第14話 妬み


 放課後。


 いつも和泉は放課後になるとすぐ、テンション高めに教室を出ていこうとする。


 和泉の嬉しそうな表情は見ていてとても可愛らしい。


 少し見すぎてしまったようで、視線に気が付いた和泉もチラリと私の方を見た。


 けれど目があったのは一瞬で、すぐに和泉は私から目をそらす。


 先ほどまでの笑顔は私には向けられる事はない。


 今あの笑顔を独占しているのは一つ年上の女、和泉の大好きな生徒会長様だ。


 名前は羽月湊。


 羽月は私と和泉が中学に入った時、生徒会の役員をしていた。


 真面目そうな見た目で、大人からも信頼されているようだった。


 実際に真面目で勉強もでき、しっかりしている羽月は、派手な連中が苦手な和泉にとって理想の人に見えたんだと思う。


 あの一件以来すっかりと元気をなくし、引っ込み思案だった和泉が自分から生徒会役員になりたいと立候補していたのには驚いたのを覚えている。


 羽月と生徒会で仕事をするようになってから、和泉はどんどんと昔のような元気さを取り戻していった。


 私のせいで暗くなってしまった和泉が、羽月のおかげで徐々に立ち直っていき、明るさを取り戻していく。


 私はそんな和泉をただただ見守っていることしかできなかった。


 和泉が元気になるのは嬉しかったけど、自分以外の女に癒される和泉を見ているのは苦痛以外の何物でもく、それでも私は歯を食いしばって見ているだけ。


 私ができることと言えば、和泉が苦手そうな人をさりげなく近づけないようにすることくらいだった。


 中学の三年間で私が和泉と会話できたのは、たぶん両手の指で数えられるくらいしかなかった。


 そうなってしまったのも自分のせいで、仕方ないことだと分かってはいても、私以外の女に和泉が惹かれていく姿を見るのは、毎日拷問を受けているかのように苦痛な日々だった。


 和泉が羽月に笑いかける度、私は心に杭を刺される。


 死にたくなるほどの痛みを心に感じ、それでも和泉を悲しませた私には羽月との仲をどうこうする資格なんてない。


 これは和泉を悲しませた罰だと自分に言い聞かせ必死になって耐えた。


 私は和泉が求めてくれたら何でも差し出して和泉の力になりたいと思っているし、実際にそうする。


 けれどそれは和泉が求めてくれたらの話だ。


 和泉の目には今はもう羽月しか写っていない。


 二人の仲を無理やり壊すなんてことをしたら、きっと今以上に和泉に嫌われるだろう。


 それを考えれば、私は黙って成り行きを見守るしかなかった。


 私への救いといえば、まだ幼い和泉が自分の恋心に気が付いていないことと、真面目な羽月も色恋には疎いことだった。


 二人の関係は進展することなく高校生になった今も変わらずにいる。


 けれど、最近の和泉の様子はこれまでとは明らかに違っていた。


 羽月を見る和泉の目に浮かんでいるのは、恋を、好きだという気持ちを自覚している色。


 きっと和泉は気が付いてしまったのだろう。


 羽月のことが好きだという気持ちを……。




 放課後。


 校庭のベンチに座って時間をつぶしていた私は、昇降口からふたりで出てくる和泉と羽月を見つけた。


 ふたりの間には穏やかな空気が流れていて、はたから見てもいい雰囲気なのがまるわかりだった。


 少し見ていると和泉が羽月と一緒に帰らないか誘っていた。


 もし今和泉の隣にいるのが私だったら、なんて意味のないことを考えてしまう。


 ふたりのあの空気を見れば、羽月の方も和泉を意識しているのはすぐにわかる。


 このまま二人は一緒に帰るんだろう。


 やるせない気持ちで、けれど何も手出しできない私はそう思っていた。



 だが、羽月は和泉の誘いを断って一人で帰って行った。


 後に残されたのは少し落ち込むようにしている和泉だけ、そんな和泉もすぐに前を向いて歩き出す。


 正直予想外の展開だった。


 私にとっては都合のいい展開だけど、それでも驚かずにはいられない。


 どうみても羽月も和泉の事を意識していた。


 二人きりで帰るだんんて、私なら羨んで仕方ない和泉の誘いを断るとは理解できなかったのだ。


 けど、そこで私はあることに気が付いた。


 離れていく二人の近くに何人かの男子生徒が集まっている。


 あれはたぶん羽月と同じ学年の男子だろう。


 そいつらが和泉と羽月について話をしているのは、視線や話声からすぐにわかった。


 ついでにどんな話をしているのかも。


 私もやられたことがあるあの苦い思い出が蘇る。


 きっと和泉と羽月の仲を揶揄っているのだろう。


 面白おかしく他人の関係を話のネタにして笑っている男子たちには、吐き気がしたし、素直に死んでほしいと思った。


 和泉はたぶん気が付かなかった。


 羽月に夢中だったから、けど羽月は気が付いたのだろう。


 先に歩き出していた羽月は一度立ち止まって男子たちを見ていた。その目には明らかな苛立ちが浮かんでいる。


 あの目は昔の私と一緒だ。


 揶揄われるのが嫌で嫌で嫌で仕方なくて、すぐにでも爆発してしまいそうな、そんな目だった。


 今の羽月は昔の私と同じで、だからこの後どうなるのか、私にはなんとなく見えてしまった。


 もし、私の考えた通りになったとしたら……。


 もし、羽月も和泉を傷つけるようなことをしたら、私はもう遠慮しない事に決めた。

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