実は僕、彼女が四人もいます! 可愛くて尽くしてくれる彼女たちに囲まれた勝組人生 まさか逃げ出したいだなんて思ってません……本当です

美濃由乃

第1話 四人の彼女


 唐突だけど僕の懺悔を聞いて欲しい。実は――



 ――四股してます!


 可愛い彼女が四人もいる僕は人生の勝ち組です!


 四人とも僕の事が大好きで、愛されすぎてむしろ少し困っちゃうくらい。


 こんな悩み、普通の人だったら一生悩む必要がないと思う。モテない人ってホント羨ましいよ。ふふ、人気者は辛いとは僕のために作られた言葉だよね。


 ……なんてね。




 僕は毎日インターフォンが鳴る音で起床する。


 今日も聞こえてきた音で目を開け、時計を確認するといつもの時間。


 僕はすぐに玄関に向かった。


りょう君おはよう。ふふ、まだ眠そうだね」

「おはよう咲良さくら。いつも起こしてくれてありがとう」


 外にいたのは幼馴染の咲良だ。


 大きくてはっきりとした瞳に、長いまつ毛、ハーフアップにされている茶色の長髪。柔らかい笑顔はお淑やかな雰囲気を醸し出している。


 道ですれ違ったら大抵の男は振り返って二度見するだろうと思えるくらいの美貌の持ち主だ。


 僕と同い年の咲良は、小学校の低学年の頃に隣の部屋に引っ越して来た。


 それ以来、家が隣という事もあって親密な付き合いが続いている。


「朝ごはんの準備するから、良君は顔洗ってきてね」


 中に迎え入れると、咲良はすぐに料理の準備を始めにキッチンに向かった。


 僕はその間に身だしなみを整える。


 着替え終えてリビングに行けば、テーブルにはもうトーストと目玉焼き、綺麗に盛り付けられたサラダが用意されていた。


 最後にコップと牛乳を持って来てくれた咲良が僕の定位置の椅子を引いてくれる。僕はただ座るだけだ。


「ありがとう咲良。朝は何となく牛乳が飲みたくなるんだよね」

「良君は毎日欠かさず飲んでるよね。もうすぐなくなりそうだから気を付けてね」


 咲良は会話をしている間も手を止める事はなく、喋りながら適格に家事をこなしている。


 その手際の良さは大したもので、僕がもたもたとトーストにジャムを塗っている間に、咲良は片づけを終えて向かいの席に腰を下ろした。


 せまいリビングに置かれた小さなテーブル。


 椅子は二つだけ、本来僕の反対側はお父さんの場所だったけれど、今ではもうすっかりと咲良の定位置になっている。


 手際よく料理を作って片付けまでした後は、朝食を食べている僕をニコニコと楽しそうに眺めているのが彼女の日課だった。


「いつもありがとう咲良。今日も朝ごはんが美味しいよ」

「そう? ただパンと卵を焼いたくらいだけど」

「そうだとしてもさ、僕だけだったらこんな準備は出来ないから、何も食べてないと思うもん」

「ふふ、気にしないで、大切な彼氏の体調管理も私の役目だもの」


 少しだけ頬を赤く染めて、照れたように笑う咲良。完璧なまでの可愛らしさだ。


 本当に僕なんかにはもったいない彼女だと思う。


「良君、ほっぺにパンくずがついてるよ」

「え、ホントに?」

「ここだよ……ほらね?」


 身を乗り出して来た咲良は僕の頬に手を伸ばして、取ったパンくずを見せてくれた。


 ティッシュを渡そうとするも、咲良はとったパンくずをそのまま食べてしまった。


「えへへ、食べちゃった」


 ペロっと舌をだしてそんな事を言う咲良を一言で表すなら、まさにダメ男製造機と言ったところだろう。


 その後は咲良に櫛で髪をとかしてもらい、曲がっていたネクタイを直してもらった。


 準備が完了した時にはいつもの時間になっていて、咲良と一緒に家を出て学校に向かう。


 僕たちの高校はそこまでレベルが高い訳じゃない。


 単に近く、自分の学力的には丁度良かった僕がそこを選んだだけ、咲良の学力ならもっと上も狙えるはずだったのに、彼女は僕について来た。


 普通ならあまりよくない事だと思うのだが、咲良のご両親も、咲良の決断を尊重していた。というか、僕と同じ高校に行くように強く進めていたくらいだ。


 ご両親ともいい関係を築けているけれど、ああも気に入ってもらえているなんて彼氏冥利に尽きる。


「じゃあ、私御手洗に行くから」

「うん、じゃあね」


 学校に着いた僕たちは昇降口で別れる。これもいつもの事だ。咲良は僕のクラスにはいないから、僕は一人で教室に向かった。




「良、おはよー!」


 教室で荷物の整理をしていると、明るく元気な声で呼びかけられた。見れば僕の恋人が眩しい程の笑顔でこちらを覗き込んでいる。


 溢れでる元気さを象徴するような笑顔。長めの茶色の髪はポニーテールにしていて、活発な彼女のイメージに似合っている。バイタリティに満ちた女の子。


 それが僕の二人目の彼女、かおるだ。


「おはよう薫」

「うん、おはよう! ちょっと遅れちゃってごめんね」

「全然気にしてないよ」

「あはは、私相手に強がらなくてもいいって、一人で寂しかったでしょ?」

「……ま、まぁね」

「ほら~、ホント良ってば私がいないとダメなんだから」


 薫がまるで子供をあやすように抱きしめてくる。


 教室でこんな事をしていれば、注目を集める事になってしまうのは必然だ。


 周りから視線を感じるけれど、薫はまったく気にしていないらしい。


 あまり友達がいない僕だけど、薫のおかげで学校では寂しい思いをしたことがない。


 元気で明るい薫と一緒にいると、寂しさなんて感じる暇もないくらいに騒がしい時間が過ぎていくのだ。 


 コミュ力が高いとはお世辞にも言えない僕は、前はいちいち友達を作るのに苦労していた事もあったけれど、薫のおかげで今はそんな想いをしなくてすんでいる。


 まるで特権階級にいるような気分だ。


「いつもありがとうね、薫」

「ありがとうなんていいんだよ、私たち付き合ってるんだから当然だって」


 恥ずかしがる事もなく教室中に聞こえるような声量で答える薫は、まるでわざと周りに知らしめているようだ。


「ねぇ良、さっきの授業難しくなかった?」

「良、お昼食べに行きましょ!」

「午後は眠くなるわね、飲み物でも買いに行かない?」


 教室にはいない咲良の代わりに、学校生活の中では僕の傍にいてくれる薫と放課後まで過ごし、薫と一緒に帰るのまでが僕の日常だ。


「じゃあ私買い物があるから、また明日学校でね!」

「うん、また明日ね」


 そして、薫とはいつものように途中で別れて一人で家に帰る。これもいつものこと。



「ただいまぁ」


 いつもただいまを言って家に入るけれど、家に誰もいない事は分かっている。


 父さんは仕事で滅多に帰ってこないから、僕は実質独り暮らしをしているようなものだ。


 本来なら洗濯や掃除、料理など、家事全般をやらなければならない環境。


 何もできない僕は、普通なら生活ができないようなこの状況で、こうして立派に生活している。


 それはひとえに頼りになる彼女のおかげだ。


 インターフォンが鳴る。すぐに扉を開けると、そこには僕の三人目の彼女がいた。


「良ちゃん、おまたせ~」


 長いブラウンの髪を無造作にながし、どことなく色香を漂わせたその人は、食材が詰まった買い物袋を掲げて微笑んだ。


紫音しおんさん、いつもありがとうございます」

「いつも言ってるでしょ、私が好きでやってるんだから気にしないで」


 年上のお姉さんのような包容力のある空気を漂わせている紫音さん。


 男なら思わず甘えたくなる事間違いなしな存在だ。


「じゃあキッチン借りるわね。良ちゃんは帰って来たばかりで疲れてると思うから、ゆっくり休んでて」


 実際に面倒見がいい紫音さんは、いつも僕が何かやろうとする事を許してくれない。


 掃除に洗濯、料理と全ての事を紫音さんがやってくれる。


 綺麗な女性にお世話をしてもらえるなんて、世の中の男の夢が詰め込まれたまるで漫画のような日々を僕は実際に送っているのだ。


「良ちゃん、ご飯できたから一緒に食べよ?」

「はい、ありがとうございます!」

「ふふ、今日も私が食べさせてあげるから、良ちゃんは口を開けるだけでいいからね」

「あの、やっぱり自分で食べるのはダメですか?」

「だ~め。良ちゃんは私がお世話しないと何も出来ないんだから、ね」

「……そう、ですね」


 椅子に座ると子供用の前掛けを付けられる。


「はい良ちゃん、あ~ん」


 紫音さんが作った料理を丁寧に一口ごとの大きさにして口まで運んできてくれる。僕はただ口を開けてそれを待っているだけだ。


 なんと慈愛に満ちた彼女なのだろうか、こんなに献身的に尽くしてくれる人なんて滅多にいないだろう。


 そんな女性と付き合う事が出来て、僕は自分の幸福度が高すぎて怖くなる事がある。


 食事が終わった後も僕は何もしないでゴロゴロしているだけ、後片付けまで全て紫音さんがやってくれる。


 そして、お風呂まで彼女は付いてきて僕の身体を洗ってくれるのだ。


 綺麗な彼女から身体を洗ってもらうなんて、この世の中の男でどれだけの人が経験した事があるだろうか。自慢じゃないけど僕はそれが毎日だ。


「それじゃあ、また明日ね良ちゃん」

「うん、また明日ね紫音さん」


 僕の全ての世話をして、やっと紫音さんは自分の家に帰って行く。


 もうかなり遅い時間だけど、彼女の家はすぐ近くだから問題はない。


 一人になった部屋の中で、僕はやっと心から落ち着けていた。


 ベットに横になって、改めて自分の一日を振り返ってみる。


 朝は美少女の彼女が起こしに来てくれて、朝食まで用意してくれる。


 学校生活では、明るくて元気な別の彼女が一緒にいてくれて明るく過ごせる。


 疲れて家に帰ってきた後は、本当なら一人ですべての家事をしなくちゃいけないのに、なんでも面倒を見て優しく包み込んでくれるような彼女がお世話をして癒してくれる。


 どこの世界にこんな贅沢な生活をしている男子高校生がいるというのか。


 三人の彼女に代わる代わるお世話をしてもらう何不自由ない完璧な生活だ。


 そう、完璧すぎる生活だ。


 自分で起きなくても、いつも同じ時間に起こしに来てくれる彼女。


 学校にいる間は一瞬も離れずに傍にいてくれる彼女。


 夜だけ家に来て、身の回りのお世話をしてくれる彼女。


 僕の人生に必要な事は全て整っている。彼女が全部与えてくれる。


 最高に楽な毎日。それは平穏で、まるで繰り返されているかのような波のない日常。


 こんな素敵な毎日から逃げ出したいだなんて、まさかそんな事を考える人はいないと思う……。




 気が付くと枕元でアラームがなっていた。


 日が変わるまであと一時間。いつもの時間になり、僕は部屋の電気を消す。


 毎日僕が寝ると決められている時間だからだ。


 僕の健康のため、充分な睡眠時間を確保するために彼女が決めてくれた。


 とても優しい彼女だ。その優しさに思わず涙が出そうになる。


 また明日になったら朝の七時にインターフォンが鳴って僕は起きるのだ。


 それが僕が起きると決められた時間。もちろん健康を考えて、充分な睡眠時間を確保するためにだ。


 たとえその前に目が覚めていても、絶対にベットからは起きちゃいけない。


 もちろん僕の健康のため。そう彼女が言っていた。


「う~ん、今日はちょっと暑いな……」


 そのままベットに倒れ込もうとして、身体が少し汗ばんでいる事に気が付いた。


 紫音さんが着せてくれたパジャマを脱いで下着になり、適当に机に放り投げておく。


 この格好なら丁度良さそうで、僕は今度こそ勢いよくベットに倒れ込んだ。


 寝てしまわないか少し不安があるけれど、興奮している事を考えると寝落ちする心配はなさそうだ。


 後は丁度いい時間までこのまま身体を休めるだけ。


 少しして手持無沙汰になってきた僕は、自然と昔の事を思い出していた。



 初めて彼女に出会ったのは、まだ僕が小学校の低学年だった頃。


 マンションの隣の部屋に引っ越して来た家族が挨拶に来た時だった。


 その時は丁度僕の両親が別れてお母さんがいなくなった頃で、仕事に行かなければならない父さんは当然家にいないから、僕は大抵一人だった。


 そんな状況に心を痛めたのか、彼女の両親はとても親身にしてくれて、その後はよく家に招いてくれてご飯を一緒に食べさせてもらったりするようになった。


 父さんは新しく出来た優しい隣人たちを大変気に入って、僕の世話を任せてもっと仕事にのめり込むようになったから、僕が隣の家に招待される事もどんどん増えて行った。


 片親と馬鹿にされて小学校でも居場所があまりなかった僕は、友達と遊んだりもせずにすぐ家に帰って、一人でテレビを見ているくらいしかやる事がなかったけれど、隣人が引っ越してきてからはそんな生活も一変した。


 彼女がいたからだ。


 優しいご両親の一人娘。


 引っ越してくる前の所では僕と同じで、上手く友達が出来なかったそうだ。


 だからぜひ娘と仲良くして欲しいと、初めて家に招待された時、鬼気迫る様相で言われた事は今でもよく覚えている。


 どんな子なのかと少し怖かったけれど、実際に会ってみれば何てことはない。大人しい普通の女の子だった。


 いや、むしろクラスのどんな女の子よりも可愛らしかった。


 こんな子になんで友達が出来なかったのかとその時は不思議に思った。


 うちの学校にいたら、すぐに人気者になるに違いない。


 僕が頷いていたのを見ていたのか、その女の子はとても嬉しそうに笑ってくれた。


 小さな花のように可愛らしい笑顔を見せてくれたその少女のは『咲良です』と丁寧に挨拶してくれた。


 今まで一緒に遊ぶような男友達すらいなかった僕に、いきなり可愛い女の子の友達が出来て、あの頃は今思うと恥ずかしいくらいにはしゃいでいた気がする。


 とにかく咲良の家族が引っ越してきてから、僕は日に日に咲良の家にお呼ばれするようになって、しまいにはほぼ毎日お邪魔していた。


 咲良の両親もそんな厚かましい子供に嫌な顔一つせず、むしろ遠慮して行かない日はわざわざ呼びに来てくれる事もあるくらいだった。


 家に一人ぼっちでいた毎日とは違い、優しく迎え入れてくれる人がいて、一緒に遊んでくれる子がいる。食事の時間も会話に溢れて賑やかで、本当に楽しかった。


 そうして、僕と咲良がすっかりと仲良くなった頃、やっと咲良も僕の学校に通い始めることになった。


 前日に僕は咲良の両親から、学校でも一緒にいてあげてね、と頭を下げられた。


 その時はむしろ絶対に離れないようにしようと思っていた。子供ながらに、クラスの他の男子に咲良をとられたくなかったのだ。


 力強く頷いて朝迎えに行くと言うと、咲良の両親も安心したような顔を見せてくれた。


 そしてやってきた登校初日。咲良はとても緊張していた。


 元々恥ずかしがり屋で引っ込み思案らしく、僕はそのせいで前の学校では友達が出来なかったのかと納得した。


 少しでも緊張を和らげてあげたくて、思い切って咲良と手を繋いだ。


 最初は驚いた顔をしていたけれど、すぐに笑ってくれて僕は嬉しくなった。


 僕は咲良をしっかり守らなければと気合を入れていた気がする。


 けれど、実際にはそんな必要はなかったのだ。


 学校に着いてトイレに行った咲良は様子が変わっていた。


 今までの大人しい彼女が嘘みたいに、異様に明るくて元気に満ち溢れていた。


 最初は本心ではよっぽど学校が楽しみだったのかと思った。けれどそうではなかった。


「学校では薫って呼んでね、良!」


 口調も僕の呼び方も違う。困惑していると、彼女は僕の手を取って笑った。


 あれが『薫』との初めての出会い。薫の方は僕の事を知っていたみたいだったけれど……。


 とにかくあの時はただ、そうなるのだと納得するしかなかった。


 薫は社交的ですぐにクラスにも溶け込んだけれど、それでも僕を第一にしてくれて僕だけに付いてきてくれた。


 人気者の薫が僕を慕ってくれている事はすぐにクラスメイト達にも伝わり、僕の立ち位置もそれ以来変わっていく。


 嫉妬した一部男子から酷い事をされるようになったけれど、薫がすぐに解決してくれた。


 それからはもう、薫のおかげで僕もクラスの中心的な存在になれた。


 僕はただ嬉しくて、薫には感謝しかなかった。


 家に帰ると大人しくなって、学校では明るく元気になる。名前の呼び方も変わって、何でだろうとは思っていたけれど、僕にとってはいい影響しかなくて、深く考える事もしなかった。


 『紫音』と出会ったのは、小学校の高学年になった頃だった。


 恥ずかしいけれど、僕は元々成績が良くなかった。


 高学年になって習う事も難しくなってくるにつれて、勉強についていけなくなりそうで、あの時は本当に困っていた。


 咲良だったか、薫だったかもしれないし、もしかしたら向こうのご両親にかもしれない。困っているという事を言ったのは確かだ。


 その日の夜から、彼女は妙に大人っぽい喋り方をするようになった。


「良ちゃん、何か困った事があったら、遠慮なく私に言うのよ」


 夜だけ限定でまるで年上のように振舞う彼女は『紫音』と名前を教えてくれた。


 単に子供が大人ぶっているのとはわけが違う。


 紫音には包容力というか、本当に自分より年上なんだと思わせるような空気があって、僕はとてもドキドキしたのを覚えている。


 学校の先生みたいに、僕の分からない問題は何でも教えてくれて、そのおかげで僕は授業についていけないという事はなくなった。


 むしろ平均よりも下の方だと思っていた成績がグッと伸びて、どの教科でも安定していい点数を取れるまでに成長できたのだ。


 紫音の活躍はそれだけでは終わらない。


 彼女は家に来て勉強を教えてくれるだけじゃなく、たまに父さんが帰ってくるまで溜まっていた洗濯や、掃除など、家事全般も難なくこなしてくれて、僕の実の周り全般のお世話をしてくれた。


 そのおかげで父さんは余計に帰って来なくなったけれど、その頃はもう、僕は自分のことを隣の家の子供だと思い込んでいて、実の父親の顔を見れなくても寂しいと思う事は一切なくなっていた。


 咲良に出会えて、僕の寂しい生活は一変し、温かい家庭を手に入れた。


 薫に出会えて、学校に友達がいなかった僕は、クラスの中心的な存在になり居場所を手に入れた。


 紫音に出会えて、自分一人ではどうにも出来なそうだった事が解決し、日々の生活も楽に送れるようになった。


 親もいない。友達もいない。楽しい事もないし、頼れる人もいない。


 そんな何もなかった僕に必要なものを、彼女は全て与えてくれた。


 毎日が楽しくて、快適で、何の問題もなく順調。それは今でも変わらないはずなのに、あの頃が一番楽しかった気がする。



 けれど、僕はこんな生活から逃げ出したいと思うようになった。


 あれは中学生になったばかりの頃だ。自分でも信じられなかったけれど、僕はクラスメイトのある女の子に告白されたのだ。


 隣の席になった小柄で可愛らしい女の子。


 何度か授業中に当てられて困っていたその子を助けてあげたのがきっかけだったと思う。


 初めの頃は薫がいると遠慮して近づいて来なかったのに、徐々に積極的に話しかけてくれるようになり、薫と僕の間に入って来る程になった。


 結果的には自意識過剰にはならなかったわけだけど、僕もその子からの好意を感じていて気分が良くなっていたところ、ある日呼び出されて告白される事に。


 そんな経験はもちろん初めてで、健全な男の子としては正直浮かれていた。


 それがダメだったのだ……。


 その日、僕は四人目の彼女に初めて会う事になった。




 告白された後、一人で家に帰って来た僕は、比喩でもなんでもなく心臓が止まりそうになった。


 部屋に入った時は気が付かなかった。


 部屋の右隅の角に彼女がいた。


 こちらに背中を向けていて立っている彼女の顔は見えない。


 薫には先に帰ってもらったけれど、家にはもちろん鍵をかけていたから僕より先にいるのは意味が分からなかった。


 不気味な何かを感じた僕はしばらく動けなかった。


 ただいつまでもこのままではいられないと思い、ゆっくりと近づいて肩を叩いてみた。


「ねぇ、キミは、誰?」


 自分でも何でそんな事を聞いたのかは分からない。


 ただ本能的に、咲良でも薫でも、紫音でもないと感じ取ったからかもしれない。


「……ひびき


 そう四人目の彼女は答えた。


「そうなんだ。響は壁にくっついて何をしてるの?」

「呼び出されて何て言われた?」


 質問に返って来たのは、まったく関係のない質問だった。


「え? いや、僕が先に」

「呼び出されて何て言われた?」

「ちょ、ちょっと響?」

「呼び出されて何て言われた?」


 取り付く島もない。無機質で機械のような声で同じ質問を繰り返している響。


 その間も壁を向いたままで表情は一切見えない。僕は段々と恐怖を感じていた。


「その、告白されたんだ。好きだって」


 いい加減止めて欲しくて、僕は答えた。


「何て返事したの?」


 今度はその質問だけを繰り返す響。


 何度も、何度も、抑揚のない声が部屋に響く。


 僕の傍にはすでに、美少女といっても過言ではない可愛い彼女がいた。


 ただ、家族ぐるみの付き合いでとても近い距離にいたからか、僕は彼女のことを家族としか見ていなかった。


 その点、今回学校の同級生に告白されたのは本当に新鮮で、かなり嬉しかった。


 この年頃の男子皆がそうかは分からないけれど、恋愛経験のない僕は自分に訪れたチャンスに舞い上がって、その場ですぐに返事をしていたのだ。


「……付き合う事にしたんだッ」


 そう答えた瞬間だった。


 響は体制をほとんど変えないまま、顔だけ動かして僕を見た。


 正直、首がおかしな事になっているように見えて気持ち悪かったし、何よりもこちらに向けられている穴のような何の感情もない二つの瞳が恐ろしかった。


 思わず後ずさるが、素早く伸びて来た腕に凄い力で掴まれる。


 女の子の力だとは思えない恐ろしい程の力で、まったく振り払うことが出来ない。


 痛みで顔をしかめて、一瞬だけ閉じた目を開けた瞬間、目の前には暗い瞳があった。


「私たちのものだ」

「え? な、なにが?」

「私たちのものだ……お前は、私たちのものだ!」


 全身の毛が逆立ち、怖くて怖くて仕方なかったのを今でも覚えている。


 まだ中学生だった僕は、恐怖で頭がおかしくなりそうで、みっともなく泣いた。


「ゆ、許して、お願いします! 何でもしますから、許して下さい!」


 泣きじゃくって、必死に許しを請う。


 傍から見たらさぞ情けない姿だったと思うけれど、結果的にはそれが正解だった。


「一生私たちのものになるか?」

「なる! なります! あの子には明日ゴメンなさいします!」

「大丈夫だよ良君。何もしなくても、私たちが必要な事を全てやってあげるからね」

「あ、そんな、でも、あの子に悪いし」

「いいんだよ。あんなの良が気にする必要なんてないって、全部私たちに任せて!」

「い、いいのかな? 僕がやるべきなんじゃないかな?」

「うふふ、良ちゃんは何もやらなくていいのよ。必要な事は全部私たちがやってあげるから、だから――」




「――お前は、一生私たちのものだ」



 そして、僕には四人の彼女が出来た。


 次の日、告白してきた女の子は僕を必死に避けて話しかけて来る事はなかった。


 それからはクラスでの僕の立ち位置も微妙に変わった。


 クラスの中から浮いたような、誰とも深く関わる事のない場所。薫がそういうふうに調整した。それは高校生になった今でも続いている。


 四人の彼女が出来てから、僕は毎日彼女たちに管理された幸せな日々を過ごして来た。


 学校では薫に、家では咲良と紫音に、それぞれ管理されていて、必要なものは全て彼女たちが与えてくれる。


 僕は何もしなくてもいい。いや、なにもしちゃいけない。


 何の変化もない穏やかで、平穏な毎日。彼女たちに管理してもらって生きるだけの人生。


 僕は本当に幸せ者だ。




 嘘だ。もう限界だ。


 静かに目を開けて静かに時計を見る。暗闇にはもう目が慣れていて、問題なく見る事が出来た。


 深夜の三時。時間を確認して、僕はゆっくりとベットから這い出す。


 ここから逃げる事をずっと考えていた。


 行く当てもないし、計画なんて呼べるほど大層なものもない。ただそれでも、彼女たちから離れたくて仕方ない。


 日中は空き時間が少なく危険で、実行するのは夜しかなかった。


 ただ僕の部屋にはカメラが仕掛けてある。


 咲良なのか薫なのか、紫音か響かは分からないけれど、机に仕掛けてあるのを偶然見つけた。


 さっき無造作にパジャマを投げ捨てたのはカメラの視界を隠すためだ。


 逆に警戒されるかもしれないけれど、この時間まで大人しく寝ていれば流石に彼女たちも安心してくれるだろう。


 僕は静かに着替えたあと、前からお金や荷物を詰めて用意していた鞄を手に取って、音を立てないように部屋を出た。


 これからどうなるかは分からない。


 誰にも信じてもらえなくて、もしかしたら何の解決にもならずに家に帰ってくる事になるかもしれない。


 それでも僕はこの、人生の全てを支配された日々から逃げ出したいのだ。


 確かに彼女たちは人生に必要なもの全てを僕に与えてくれるのかもしれない。けれどもうこんな毎日はうんざりだった。


 僕の人生に必要なものは、僕自信が決める!


 そう決意して頷き、僕は玄関を開けて外に飛び出した。







「――言ったでしょ。お前(良君、良、良ちゃん)は、一生私たちの物だって」

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