった表情を浮かべてゆっくりと話し出した。


「実はさ、あの矢崎薫は化けもんだとか、血も涙もない冷酷無情だとか、でも…」


その言葉で一旦話を止めてまたニヤニヤと溜めている。その、でも…の続きが気になって薫と剛が


「オーナー~…そこで止めないでよ…」


「オーナーなんすか?その溜めは…めっちゃ気になるんすけど…」


と先を急かす。オーナーは笑いながら続けた。


「でも…矢崎薫ってかわいいんだよなって…アイツと付き合ったら大変だぞ!もし浮気なんかバレてみろ?半殺しなんかじゃすまないぞ!とか、それでも矢崎薫いいわ~とか…意外と薫ちゃんってモテるんだよねぇ~」


それを聞いた薫が剛に得意気な表情で見つめる。剛は驚きのあまり思わず


「へ…へぇ~…世の中物好きってけっこう居るんすね…」


それを言い終わったか終わらないかのタイミングで薫が恐ろしい表情で


「おぉ~い…殺されたいの?」


と冷ややかな表情で剛を脅した。その二人のやり取りをオーナーは楽しそうに眺めていた。そしてフォローするようにオーナーが


「でも、最近ほんと薫ちゃんは一気に女になったよね!小さい時から見てきたけど、ほんとここ最近だよ!女の顔になってきたのは」


「やだぁ、オーナー…可愛い猫ちゃんだなんてぇ…」


薫が、ぶって似合わない猫なで声でそう言ったのを隣で見ていた剛がかなり引き気味の表情で見ているのに気付いて


「なに?何か文句ある?私は可愛いの!私は女の子なの!こう見えて可愛い女の子なの!いい?」


普通、自分を可愛い女の子って強要するかよ!と、剛は心の中で思いながらもとりあえず肩をすくめて「はぁい…」と返事した。

オーナーも大笑いしながら


「でも…可愛い猫ちゃんは言ってないかな…」


と更にからかった。

その時、薫の耳にある話が聞こえてきた。それは近くに居た席で他のグループが話している会話だった。


「S会の蔵田ってのがK会の連中に潰されたらしいぞ!それでよ、S会の中になんか怪しい動きをしてる山縣ってのが居て、内部分裂を企んでいるって話聞いたんだけどよ…」


そのグループの他のメンバーも


「もともとS会は派閥で割れてるんだろ?分裂するのも時間の問題って聞いたけどな」


更に他のメンバーも


「S会は元々他のチームを統制して大きくなったようなチームだからな。そもそも元から基盤は磐石じゃ無かったんじゃ無いのかな?」


「そのS会に最近中坊が入ったって…それがけっこう危ない奴で良い噂はあまり聞かないんだよな…」


この会話に剛も聞き耳立てていた。薫は最近入った中坊というのが、てっきり天斗の話だと思い込んでいたのだが…それは大きな勘違いだと後に明らかになる。


「なぁ、薫…今のS会ってあの黒崎が所属するチームのことだろ?中坊ってもしかして…黒崎の話か?」


薫は天斗が危ない奴で良い噂はあまり聞かないという部分が府に落ちずにいた。


天斗の良い噂は聞かないって…いったいあいつ何やらかしたんだろ…


「剛…帰ろうか…送ってくれる?」


薫は急にテンションが下がって剛を促す。剛もその薫の表情を見て黙って立ち上がった。

薫が振り返って


「オーナーごめんね…ちょっと今日はこれで失礼します」


その事情を察してオーナーが


「薫ちゃん、天斗の話は恐らく勘違いだと思うよ。少なくとも俺の耳には天斗の悪い噂は一つとして入ってきてないから…」


それを聞いて薫もそう信じたいと思っている。天斗に限ってそれはないと…しかし、この時点ではタイミング的に天斗以外に該当する人物が思い当たらない。薫はモヤモヤしながらライヴハウスを後にした。

剛は薫を家に送り届ける途中でこんな疑問を投げかける。


「なぁ、薫…黒崎とは付き合ったこととかあるのか?」


いきなりの質問に薫は動揺した。実際二人は付き合ったことは無いまでも、お互いを意識したことがあるのは事実だった。もし剛の存在が無ければ、薫はいつかは天斗と恋仲に落ちていた可能性は否定出来ないと思っている。


「無いよ…天斗とは幼なじみなだけ…親友とも呼べるかな…」


薫はキッパリとそう言ったが、薫にとっても天斗と過ごしてきた時間が長かった分、情は残っている。それゆえに天斗が悪名の噂を立てられるのは薫にとっては耐え難いものがあった。


「親友…か…薫は…俺と出会えて良かったのか?」


剛はずっと心の奥ではどこか天斗に嫉妬心を抱いていた。それを察知して薫は


「当たり前じゃん!さっきもオーナーが言ってたけど、私が最近可愛い猫ちゃんになったのは剛の存在のお陰だと思うよ!」


「か…薫…まだそこ記憶を改ざんする?オーナーも可愛い猫ちゃんは言ってないって…」


「あ?改ざん?オーナーは言葉足らずなだけで私が代弁しただけですけど何か?」


この根拠のない自信の強さこそ、薫の強さの根源なのではないかと思う剛であった。

薫が家に着いてこの日はそのまま剛は帰宅することになった。薫が家の中へ入ると、透の部屋から愉しげな笑い声が聞こえてくる。すぐに薫は姉ちゃんと慕っているあずさが遊びに来ていると気付いた。そして透の部屋をノックした。

コンコン…


「兄ちゃん?お姉ちゃん来てるんでしょ?」


透が薫に向かって


「おう、来てるぞ。入れよ」


と言った。薫は大好きなあずさを見た瞬間、またあずさの胸に飛び込んで甘える。


「お姉ちゃん~!!!」


あずさも全力で受け止めて強く抱き締める。


「薫~!」


薫はあずさが家に遊びに来ると決まってべったりと甘える。それは外ではお互い決して見せないプライベートな裏の顔だった。透以外、誰もがこのあずさと薫のこんな一面を想像すら出来ないだろう。

ここ最近では、あずさ率いるレディースもすっかり様変わりして、敵対するレディースと抗争する度勝ち続けて、もはや誰もが弱小チームとは呼ばなくなっていた。そして少しずつメンバー入りを求める女子達も増えていった。


「ねぇ薫~、ほんと最近あんたのお陰でウチのレディースは息を吹き返して来たよ~!今じゃ飛ぶ鳥をも落とす勢いだって噂されてるよ!お姉ちゃん薫にすっごく感謝してるよ!」


「お姉ちゃん、別に私の戦果じゃ無いよ…元々お姉ちゃんの名前は広く知れ渡ってたじゃん!」


「ううん、薫が入る前はほんとに風前の灯だったの!お姉ちゃんあの時はもう限界だった…どんどんメンバーは離脱していくし、いつも戦力差で抗争を回避したりして、メンバーには情けない想いばかりさせてきたから…だから、薫…ありがとう!」


そう言ってあずさは薫をギュッと抱き締めた。



そしてまた場所は変わり、天斗達の集会所。


メンバー達が中田を囲んで、中田の熱い演説に、打倒K会!を声高々に叫ぶ。チームは一致団結しているかのように見えた。が、そこにはつい最近幹部の山縣の推薦によりメンバー入りした安藤の顔があった。安藤は天斗の一つ年上で中3。この安藤こそが、後々の問題児となるのであった。


中田はチームの結束によりK会と全面戦争をするにあたって、まず透に応援要請の電話を入れる。



透の部屋で薫とあずさがはしゃいでいるのを愉しそうに眺めていた透のケータイに、中田から着信。すぐに透は電話に出る。


「もし、透か?」


「おう中田、どうした?」


中田は透の部屋に響く黄色い声に気まずそうにして


「もしかして…お取り込み中か?」


と聞いた。


「あ、悪い悪い。ちょっと彼女と妹がはしゃいでいてな…大丈夫だぞ!どうした?」


薫とあずさは電話に気付きはしゃぐのを止めて静かに会話を聞いていた。


「実は…ちょっと頼みがあるんだ…ウチの蔵田居るだろ?あいつがK会の連中に病院送りにされてな…それでメンバー全員が全面戦争の方向で一致団結したんだ…」


「お前…本当にそれでいいのかよ…荒れるぞ…下手したら最悪の事態だって考えられるのはお前だってわかってるはずだろ…」


「そりゃもちろん十分承知してるさ。けど、例え俺が止めてもメンバー達は動き出すくらいの勢いだったんだよ。だからお前に頼んでんだよ。透…どうしてもお前の力を貸して欲しい…今回だけ頼めないか…」


「中田…本当にやるんだな?覚悟は出来ているんだな?」


透がこれだけ念を押すのも、やはりこの山がそれだけリスクが大きいことを示している。中田が黙っているが、透は蔵田をやられた中田の気持ちが痛いほどわかっていた。


「よしわかった。俺の秘蔵っ子の黒崎にも無理はさせたくないし、ここは俺も参戦するぞ!また攻め込む時に連絡くれ!」


そう言って電話を切った。

その会話を聞いていた薫がすぐに状況を察知して


「ねぇ兄ちゃん…ついさっきライヴハウスでチラッと小耳に挟んだんだけど…最近天斗達のチームによくない噂の中坊が入ったって…それって天斗の事じゃないよね?それと、山縣って人が何か企んでるみたいだって…」


「山縣?山縣かぁ…確かにあいつなら何かやらかす可能性は考えられるなぁ…もともとあの男とその一派は元居たチーム裏切って今のS会に寝返ったっていう経緯があるからなぁ…そこは十分警戒しとかなきゃならないかもな。それと最近入った中坊…うーん…それは俺にも誰かはわかんねぇけど、ま、黒崎のことじゃねぇだろ!心配すんな!あいつのことは誰よりも俺たちがよくわかってるだろ?」


その言葉に薫も天斗に限ってそんなことはないと確信する。

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