其之三 鬼門のち破門

 洛陽らくよう城は全部で十二の城門を備えている。上東門はその一つで、城郭の北東に位置する。陰陽道では北東は陰気が集まり、百鬼ひゃっきやもののけが出入りするとされる方角である。いわゆる〝鬼門きもん〟だ。

 そこから真っ直ぐに中央に伸びる道が上東路である。この上東路にまたがって南北に貴族や高級官僚の邸宅が集中する歩広里ほこうり永和里えいわりがある。そのため、この辺りでは百鬼夜盗の事件が起きることが多発した。

 当然ながら士人の一部はあえてこの高級住宅区を避けたり、城外へ居を移す者が相次いだ。まさにこの一帯は鬼門なのである。その上東路を鬼門の方へ向かって鬼は逃げた。足を負傷したからか先程のような屋根を飛び越える跳躍力を見せることなく、それでもまだ信じ難い速さで官兵の追跡を振り切ろうとした。

 手負いの鬼なら易々と捕えられるかと思ったが、やはり、只者ではないらしい。

「囲い込むぞ!」

 隊長の男は上東路から南へ伸びる道へ進路を変更した。

 洛陽の十二の城門警備を担当するのが城門校尉こういである。全ての城門は夜間閉ざされる。また、城門には常時警備兵が配置されており、城外へ逃れることはできない。

 自分が率いている追跡部隊と城門の警備部隊がうまく挟み込めればいいが、奴も洛陽の警備の実態や官兵の配置などは把握しているはずだ。自部隊が警邏けいらする北へ反転するリスクを冒すことは考えられない。

 逃れるとしたら、南だ。男の頭脳は明晰めいせきだった。あらかじ蔡邕さいよう邸を重点的に警備していたことでもそれは知れる。

 洛陽北部尉・曹操そうそう孟徳もうとく。それがこの男の身分と名前である。

 そして、洛陽東部尉・王吉おうきつ。月明かりの中、曹操の追跡を邪魔するように現れた陰気をたたえた男。曹操が数名の兵を連れて通りを南下して間もなく、王吉の一団と遭遇した。曹操は面倒なやからの登場に思わず舌打ちした。百鬼を追跡中なのに、いたずらに時間を取られたくない。

「これはこれは曹部尉。こんなところに一体何事かな?」

 それを知ってか知らずか、王吉の一団は通りをふさぐようにして曹操隊の足を止める。

「急いでいる。話している時間はない」

「何を言う。お互い都を守る同僚ではないか。何かあったのなら、情報は共有してしかるべきだ」

 王吉はもっともらしいことを言って、道を譲るような気配もみせない。

 口では同僚と言ったが、その心には曹操に対するライバル心がある。曹操は全く相手にしていないが、王吉の方が勝手に功を競っているのだ。

 王吉は法に通じているとはいえ、性質が狭量きょうりょうで残忍だった。北部尉・曹操の評判を聞き及ぶと、それに対抗するかのように必要以上に過酷な処罰を科して洛陽の民から恐れられていた。それに加え、密かに曹操の動きを監視するようなことをやっている。当然だが、曹操はそんな王吉をこころよく思っていない。とはいえ、同僚には違いない。曹操は理由を簡潔に説明してやった。

「百鬼を追跡中だ。こちらに向かったはずだ」

「ほほう、百鬼とな? それはご苦労。しかし、ここはもう東部尉である私の管轄。追跡は私が引き継ごう」

 早速狭量を露呈して、王吉が管轄の問題を口にする。

 洛陽は天下の都だけに東西南北それぞれに部尉を置いて、治安維持に抜かりない。〝尉〟は警察長官のことであるから、洛陽北部尉は洛陽城北部エリアの治安を守るのが役目だ。その管区は上東路から北。つまり、上東路を南へ越えた時点で北部尉の管轄外となるのである。

 曹操は非常時に際しても、つまらない管轄問題を気にする王吉に嫌気がした。

「百鬼は簡単には捕まえられん。我等が助勢しよう」

 そんな協力の申し出も、この小人は受け付けない。

「いやいや、それには及ばない。私の部隊も精鋭ぞろいであるから、盗賊の一人くらい容易に捕まえられる」

「ほう、どうして一人だと分かった?」

「あ、いや……今ここで時間を浪費している場合ではない。曹部尉も直ちに管区へ戻られよ。私もただちに賊の追跡に向かう」

「自分の屋敷を調べるのか?」

「な、何を言っている? 冗談を言っている時ではないぞ」

 王吉は自分の舌で同僚と言った曹操の協力を拒み、少々慌てた様子でそう言い残すと、部隊を引き連れて闇に消えた。曹操はそれを鼻を鳴らして見送った。

「ふん。とんだ邪魔が入った」

 曹操には王吉があの鬼を捕まえられるとは到底思えなかった。捕まえるつもりもないだろう。

『まぁ、いい……』

 本命はあれではないのだから。元々あれを深追いするつもりもない。曹操は厳しい表情を崩さず、

「引き返すぞ」

 そう命令を下すと、これをきっかけに蔡邕邸に部隊を戻すことにした。


 動と静。かなりの騒動があったにもかかわらず、蔡邕邸からは依然として琴のが流れてきている。その旋律に動揺はない。優雅で甘美な響きが何事もなかったかのように邸内を漂っている。まるでそこに俗世と切り離された別世界でもあるかのような印象だ。しかし、それは蔡邕邸に被害がなかったことの証でもある。そして、それを守ったのは曹操の知恵と勇気だ。

 曹操は一端立ち止まって目を閉じると、この邸宅の主が奏でるそれに耳をまし、高ぶっていた気持ちをなだめた。しばらく聞いていると、王吉によって害された気分もすっかり浄化されていった。

 蔡邕邸の門前では曹操の兵たちが捕らえた男を縛り上げているところだった。

「何だ、元譲げんじょう。もう片付いたのか?」

「はい。敵は少数でしたので、大して手こずることもなく」

 部下の報告は部隊の半数以上を蔡邕邸の警護に残していた曹操の判断を称えるものだった。実は曹操が一部の兵を引き連れて百鬼の男を追跡に出た後、数名の賊徒が蔡邕邸を襲撃した。警備が手薄になった隙を突こうとしたのだろう。が、曹操はそれを読んでいた。

 曹操は過去の百鬼の事件を検証分析して、奴らの手段の一つとして囮を使う手口があるのを知った。特に私兵や傭兵を雇って警備を厳重に固めている屋敷を狙う際にその傾向が顕著であることを突き止めたのだ。だから、あえておとりに釣られたふりをしてやった。奴らはまんまとそれに引っ掛かった。腕の立つ精鋭を蔡邕邸の警護に残しておいた判断もよかった。中でも、元譲という名の兵士はまだ若いながらもその活躍は目覚ましく、蔡邕邸門前に陣取って、強襲してきた賊徒たちが邸内へ侵入するのを許さなかった。これに劉備りゅうびや酔いどれ公孫瓉こうそんさんまでが防戦に加わり、ついに百鬼を退散に追い込み、未だかつて一人も捕らえられなかった夜盗団を一挙に複数名捕縛することに成功したのだ。

「言いつけ通り、三名ですが、生け捕りにしてあります。しかし、妙な術を使う手強てごわいのがおりまして、そいつには逃げられてしまいました」

 曹操に元譲と呼ばれた一兵卒の男が報告した。その横で兵士たちが少しでも油断すれば闇に紛れて消えてしまいそうな、全身黒装束の男三人を押さえつけている。

「いや、上出来だ、元譲。お前を雇った甲斐があったというものだ」

 曹操は期待どおりの働きをしてくれた部下をねぎらった。部下ではあるが、実は曹操の縁者であり、その右腕にも等しい。今は姓をいつわり、〝沈惇ちんとん〟と名乗っているが、本名を夏侯惇かこうとんあざなを元譲という。曹操より一つ年下で、一族の中でも特に武芸に秀でていた。夏侯惇は十四の頃、自分の師を党人と侮辱した相手を勢い余って殺してしまい、以来、お尋ね者となって故郷を離れることを余儀なくされたのだった。沈惇を名乗るのにはそんな事情があった。

 曹操が北部尉になって百鬼の存在を知ってから、部下に腕の立つ者を欲していた時、真っ先に思い浮かんだのが夏侯惇だった。実直な性格も知っていたし、不遇な境遇のまま過ごさせておくにはもったいないと以前から思っていたのだ。

 表向きには札付きだったが、曹操はそんなことは気にも留めない。百鬼対策のための兵士増員が認められた時にすかさず夏侯惇を雇い入れたのだ。

「こいつらはあとで尋問する。連れて行け」

 曹操はようやく生け捕ることに成功した三人の鬼をにらんで、夏侯惇に指示した。

 曹操が百鬼壊滅に力を注いでいるのは、単に職責を果たす気持ちからというだけではない。聞くところによれば、曹操が北部尉に就任する少し前、懇意にしている袁家の屋敷も百鬼の被害にあったという。一年前のことだ。

 袁家の頭領に袁逢しゅうほうあざな周陽しゅうようという者がいた。寛大誠実と評される人物で、支丹したんこと袁紹えんしょうの実父である。袁紹から曹操のことを聞いていた袁逢は曹家の屋敷を訪れて、北部尉に就任した曹操にその経緯を語った。

「――――我が家も屈強な私兵を持っているので、人的被害はそれほどでもなかったが……」

 袁逢は少し言葉を濁しながら、本題を打ち明けた。

「――――ある国宝が盗まれてしまった。すでに夏甫かほから聞いたそうであるから話すことだが、黒水珠こくすいじゅという宝珠だ」

 一年前、陳逸ちんいつ救出作戦を練っていた陳寔ちんしょく邸にやってきた寒蝉かんせん袁閎えんこうが示した仙珠の一つ。

「――――確かに以前袁閎殿から話は聞きましたが、あれは袁家が袁閎殿に託して隠したのでしょう? それがどうして洛陽の袁家にあったのですか?」

 濁流派の目から仙珠を隠すために、袁氏は一族の隠者である袁閎にその役目を託したのだ。

「――――昨年、夏甫がふらりと上洛してきて、ただ隠すのは止めるべきだと言ってきたのだ。濁流派を打倒するために清流派が力を合わせれば、黒水珠が天運を授けてくれるだろうと、どういうわけか珍しく熱く語って、黒水珠を置いていった」

 袁閎は陳寔邸で曹操に黒水珠の受領を拒否された後、その足で洛陽におもむいたのだ。

「――――私は君の影響だと思っている」

 袁逢が曹操の目を見据えて言った。

「――――私に責任があると?」

「――――いやいや、そうではない。あるのは人を引き付け、感化する能力だろう。本初も夏甫もそれに影響を受けているのだと思う」

 許劭きょしょう橋玄きょうげんの曹操評は袁逢の耳にも入っている。

「――――とにかく、君は有能だと聞いている。仙珠についても知っている身なのだから、取り返すのに力を貸してほしい」

 名門・袁氏の頭領ながら、袁逢は丁寧に一介の若者に協力を要請してきた。

「――――務めは果たします」

 その時はそう言うに留めておいた。北部尉としてできることはする。そういう意味である。だが、曹操の心中にまた燃え立つものがあった。

 今回、その手始めとして蔡邕邸を防衛し、二匹の鬼を捕えた。だが、これはまだ百鬼打倒の第一歩に過ぎない。この攻防で百鬼の手強さを改めて感じた。

『やはり、ただの盗賊団ではないな。裕福でもない清流人の命を狙ったとなると、濁流派と何か繋がりがあるはずだ……』

 曹操は百鬼をただの強盗団とは見ていない。知り得た情報を精査すると、背後に濁流派の影を感じる。しかし、それ故に百鬼壊滅の決意が一層強くなる。

 濁流派の大物宦官・張譲ちょうじょうに捕えられた清流人・陳逸を救出した時も困難な状況に立ち向かい、強大な敵を打破してそれを成し遂げた。苦境であればあるほど、心が熱く燃え上がるのを感じる。そんな自分の性分しょうぶんを曹操は気に入っていた。

 これからも自分の才能を存分に発揮証明して、どんな厳しい状況も切り抜け、何事にも打ちつことができる己でありたい――――。

 その確固たる意志こそ曹操孟徳を形作る根源だといえるだろう。

「さてと……」

 百鬼はもう現れないだろう。一息ついた曹操は兵に周辺警戒任務の続行を指示する一方、自身は疑惑の二人の処分を決するため、劉備と公孫瓉を振り返った。

 この二人がこの混乱に乗じて逃亡もせず、逆に百鬼の賊徒と戦ったとの報告を受けた曹操であったが、白黒はっきりさせる必要は残っている。かつて曹操自身が張譲の屋敷に入り込む手段として関係者を装い、まんまと侵入に成功した。百鬼がそれと同じ手をろうしている可能性も考えられる。曹操孟徳に油断はない。

 ふと、蔡邕邸の琴の音が止まった。それから間もなくして、

「曹部尉の演武はもう終わったかな?」

 屋敷の奥から琴を奏でていた主の声が聞こえた。騒動が収まって様子を見に出て来たのだろう。背が低い初老の人物。プライベートな時間帯であっても、かんむりを被り、朝衣ちょういを召し、帯を締め、きちんと身なりを整えている。

 前堂の向こうにその姿を認めた曹操が待ちぼうけの劉備と公孫瓚に告げる。

「待たせて済まなかった。では、参ろう」

 そして、何事もなかったかのように蔡邕邸へ二人をいざなおうとした。

 これだけの騒動にもかかわらず、落ち着き払った態度。それを見ると、劉備はこの部隊長のためにあの優雅な琴の旋律が奏でられていたような気がした。

 それも束の間、

『ああ、でも……』

 これからすぐに訪れるだろう修羅場が頭をよぎると、急に背筋が寒くなった。


 曹操を迎えたのはこの屋敷の主で、数多あまたの秀才たちが群がる洛陽でも第一の知識人と誰もが認める万能の賢者。蔡邕、あざな伯喈はくかい

 蔡邕はえん陳留ちんりゅうぎょ県の人で、経学のみならず、数学や天文学、書や音楽にも秀でた才能を見せる博学多才の賢人として、ちまたでは〝蔡智侯〟という敬称で呼ばれていた。この呼び方は一昔前の蔡倫さいりんという人物に由来する。

 蔡倫はあざな敬仲けいちゅうといい、南方の桂陽けいよう郡出身の宦官である。宦官と言っても、蔡倫は努力家かつ忠実な人物だったようで、その功績は〝蔡侯紙さいこうし〟という形で今に残っている。

 蔡倫は当時の製紙法を研究改良し、樹皮や麻繊維などを材料に世界で初めて実用的な紙を作り、時の皇帝・和帝に献上した。以来、蔡侯紙は文書の記録などに重宝ちょうほうされるようになり、蔡倫自身は〝蔡紙侯〟という尊称で呼ばれたという。

 つまり、蔡邕の〝蔡智侯〟の敬称は出自は違うが、同じ蔡氏ということで、蔡倫の存命時代、あるいは、その名跡を知る者が発音を似せて付けたのだろう。

 曹操がこの蔡邕邸を最重点警備対象として警備を申し出たのも、全てはこの学術界の至宝である蔡智侯を守るためであった。それには橋玄の紹介状が非常に効果的だった。

 言うまでもなく、この時代はひどく物騒であり、高級官僚や豪族は強盗に備えて、それぞれ私兵を雇って屋敷を守らせるのが普通であった。しかし、金で雇う傭兵は赤心から信頼できないのも事実で、今日の護衛が明日の刺客になりうる。実際に自分の私兵が買収されて、財産を奪われた挙句に命を落とした豪族のニュースは珍しいものではなかった。それに加え、蔡家は質素な生活を送っていたために財産と呼べるものはなく、私兵を雇う余裕すらなかった。

 しかし、持ち前の分析力で百鬼が蔡邕邸を襲撃する可能性が高いとふんだ曹操は清流派ネットワークを活用して橋玄に紹介状を書いてもらい、それを蔡邕に渡して状況を説明したのだった。紹介状には曹操の有能ぶりが能弁につづられており、元上司の橋玄からの薦めでもあったので、蔡邕は直ちに曹操の申し出を受けると、万事を任せたのである。

 そして、途端にこの騒ぎであったから、もし曹操の判断が少しでも遅れていたなら、物事がスムーズに運んでいなかったら、蔡邕も無事では済まなかったかもしれないのだ。

 目には見えないが、百鬼と曹操との間にギリギリの攻防があったということである。その緒戦は蔡邕邸襲撃を見抜き、先手を打ち、防衛に成功した曹操の完勝だった。

「お怪我けがはありませんでしたか?」

 曹操は剣を収め、まずは蔡邕の無事を確認した。

「問うまでもなかろう。それより、部尉の兵たちこそ大丈夫かな?」

「ご心配なく。大した被害はありません」

 蔡邕からすれば、自分たちを警護してくれている者たちへの配慮なのだが、曹操からすれば、そのようなものは無用なのである。

 曹操は自分にも他人にも厳しい。自分も兵も、これが務めなのであって、運悪く死んだとしても、それが命運だとあきらめるほかない。ただし、この命運とは決してあらがえないものではなく、ある程度自分で左右できるものだ。そのためには世の中を潜り抜け、生き長らえるための知恵がいる。処世術というやつだ。

 それは時には学問であり、時には武術であり、時には忠誠であり、時には反抗である。そして、時には同胞すらあざむいつわることも必要になるかもしれない。

 自分は決して清流人ではない。しかし、それら全てに精通している。清濁入り乱れる混沌の世の中を生き抜く知恵がある。まずはその知恵が生かされた。

「それは何より。まさか本当に強盗に狙われるとは思わなんだ。それにしても、その若さでこの洞察には恐れ入る。橋公が絶賛するのも、至極当然のことよな」

 蔡邕は感嘆しながら言って、何度も頷くのだった。

 もともと蔡邕は橋玄の故吏こりであった。橋玄は曹操の才能をいち早く評価した清流派の重鎮である。五年前、橋玄が三公のポストの一つ、司空(建設大臣)となった時、司空府の要員にすでに清流派知識人の間ではなはだ名声のあった蔡邕を、

「――――先生には現代の劉中塁りゅうちゅうるいになっていただきたい」

 そんな言葉で、満を持して迎えたのだ。

〝劉中塁〟とは前漢末期の大学者・劉向りゅうきょうのことを指す。

 劉向はあざな子政しせい、文章に優れた当代随一の儒学者で、『説苑ぜいえん』や『新序しんじょ』などの著作を遺した。一方で、彼は漢の永続を願って宦官や外戚と政争を繰り広げた正義派官僚でもあった。

 同じく博覧多識の学者である蔡邕は劉向のこともよく知っており、橋玄のその一言が蔡邕を動かすこととなったのだ。

 それまでの蔡邕は政治とは一切関わらず、故郷で学問に浸るだけの隠居生活を送っていた。とはいえ、時代がこの万能の賢人を野に埋もれさせることはなかった。

 本人が世俗と離れた生活を願っても、それと裏腹にその名はたちまち全国に広がり、その名声は当時の現役高級官僚さえしのぐほどであった。

 当然ながら、彼の発言は一言一句が重きをなすようになり、例えば、まだ党錮事件が起こる前、ちまたで清流派官僚のランク付けが議論された時、

「――――陳仲挙ちんちゅうきょは目上の者に対して直言し、李元礼りげんれいは目下の者に対して厳格であるそうだが、目上に直言するのは容易ではない。目下を取り締まるのはそれより容易たやすい」

 彼のそんな発言が陳蕃を清流派トップの「三公」の末席に、李膺りようを次席クラスの「八俊」の筆頭にランク付けさせる決定的要因になったという。

 ともあれ、長年にわたる政治の腐敗と党錮の弾圧は蔡邕をはじめとした多くの清流派知識人の政治参加を敬遠させていたが、橋玄という高潔な人物が放つ光明こうみょうに一人、また一人といざなわれて、清流が少しずつだが、静かに、確かに希望を蓄えつつあった。

 曹操も橋玄に見出された一人である。それゆえか、この清き流れを無為に途絶えさせたくなかった。

「清名あるものが狙われるのが、今の時代です。智侯先生の場合は、その知識を狙われたのかもしれません」

 曹操は胸の内を隠すわけでもなく、かと言って、すっかり明かすわけでもなく、近すぎず、遠すぎず、絶妙な位置に立って、ただ冷静に事態を見つめていた。

「知識とな?」

「党錮以来……いや、その前からおおやけには秘められてきた国家機密があるようで、知り過ぎると反って危ないというわけです。ご存知だとは思いますが……」

 無論、それは蔡邕にも心当たりはある。

「正しきことを為そうとして命を脅かされるとは、いやな世の中よな」

 蔡邕は曹操の言葉に天を仰ぎ、曹操は自分の言葉に昨年のことを思い出していた。

 党錮の遺恨ともいうべき陳逸を助けるべく奮闘した時のことを――――。

 陳逸はその名ゆえに捕らわれ、張倹ちょうけんはその名ゆえに追われ、何顒かぎょう張邈ちょうばくはその名ゆえに名を偽り、陳寔はその名ゆえに慎重に身を処し、袁閎はその名ゆえに身を隠した。出会った多くの清流人がその名ゆえに苦労し、今なお理不尽な生き方をいられている。

「私がそうはさせませんので、どうぞご安心を」

 曹操は心の奥で静かに燃え立つ炎を確認しながら言った。まるで自分に言い聞かせるように。蔡邕がそんな曹操を手放しで褒めた。

「頼もしい。我が家には男児がおらんから、部尉のような者が我が子に欲しいな」

「おたわむれを」

「いやいや、あながち戯れでもあるまい。今し方もそなたのことを褒め称えておったのじゃ。曹部尉のような若者が国に満ちればよいのじゃがな、と」

 背が低い蔡邕の後ろからそんな声が聞こえ、長身の盧植ろしょくが現れた。

 それを見た劉備の驚き様は尋常ではない。

「これは盧先生。いらしたのですか?」

「うむ。部尉は智侯の琴を聞いたか。そなたに全幅の信頼を置いて、この騒ぎの間も一音たりとも乱れることがなかったわ」

 盧植と蔡邕は仕官前からのつき合いで、仕官したのも同じ時期だった。

 盧植が緱氏こうし県で私塾を始めてからしばらく会っていなかったので、今夜はいろいろと語らう予定であったのだが、この騒ぎのためにささやかな宴も中断となってしまい、酒も手伝ってか、少々不機嫌である。

「盧先生は門生と共に上洛されたのですか?」

 曹操のその台詞せりふは劉備の心肝を寒からしめた。

「うむ。あまり出来の良い生徒ではないがな。そなたの爪の垢をせんじて飲ませてやりたいわ。今頃、智侯の石経せきけいを必死になって覚えておる頃じゃろう……ンン?」

 言い終わる直前、盧植の両眼がぎょろりと動いて、曹操の背後で縮こまっている人影を捉えた。一方、未だ興奮冷めやらぬ公孫瓉は盧植を認めると、ここがどこでどんな状況かなどを判断できるわけもなく、盧植の前に躍り出て、

「先生、ご覧になりましたか! この私の活躍を!」

 と、全く空気の読めない台詞を発して、烈火の盧植に油を注いだ。

伯珪はくけいか。ここで一体何をしておる!」

「見事賊を打ち払いましてございます!」

「たわけ!」

「は?」

「宿に戻っておれと申しつけたであろうが!」

「え?」

 劉備はこのやり取りを見て、顔を覆った。曹操は自分の背後に隠れるその劉備の首筋を捕まえて、盧植の前に引き出した。

「この者も盧先生の門生でしょうか?」

玄徳げんとくもか!」

 顔を覆っていても、自分の愛弟子まなでしである。盧植は一瞬でそれを認識した。

「そうでしたか。よいの口にこの辺りをうろついていたので、賊の一味かと思い、拘束致しました。失礼をお許しください。先生の門生と分かれば、これ以上拘束する理由はございません。この者たちが言うように、本当にこちらを宿としているのなら、夜禁令違反を適用することもありません」

 曹操はそれを受けて処分の取り消しを伝えると、劉備を盧植の前へと突き放した。

「全く、お前たちは!」

「すみません、先生!」

 劉備の首筋は今度は盧植によってつかまれて、松明たいまつの炎の効果で、より一層凄みの効いた顔が劉備の眼前に迫った。劉備はそれを直視できず、顔を背けて酒臭い息を嗅いだ。

『やばい……!』

 劉備は嫌な予感を感じた。実は盧植の酒癖も公孫瓉ほどではないが、良いとは言えない。そして、こういう時の劉備の勘はよく当たる。

「部尉よ。夜禁令を犯せば、どのように処すのか?」

「虚言を弄したことも付け加えれば、棒打ち五、六打が妥当なところでしょう」

「ならば、こやつらの身柄は部尉に預ける」

 唐突に劉備の体は曹操のもとに突き返された。師による弟子の身柄受け取り拒否である。

「……と言いますと?」

 再び曹操に首筋を掴まれた劉備は驚いたような、それでいて納得したかのような何とも渋い表情で盧植の次の言葉を待った。

「そやつらの宿はここにあらず。すなわち夜禁令違反じゃ。処分も委ねよう」

子幹しかんよ。理由はともあれ、こちらで引き取ってもよいのだぞ」

 状況を飲み込んだ蔡邕が気をかせて助け舟を出したが、

「いやいや、それには及ばん。師の言いつけを守れぬは弟子にあらず。全て部尉に任せる」

 盧植はあっさりと友の助言を断って言った。

「そういうことですか。……では、遠慮なく」

 明敏な曹操はしっかりと盧植の意図を読み取って、劉備と公孫瓉を再び拘束した。

「え、先生……ご冗談ですよね?」

 このになってすっかり酔いのめた公孫瓉が背中を向けた盧植に弱々しい声で確認を試みたが、盧植はそれを無視して言った。

「馬鹿どものお陰できょうがさめてしまったわい。さあ、智侯。宴をやり直そうではないか」

 そして、盧植は蔡邕をかして屋敷の奥へ戻って行った。

「まさか破門……ですか?」

 兄弟子の力ない声が空しく宙を漂う。劉備は心の中で呟いた。

『もう遅いよ』

 劉備の落胆は激しい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る