第4話 壊れるきっかけ


「おう! 小清水!」

「葉山君、今日も元気だね」

「まぁな、昨日は楽しかったし、今度は小清水も行こうな!」

「うん、それにしても相当楽しかったみたいだね」


 昨日の集まりはどうやら随分と楽しかったようで葉山君は上機嫌だった。きっと随分と盛り上がったのだろう。


「久々に思いっきり歌ったからな、俺は、楽しかったよ」


 満面の笑みだった葉山君だけど、何故か『俺』だけを強調していた。


「……葉山君だけ?」

「いや、他の男子はちょっと残念そうにしてるやつもいてな」

「何かあったの?」

「昨日は女子も結構来たんだけどな、梓沢が来なかったんだよ」

「……え? そうなの?」


 葉山君の話を聞いて僕は少し驚いた。


 梓沢さんは昨日、わざわざ僕が行かない事を確認してきた。あの時はっきりと行かない事を伝えたのにどうして参加しなかったのだろう。


 僕が行かないと分かれば参加すると思っていたけど、まさか嘘をついているかもと疑われたのかもしれない。


 悲しいけれど、彼女からの嫌われっぷりを考えるとその可能性は高そうだ。


「なんか誘ってはいたらしいが、後から行かないって言われたらしくてな。ほら、梓沢って結構人気だろ、残念で気が抜けた男子が何名もな」

「……そうだったんだね」


 楽しみにしていた皆には悪い事をしてしまったかもしれない。そう思った時、丁度始業を伝えるチャイムがなった。


 授業の準備をしていなかった僕たちは早々に話を切り上げて授業の準備を始めた。


 驚いたし少しだけ罪悪感も感じたけれど、僕には関係のないことだと切り替える。


 僕は嘘なんて言ってないし、本当に参加もしなかったのだから。


 そう自分に言い聞かせて、その後は特に梓沢さんの事は考えないようにした。



 いつものように授業を受け、変わらぬ学校生活を送る。


 今日は生徒会の集まりはない。放課後の楽しみがないと思うと、どうにもだらけてしまって授業に身が入らなかった。


 結局僕は、先輩のことを考えているだけであまり授業にも集中できず、気が付けば昼休みになっていた。


 そうして迎えた昼休み。とても嬉しい出来事が僕を待っていた。


 今日はお弁当は持って来ていなかった僕は、学食で食べる事を葉山君に伝えて教室を出た。


 うちの学校の学食はそれなりに人気はあるが、なかなかの広さがあるおかげで、満席になることは滅多にない。


 適当に日替わり定食を注文して空いている席を探していると、そこで思いもよらない人を見つけた。


「湊先輩! 学食にいるの珍しいですね!」


 午前中ずっと考えていたせいで幻覚でも見てしまったかと思ったけれど、本物の湊先輩がそこにいた。


 僕はたまに学食を利用しているけれど今まで先輩を見かけたことはない。


 興奮して思わず少し大きい声を出してしまったけれど、湊先輩を見つけた今、少しくらい注目されても気にならなかった。


「あ、和泉。今日はお弁当忘れちゃって」

「そうだったんですね。よかったら一緒にいいですか?」

「もちろん。丁度一人だったから」

「ありがとうございます!」


 今日は占い見てないけど、絶対一位に違いない。


 先輩とお昼を食べることができるなんて、お弁当を忘れた先輩には悪いけど素敵な偶然を神様に感謝したくなった。


 ちょうど空いていた席を見つけた僕たちは向かい合って座り、雑談しながら昼食を食べた。


 話すことは生徒会の話がほとんどだけど、それでも僕には幸せな時間だった。


「和泉、なんか機嫌よさそうだね」

「へ?」

「ずっとニコニコしてるから、いい事でもあったの?」


 どうやら顔に感情が駄々洩れだったらしい。


 先輩に少し笑われてしまった。先輩の笑顔は可愛いけど、表情に出ていたのは恥ずかしすぎる。


 けど、それだけ僕は湊先輩が好きなんだと実感した。


 もう誤魔化しようがないくらいに湊先輩が好きだ……最初から誤魔化すつもりもないけれど。


「その、湊先輩と一緒にご飯食べれるのが嬉しくて」

「え⁉」


 思い切って本心を伝えると、一瞬にして先輩の顔が赤くなった。


 先輩は色白だから、そんな反応はかなりわかりやすい。



 あれ、でもこれって……。そこまで考えた時、僕は冷静さを保つのに必死だった。


「えっと、別に私と一緒にいても面白くないでしょ」

「そんなことないですよ。僕、先輩と一緒にいるの好きです!」

「だって、私そんなに話さないし、話しても生徒会のことばかりだし」

「それでも、僕は湊先輩と一緒にいる時間すっごい好きです! もっと先輩と一緒にいたいです!」

「そ、そうなんだ、その、ありがと……」


 その後、湊先輩は恥ずかしそうにしながら黙々と昼食を食べ始めた。


 言った後に自分でもこっぱずかしいことを言っていたことに気が付き、僕も赤くなって黙々とご飯を食べた。お昼の味はよく覚えていない。


 お昼を食べ終わり湊先輩と別れた後、僕はトイレの鏡で真っ赤になった自分の顔を見つめていた。


 さっきは自分でも驚くほど素直に気持ちを伝えることが出来た。


 あとから恥ずかしくはなったけど、ああやって素直に気持ちを伝える事が出来るなら、僕にも告白ができるかもしれない。


 それに、僕の思い上がりかもしれないけど、湊先輩も嬉しそうにしてくれていたと思う。


 いつも澄ましているあの湊先輩が、見たこともないくらい顔を真っ赤にして、ありがとうと言ってくれた。


 先輩のあんな顔、きっと僕以外は誰も見た事がないんじゃないだろうか。


 あんな反応をしてくれるなんてもしかしたら、もしかするかもしれない。


 鏡に映っている自分の顔が若干にやけていて気持ち悪かった。


 バンッ、と音が立つくらい頬を叩いて気を引き締める。


「頑張ろう」


 今僕は幸せな日々を過ごしている。


 けれどもっと湊先輩と一緒にいたい。そのためには、今の関係に満足していたらダメなんだ。


 もう一歩、勇気をもって踏み出し自分から関係を進める必要がある。


 湊先輩の反応を見て、僕の気持ちは一層高まった。


 覚悟はできたと思う。


 むしろ一気に抑え込む事が出来なくなった。


 それくらい湊先輩は可愛くて、先輩と後輩という関係だけではもう満足できない。


 僕は放課後、湊先輩にこの想いを伝えることに決めた。








「すいません、生徒会の小清水っていいます。会長はいますか?」


 放課後。


 精神統一をして覚悟を決め、僕は湊先輩を呼び出すために先輩の教室を訪ねていた。


「あぁ、羽月の後輩君。羽月に用事?」


 いきなり上級生の教室を訪ねるのはかなり勇気が必要だったけれど、運よく人のよさそうな先輩が対応してくれてホッとする。


「はい、あの、まだいらっしゃいますか?」

「羽月さっき出て行っちゃったんだけど、たぶんまだ生徒会室にいるんじゃないかな」

「生徒会室ですか?」

「なんか会議ないけど、やることあるからって言ってたよ」

「そうなんですね。すいません、ありがとうございました」

「いいっていいって」


 親切な先輩にお礼を伝えて先輩の教室を後にする。


 覚悟を決めていただけに少し拍子抜けする展開だが、よくよく考えると他に人のいない生徒会室の方が告白には都合がいいかもしれない。


 まさに神様が僕にチャンスをくれているみたいだ。


 そうとなったら先輩が帰ってしまわないように、僕は早足で生徒会室に向かった。



 生徒会室は特別教室棟にあり、放課後は生徒がほとんどいないため酷く静かだった。


 先輩が帰ってしまっていないか心配だったけれど、生徒会室が近くなってくると中から話声が聞こえてきて、まだ残っていてくれたことに安堵する。


 勢いのままにドアをノックしようとして、ある事に気が付いた僕は一旦手を止めた。


 会話が聞こえるということは、湊先輩の他にも生徒会室の中には誰かがいるということだ。


 そうなるとこのまま突入してもすぐに告白はできないかもしれない。


 どうするべきか迷っているうちに、聞こえてくる声で中にいる人が誰なのかがわかった。


 どうやら湊先輩と会話をしているのは姫野先輩らしい。


 普段から僕が湊先輩に懐いていると揶揄ってくる姫野先輩がいるとなると、どうやって湊先輩を連れ出すかも難しくなってくる。


 僕がその場で躊躇していると、静かな廊下にまで二人の会話がはっきりと聞こえてきた。


「んで~どうなの湊?」

「何が?」

「決まってんじゃん! 和泉のこと!」


 急に自分の名前が聞こえて思わず声が出そうになってしまった。


 何を話しているのかと思えばまさか僕の事だなんて、これでは余計に入りずらい。


 躊躇したのは失敗だったかもと後悔してももう遅かった。


 まだ僕の生徒会での仕事ぶりとかならよかったのに、あろうことか姫野先輩はとんでもない事を聞いていて、僕はその場から動けなくなってしまった。


「……和泉がなに?」

「だから、もう付き合ってるのかってこと!」

「付き合ってないよ」

「うっそだ~、あんなに和泉グイグイ来てるのに」

「嘘じゃないよ」

「ホントは? ホントのところどうなの?」

「だから、付き合ってないって」

「和泉ってほとんとわかりやすいよね、湊が好きって感じがにじみ出てるもん」

「……そうかな」

「結構噂になってるよ湊、今日も学食で一緒にいたんだって? お暑いですなぁ」

「……たまたまだけど」

「羨ましいなぁ彼氏。和泉ってちゃんと尽くしてくれそうだし、しかも年下の男の子なんて、ホントいい相手見つけたよね! あ、もうキスとかしてたり?」

「……だから」

「先輩と後輩の恋愛! いいなぁ、普段真面目な湊が年下に手を出してたなんてね!」




「だから!! 付き合ってなんかないって言ってるでしょ!!」



 急に聞こえた大声。


 僕は思わず音を立ててしまいそうになって懸命にこらえた。


 今の声が湊先輩の声だなんて信じられない。


 それほどに普段の先輩からはかけ離れたイラついた怒鳴り声だった。


 そのままの声で湊先輩は怒鳴り続ける。


 聞き耳なんて立てなくても一言一句聞こえてくる。



「さっきから五月蠅いんだって! 付き合ってないって何度言えばわかるの!? だいたい、なんで私と和泉が付き合ってるって思われなきゃいけないの!? いつもいつも向こうから寄って来るだけで、私は何もしてないでしょ! 年下に手を出してるとか変な事言わないでよ! そうやっていろんな所で噂されて! もうほんっと迷惑だからやめてくんない! 勝手に寄って来る和泉も! そうやって無責任に噂するあんたも! 私にはどっちも迷惑なのよ!!」



 本音をぶちまけたような心からの叫びが僕を貫いた。


「ハァハァ…、わかったらもう止めてくれない」


 扉の向こうから困惑しているような姫野先輩が謝る声が聞こえた所で、僕は音を立てないようにその場から離れた。


 そのまままっすぐ昇降口に向かって学校を出る。


 家に帰ろうとは思ったけれど、うまく思考が働かなかった。


 頭の中には湊先輩の言葉が繰り返されている。


「向こうから勝手に寄って来る」


「いろんな所で噂されてもうほんっと迷惑」


 僕は湊先輩にとって、勝手に寄って来る迷惑な存在だったらしい。


 僕は湊先輩にとって勝手に寄って来る迷惑な存在。


 僕は湊先輩にとって勝手に寄って来る迷惑な存在。


 僕は湊先輩にとって勝手に寄って来る迷惑な存在。


 僕は湊先輩にとって勝手に寄って来る迷惑な存在。




 僕は迷惑な存在だったんだ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る