5分で笑える物語『お騒がせアイドル』

あお

第1話

 マイクを片手に、夏フェスの舞台上で大きく手を振り太陽のような眩しい笑顔を見せる三人のアイドルたち。美しく白い肌には滝のように汗が流れていて、それでも爽やかな夏を感じさせるのはさすがプロというもの。

 サウナのように蒸気を上げながら、なおも盛り上がり続ける観客席に向かって、三人のアイドルたちはそれぞれ締めの挨拶を口にした。


「みなさーん! 今日は来ていただきありがとうございました~!」


 会場に響き渡る澄んだ声。猪突猛進の元気っ娘で、時折とんでもない天然をかましてしまう愛嬌さも兼ね備えたユニットリーダー、赤色担当の夏色アカネ。


「あなたたちとなら、また遊んであげても良いわ」


 髪を払い、挑戦的な目を向けながらはにかむ少女。ユニット内で最も身長が低いながらもその態度は誰よりも大きい。ツンデレを地でいく青色担当の空波アオコ。


「ヒマも楽しかったよ~、みんなも楽しかった~?」


 おっとりボイスで観客に癒しを与えるマイナスイオン。三人の中で最年少ながら女優業としても躍進中の黄色担当、咲坂ヒマワリ。

 彼女たちは毎年夏の風物詩である日本最大級の野外フェスで6万人もの観客を魅了した。

 ステージを捌け、出演者用に特設されたプレハブの控室へと戻っていく。


「お客さん、楽しんでくれたね!」

「そんなの当たり前だわ。そんなことより暑すぎよ! はやくエアコンのあるオアシスへ……」

「控室にエアコンがあるってだけでも嬉しいのに、一人一室で用意してくれたなんて本当に最高だよねぇ」


 三人は速足でクーラーが効きまくっているプレハブ製の控室へと急いだ。


「やぁ~お疲れ~! はい、タオルと水! 部屋にもたくさん水用意したからちゃんと飲みなさいよ!」


 そう言って現れたのは三人のマネージャーだった。


「「「ありがとうございます!」」」


 三人はタオルと水を受け取って、憩いを求めるように控室へと駆けこんでいった。

 売れっ子アイドルということもあり、その待遇にはマネージャーにも与えられている。

 三人を見送ったマネージャーは、控室が並ぶ右端の一室へと日光から逃げるように入っていった。なんと、マネージャーにも個別の控室が用意されていたのだ。

 右端から順に、マネージャー、アカネ、アオコ、ヒマワリの部屋となっており、プレハブ製でありながら断熱性に特化した素材を使っている。その反面、やや防音性に難ありで隣室の声はつつぬけだった。


***


「ひゃは~、たまらんぜこれは」


 冷房でキンキンに冷やされた控室に戻ったマネージャーは、その快適さに思わず頬を緩める。


「いかんいかん。まだやることは山積みなんだ」


 自分に鞭を打っては机に広げた資料に目をやる。


「まずはこれだな」


 マネージャーが手に取ったのはヒマワリが出演する連ドラの台本だった。


「別に私のチェックなんて必要ないと思うんだけどなぁ。ま、感想と激励くらいはしてやらないとな」


 台本を片手にヒマワリの控室へと向かうべく扉を開ける。

 肌を焦がすような熱波に襲われ、彼女は勢いよく扉を閉めた。


「日本はついにサウナになったのか⁉」

「ふふふっ」


 ふと隣から笑い声が聞こえた。


(この声はアカネか? あぁ、そう言えば防音性能が脆弱なので話し声は控えめにって運営のスタッフさんが言ってたっけ)


 マネージャーは静かに椅子に座り、ふぅっと息をはく。


「よし、電話で済ませよう。声はなるべく小さめに」


 そう言って彼女はスマホを取り出し、ヒマワリに電話をかけた。


『もしもしマネージャー? どうしたの?』

『休憩中にすまないな。お前のドラマの件で話があって。いま大丈夫か?』

『あ~、大丈夫だけど、なんで電話? 私の部屋すぐそこだよ?』

『オアシスを手放すことが、できなかった――っ!』

『あ~』


 短い言葉ならがも察しましたと言わんばかりの声音である。


『それでは早速だが、感想から述べさせてもらうが……お前悪女だなぁ‼』


 マネージャーの興奮スイッチがこの時点でオンになった。それほどまでにドラマの台本が傑作だった、と言えるのだが、声を小さめにという己への誓いはものの30秒で無効となった。


『初めての役で自信ないんだけど……』


 ヒマワリのか細い声に余計マネージャーのエンジンがかかる。


『自信を持てヒマワリ! 不倫をしたからってお前自体の好感度が下がるわけじゃない! 堂々と悪女らしく不倫してこい!』


 バシャン――


 まるでペットボトルが落ち、中の水が噴き出た音などマネージャーの耳には届いてなかった。


***


(ふ、ふふふ、不倫っ⁉⁉⁉⁉)


 あまりに強烈なワードが聞こえてきて、アカネは持っていたペットボトルを落とし、中の水を床にぶちまけてしまう。


(ヒマワリ不倫したのっ⁉ ってか彼氏さんできたの⁉ いや、まず堂々と不倫しちゃダメでしょ⁉)


 ショッキングすぎるマネージャーの発言に、アカネの純粋な心はとっくにキャパオーバーだ。


『アイドルって看板は一回捨てろ。悪女になったのなら悪女らしく生きていけ。私は不倫するヒマワリのことも大好きだぞ』


(ちょっと待ってぇぇぇぇぇっ⁉)


 思わず頭を抱えるアカネ。


(えっと、えっと、まずヒマワリが不倫をしていたとして。えっと、それでアイドルの看板を捨てる……ってことはアイドル辞めちゃうってこと⁉)


 アカネの顔が一瞬で青ざめた。


(ど、どどど、どうしよう⁉ ひ、ひとまずアオコに相談しなきゃ!)


 床にぶちまけた水など無視して、アカネは控室の扉を開ける。

 喉を焼き尽くすような熱波が部屋に入り込み、一瞬のためらいもなく扉をピシャンと閉めた。


(電話にしよう!)

 アカネは鞄からスマホを取り出し、アオコの番号にかけた。


『もしもし? どうしたのよ?』

『ア、ア、アオコ! 大変なことになっちゃった‼』

『えぇ? いいからまずは落ち着きなさいよ。しかもなんで電話? 隣にいるじゃない』

『その……日差しが強くて』

『あぁ……』


 心得たりと言わんばかりのアオコの相槌だった。


『それで? 大変なことって?』

『あのね……ヒマワリが、ヒマワリが』


***


『それじゃ、頑張れよ』


 マネージャーは激励の言葉を尽くして、ヒマワリとの電話を切った。


「ん? アカネが何か騒がしいな?」


 隣から聞こえてくるアカネの声に耳をそばだてる。


『アイドル辞めちゃうかも!』

(えええぇぇぇぇぇっ⁉⁉⁉)


 驚きのあまり腰を抜かしてしまうマネージャー。


(辞めるの⁉ アカネが⁉ ちょ、ちょっと待って、それは!)


 と内心焦りまくる彼女に、アカネの気迫のこもった声が追撃を与える。


『でも言ってたもん! アイドルの看板下ろして悪い女になれって!』

(誰だアカネにそんなこといったのはああああああ‼)


 マネージャーは頭の血管がはち切れんばかりの怒りにのまれた。


(それになぜアカネも従おうとする⁉ 真面目か? 真面目すぎるのかっ⁉)


 6万人を魅了するトップアイドルのリーダーがまさかの電撃卒業で悪女の道へ……なんてことになったら彼女はマネージャーとして相応の責任を取らなければならない。


(なんっとしてでも、止めなければ)


 一刻も早く状況を確認し、アカネのアイドル引退を阻止しなけばならない。マネージャーは決死の覚悟を持って立ち上がり、灼熱の扉に手をかける。


(ええい、迷うな! いまはそれどころじゃ!)


 と扉を開け放とうとしたその時、マネージャーのスマホが鳴った。


(こんな時に誰……ってヒマワリ?)


 通話のボタンをタップして電話に出る。


『もしもしヒマワリ?』

『マ、マ、マネージャー! アオコが、アイドル辞めるって‼』

『アオコもぉぉぉぉぉぉおお⁉』


***


 アオコは興奮するアカネを落ち着かせ、事の経緯を聞いた。


『なるほど……ヒマワリが不倫した、と。いや百歩譲ってそうだとして、いきなり辞めるって話をマネージャーがするってのは』

『でも言ってたもん! アイドルの看板下ろして悪い女になれって!』

『まじか……』


 思わず絶句するアオコ。


(確かにアイドル社会は恋愛にとても厳しいし、まして不倫ってなったらそれはタレント人生が詰んだも同然か)


 アカネが混乱しているからこそ、アオコは冷静にマネージャーの考えを推察し、自分の意見へと落とし込んでいった。


『アオコどうしよう⁉ ヒマワリが辞めちゃったら、私たち二人に……』

『そうなったら、私も辞めるわ』

『えっ……辞めるって何を』

『決まってるでしょ⁉ アイドルよ! アイドルを辞めるのっ‼』


 隣室から水をぶちまけた音が聞こえたが、アオコは構わず話を続けた。


『私たちのうち誰か一人でも欠けるってなら私はアイドルを辞める。そういう覚悟をもって私はいままで活動してきた。そして本当に一人が辞めるってんなら私も潔く辞めてやるわよ』

『アオコ……』


 誰よりもプライドが高く、誰よりも二人を愛してきたアオコ。そんな彼女の言葉だったからこそ、その覚悟はアカネの胸に響いた。


『そう……だよね。私たちの内誰かが欠けたら、もうそれは私たちじゃないよね。うん、分かった。私も一緒に辞める。三人でアイドルを辞めよう!』

『ええ、それじゃ早速マネージャーに報告ね』


 電話を切り、マネージャーの控室へと向かうべく扉を開ける。

 燃え盛る熱気がアオコの四肢を襲い、脊髄反射で彼女は扉を閉め――ようとした。


「させないわよっ!」


 そう言って閉まる扉を抑えてきたのは、熱さに顔を歪ませるマネージャーだった。


***


 マネージャーが控室を出るのと、アオコの扉が開かれるのは同時だった。

 なぜか第六感的にアオコの扉に手をかけなきゃマズいと思ったマネージャーは、鉄板のように熱を放つ大地を蹴り、全力でアオコの部屋へとたどり着く。


「させないわよっ!」


 そんなヒーローじみた言葉と共に、アオコの閉扉を阻止するとその両サイドの部屋からアカネとヒマワリが姿を見せた。


「「マネージャー!」」


 二人がやや困惑した表情で呼びかける。


「二人とも、アオコの部屋に入りなさい! お邪魔するわねアオコ」

「え、えぇ」


 こうして四人全員がそろったこの場で、最初に口を開いたのはアカネだった。


「マネージャー! 私たちアイドルを辞めます!」

「……本気なの?」

「本気です! 私も、アオコも、ヒマワリが辞めるならアイドルを辞めます! それぐらいの覚悟をもって三人で活動してきたんです!」


 その目には何事にも屈しない強い決意が宿っていた。

 アカネの言葉にヒマワリは首を傾げる。


「ヒマ、辞めないけど……」

「「えっ?」」

「辞めるのはアカネとアオコなんじゃないの?」


 四人全員の頭の上に疑問符が浮かび上がった。


「だってヒマワリがアイドルの看板を下ろして悪い女になるって、マネージャーが」

「それは次の役でヒマが自信なかったから、マネージャーが励ましてくれた言葉だよ?」


「へ?」

 素っとん狂な声を上げるアカネ。


「あー……」

 なんとなく事情を察したアオコ。


「えっと、アカネとアオコは、アイドルを辞めるの……?」

 不安がるヒマワリ。


 マネージャーはアオコとアイコンタクトを取った。そして、心からの安堵をため息にこめ、朗らかな笑みを浮かべた。


「はぁぁぁぁ……それじゃ、あとは三人でじっくり話し合うことね。辞めるかどうか、まとまったら教えてちょうだい」


 そう言い残してマネージャーは部屋から出る。

 ジリジリと照りつける太陽も西に沈み、ほのかな茜色を見せていた。

 ほっと頬が緩む。


「アカネあんたねぇぇぇぇぇえええ‼」

「えええええ! なんでそんな怒ってるのアオコぉぉぉ⁉」

「二人は辞めない? 辞めないよね⁉」


 マネージャーの笑顔は綺麗な夕焼けのせいか。それとも仲睦まじい少女たちの騒ぎ声か。


「マネージャぁぁぁぁぁ‼ もとはと言えばアンタのせいだからねぇぇぇぇ‼」

「私のせいぃぃぃ⁉」


 四人の騒ぎ声はステージ側の客席まで聞こえていたそうだ。

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