第11話 元王女、再び

 8月16日の金曜日、今日は天気も良いから気分転換に魔物狩りをしようと思って玄関ホールで出発準備をしていると、扉の開く音が聞こえた。振り返ると6月に送り出した元王女様がいた。もちろん、護衛の2人もね。


「やぁ、ブリュエット。久しぶり。向こうの生活にも慣れてきたみたいだね。真っ白だった肌が良い感じに日に焼けて健康的だよ。」


「お久しぶりです。オーギュスト様。」


「様付けなんていいよ。」


「では、オーギュストさんと。実は、あちらの世界に拠点を構えることができましたので、ご招待に参りました。」


「おっ、そうなんだ。そんじゃ、今日は予定を変更しようかな。ケネス、僕はこのまま“スピラ”に行ってくるよ。」


 僕は振り返ってケネスに言う。今日の護衛役としてケネスも着いてくる予定だったからSEALsの装備をまとっている。彼は僕の言葉にすぐに反応して、流れるような動作で弾倉を抜いて、コッキングレバーを引いて弾丸を取り出す。そして、姿勢を正し、


「行ってらっしゃいませ。」


 と送り出してくれる。


 ブリュエットは教えた合言葉を唱えて扉を開ける。それに続いて僕も扉をくぐる。ふむ、薄暗いね。照明の魔道具があるから地下かな?それに、樽もあるしこの香りはお酒だね。あ、燻製肉にチーズもある。貯蔵室かぁ。


「こちらに階段がありますわ。」


 階段を上りきると厨房らしき所に出てきた。


「厨房?」


「ええ、そうですわ。」


「君達3人だけにしては広くない?」


 僕はその厨房の広さや道具の多さに驚いた。普通の家ではこんなにも広くはないはずだ。となると考えられるのは、


「もしかして、食堂でも始めた?」


「半分正解ですわ。食堂兼簡易宿ですわ。2階が宿になっていますの。1階は食堂と大浴場などの衛生設備を備えていますわ。」


「へー、凄いね。場所は?ダーバー?」


「ええ、そうですわね。異世界で初めて訪れたので愛着がでました。」


「なるほど。でも、結構なお金がかかったんじゃない?」


「いえ、土地代と材木代とそのほか細々(こまごま)とした用品代ぐらいですわ。工賃は私(わたくし)建てましたのでかかっておりませんの。よくできたと自分でも思っておりますわ。どうぞ外からご覧になって。今日は宿泊客はおりませんの。」


 そう言われて、ブリュエットの先導で厨房の裏口から外に出て表の通りに向かう。うん、確かに素晴らしい。ダーバーの街の風景に溶け込みつつもお店として強調するところはしている。2階は小さいけどベランダがある。部屋を見ていないからわからないけど、簡易宿ってところに疑問符がつきそうだなぁ。


「裏もご案内いたしますわ。」


 裏にまわると井戸が3つあり、手入れされた芝生が広がっていた。食堂兼宿の対面にはそこそこの大きさの家が2棟。右手側と左手側にも家がある。それらの家の洗濯物が裏庭には干してあった。


「共同の敷地なの?」


「いえ、この1区画は全て私(わたくし)名義のモノですわ。宿の対面に位置する家は、1棟は私(わたくし)の、もう1棟はルネとエヴラールの家ですわ。そして、両側の合わせて6棟は貸家ですわ。」


 へぇー、凄いなぁ。元王女様なのに。


「凄い凄い。1人で造ったの?」


「基本は1人でしたわ。時々、ルネとエヴラールも手伝ってくれましたが、2人とも冒険者の仕事がありましたのでそちらを優先してもらいましたの。」


「これ、魔法をつかったでしょ?」


「流石はオーギュストさん、わかりますか?」


「うん。なんとなくだけど、こんな感じかな。闇魔法で“不可視の腕”」


 そう言って、闇魔法の不可視の腕を出す。それだけだと見えないので光魔法で調節して見えるようにする。ブリュエットは驚かずに、「あら」といった感じで、


「あら、闇魔法に似た様なものがありましたのね。私は加工魔法と呼んでおります。それで不可視の腕が使えますの。その腕は大工道具にもなりますわ。」


 と言う。加工魔法?初めて聞いたなぁ。学園でもいなかったな。よし、教わろう。


「ねぇ、ブリュエット、加工魔法を教えてくれないかな。」


「う~ん、オーギュストさんに教えるのはよろしいのですが、これは私(わたくし)が生まれ持った魔法なので・・・。」


「大丈夫、使っているところを見せてくれればいいからさ。お願い。」


 そう言って頭を下げて頼み込む。


「ん~、でしたら厨房でその魔法を使いますので見てみますか?丁度、下ごしらえをする時間なので。」


「ありがとう!!」


 そして、厨房に戻り、料理の下ごしらえをするのを眺める。


「作るのはミンチカツかな?」


「それと香辛料が手に入ったのでミンチステーキ(地球のハンバーグだよ。)にフライドポテト、ポテトサラダですわ。ルネはスープ担当ですわ。」


「なるほど、これが加工魔法。道具も使っていないのにお肉がすぐに挽き肉になっていくね。ポテトも同じようだね。揚げたり焼いたりするのはやっぱりブリュエットがしないと難しいのかな?」


「まぁ、普通は火からは目は離せませんわ。何処の世界の厨房でも一緒でしょうけど。」


「確かにそうだね。おお!!マヨネーズを作るのにも加工魔法かぁ。卵を割れるなんて器用なんだね。面白い、何としても取得したいね。」


「時空魔法というあんなに凄い魔法を使えるのにですか?」


「関係ないよ。学園の大学部では色々と魔法を生み出したからね。僕の欲は際限がないよ?」


「それ、ご自分で言います?」


「変人だとは自覚しているよ。ん?表のほうに人が集まり始めたね。僕も並ぼうっと頑張ってね。あ、加工魔法はなんとなくだけど、わかったから。後でお礼を渡すね。」


「え!?ちょっ!?オーギュストさん!?」


 裏口から出て、お店の入口に出来つつある列に並ぶ。にぎわっているようで何よりだね。

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