第22話 誓いのキス(別視点)

「ご結婚おめでとうございます。エース様、ララ様」

「ありがとうございます。ありがとうございます」


 神殿の真ん中を祭壇に向かって、純白のドレスに身を纏ったララと一緒に歩いていく。

 祭壇には父上とララの父親である公爵、そして、新しい偽聖女が立っている。

 ララは微笑みを浮かべて、参列者の祝いの言葉に手を振って応えている。


 ……これを使ったら、後戻りは出来ないだろうな。

 着ている白い礼服のポケットの中には真実薬が二本入っている。

 これを使うのは、ナターシャが無実だと分かった時だけだ。

 神殿の中に使いに出したメイドの姿を探してみた。

 ナターシャが無実の場合は神殿に来るように言っておいた。


「くっ……」

「エース様、どうかしましたか?」

「いや、何でもないよ」

 

 ……そうか、やっぱり無実か。

 神殿の壁際に目立たないように立っているメイドの姿を見つけた。

 でも、錬金術師の手紙に書かれていた事が本当なのか、まだ分からない。

 真実薬が偽物ならば、ナターシャが言った事が真実になってしまう。

 つまり、嘘を言っても真実になってしまう。


 そして、真実薬が本物であると証明するには、ララに飲んでもらう必要がある。

 それでナターシャ、ララ、錬金術師の三人の中で本物の嘘吐きが誰なのか分かるはずだ。


「ララ、誓いの前にこれを飲んでくれないか?」

「これは?」


 祭壇の前に到着すると、ポケットから真実薬の小瓶を取り出して、ララに見せた。

 予定外の私の行動に偽聖女が少し戸惑っているけど、誓いの言葉の前に必要な事だ。


「お祝いの品で幸福になれるという飲み物らしい。私も飲んでみたから大丈夫だ。一緒に幸せになろう」

「そういう事ですか。でしたら、是非いただきます。ありがとうございます」


 真実薬だと言っても飲んではくれない。

 警戒されないように幸福になれる飲み物だと言って、ララに手渡した。

 私を信用しているのか、ララが少し苦そうな顔になりながらも真実薬を飲み干した。


「こほぉ、こほぉ、強烈な味ですね。これが幸せの味だとしたら、幸せになるのもちょっと考えものです」

「そうなのかもしれないな。幸せとは甘いだけじゃないと伝えたいのかもしれない。さあ、聖女様。式を始めてください」


 空になった小瓶をララから受け取ると、偽聖女に儀式を始めるように頼んだ。

 婚約者候補だった聖女が私達の結婚を祝う事で、国民に聖女が私達の結婚を祝福していると知らせる狙いがある。父上や貴族達が考えそうな事だ。


「はい、分かりました。では、これよりザルクペルト王国第一王子エース・クロイチェルとコンバティール公爵家ララ・コンバティールの結婚の儀を始めさせてもらいます」


 聖女が両手を高く上げて、結婚の儀式を始めると宣言した。

 すぐに「わぁー! わぁー!」と神殿の中の参列者達が大声を上げ、拍手を鳴り響かせていく。

 聖女が本物でも、偽者でも、参列者には関係ないようだ。

 この結婚式さえ本物ならば、その他の事は些細な問題でしかないのだろう。


 だが、これは私の結婚式だ。

 私の結婚式なのに何一つ思い通りに進まないなんて許さない。

 私の為に用意した最高の花嫁ならば、それを証明してもらいたい。


 そして、黙って聖女の祝いの言葉を聞いていると、待っていた瞬間がやってきた。

 聖女が聖典を手に持つと、結婚式の最後の儀式である誓いの儀式を始めた。


「ララ・コンバティール、あなたはエース・クロイチェルを夫とし、健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、夫を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くす事を誓いますか?」


 聖女は誓いの言葉を流れるようにスラスラと、神聖な声で語っていく。

 ララはただ「誓います」と言うだけだ。

 そして私も「誓います」と答えて、誓いのキスをすれば、二人は祝福された夫婦になる事が出来る。

 だが、父上や公爵や参列者が見守る中でララはその言葉を言えなかった。


「はい、誓えません」

「分かりました。では、次にエース……えっ?」


 ララの口からハッキリと「誓えません」という言葉が聞こえた。ザワザワと神殿の中が騒がしくなっている。

 聖女は聞こえたはずなのに、予定通りに私に誓いの言葉を言おうとしていた。

 だけど、聖女も何も問題の起きないはずの儀式に、問題が起きた事に気付いたようだ。

 ゆっくりと私からララの方に振り返った。


「ララ・コンバティール、今、何と言いましたか?」

「誓えませんと言いました。今度の偽聖女は耳が悪いのかしら?」

「一体それはどういう意味でしょうか? 結婚に不安があるという事でしょうか? それならば、良き夫があなたを……」


 聞き間違いや聞こえなかったフリをして、儀式を進めればいいのに、偽聖女はララに確認する。

 その結果、返ってきた言葉に、さらに神殿の中がザワザワと慌ただしくなっていく。

 そして、何とか不安な花嫁を落ち着かせようと聖女は頑張るが、それも逆効果だった。

 聖女の言葉を無視して、ララが本性を現した。


「はぁ? 良き夫? 戦争に負けそうになっている馬鹿国王の馬鹿息子が良き夫? これは政略結婚なのよ。助け合いとか言っているけど、物乞いの馬鹿国王に金を恵んで助けてやっているだけよ。男の子が生まれたら、金髪ジジイとババアには早く死んでもらいたいわね」

「ララ⁉︎ お前は何を言っているんだ⁉︎ しっかりしろ⁉︎」


 確かに錬金術師の少女が手紙に書いていた通り、真実薬とは恐ろしく危険な物だ。

 とても普段のララからは想像できない事を言っている。

 これだと、強制的に善良な人に悪口を言わせる薬だと言われた方が納得できる。

 これがララの本性だとは私も認めたくはない。

 

「ランダル、これはどういう事だ? 私は馬鹿な物乞いの金髪ジジイなのか?」

「何を言っているんだ、バレンティン。本気にするな。娘は気が動転しているだけだ」


 私達の隣で黙って見ていた父上が、ついに我慢できずに口を開いた。

 ララの身体を掴んで、ララの父親である公爵のランダルは正気に戻そうとしている。

 だけど、それも無駄な努力のようだ。


「動転しているのはお父様でしょう。もう結婚とか面倒だから、王家の人間は全員殺して、お父様が国王になればいいんじゃないの?」

「ランダル、お前はそんな事を考えていたのか! 戦争が終わった後に私を殺すつもりだったのだな!」

「バレンティン、私の話を聞け! 娘は気が動転しているんだ! そんなはずがないだろう!」

「いいや、お前の事だ! 王位を渡せと言い出してもおかしくない!」

「そんな事が出来るわけないだろう! 冷静に考えれば分かる事だろう!」


 父上と公爵が参列者の前で激しい言い争いを始めた。

 ララがナターシャをイジメた事を知りたかっただけなのに、大事になってしまった。

 でも、そろそろ本当の事を教えてもいいだろう。


「父上、それとランダル様、ララはおかしくなっていません。ララの本当の気持ちが知りたくて、錬金術師に作らせたこの自白剤を先程飲んでもらっただけです」

「な、何だと……エ、エース、お前は自分が何をやったのか、わ、分かっているのか……」


 ポケットから小瓶を取り出すと、父上と公爵と参列者に見せた。

 小瓶の中身を知って、父上が身体をブルブルと震わせて怒り狂っている。

 私がこんな事をすると考えもしなかったようだ。そんな父上に全て知っていると告げていく。


「父上の所為です。全部知っているんですよ。ナターシャを毒入り自白剤で殺そうとした事も、ナターシャが無実だと知っているのに牢屋に閉じ込めている事も」

「何を言っているんだ! お前まで気が狂ったのか!」

「安心してください。父上が否定するのは最初から分かっています。自白剤がもう一本あります。無実だと言うのならば、これを飲んでください。嘘でなければ、私は父上の言う事を生涯信じると誓います」

「巫山戯るな! そんな得体の知れない物が飲めるか! 式は中止だ! 中止にするぞ!」


 怒り狂っている父上に最後の真実薬を飲むように要求した。

 予想した通り、父上は真実薬を飲むのを拒絶すると、結婚式の中止を宣言した。

 だけど、これは私の結婚式だ。中止できるのは、私と私の本当の花嫁だけだ。


「いいえ、結婚式は中止にはしません! 私の本当の花嫁を連れて来てくれ!」


 私は父上を無視して、神殿の扉に向かって呼びかけた。バァタンと神殿の両開きの扉が勢いよく開いた。

 そこには兵士に連れられた白い花嫁ドレスを着た美しい花嫁が立っていた。


「何故、あのメイドがここにいる⁉︎ 誰が牢から出していいと言った⁉︎」

「私です。私はナターシャと結婚します。もう決めました」


 事態が分からずに混乱する父上にハッキリと、ナターシャと結婚する意思を伝えた。

 もう誰にも邪魔させない。

 

「な、何だと、この馬鹿息子がぁ! お前は自分が何を言っているのか分かっているのか! 帝国の、しかも身分も何も持ってない捨て子や物乞いと同じ、あんな女と結婚するだと! 私を怒らせるのもいい加減にしろ! その女は魔女だ! 息子とその花嫁をおかしくさせた魔女だ! さっさと殺してしまえ!」

「「「ハッ!」」」


 ……やはり駄目か。仕方ない。

 父上の怒りを甘くみていた。一斉に神殿を警備していた兵士が剣を抜いた。

 ナターシャの隣にいる兵士は、私の命令と父上の命令のどちらに従うか迷っているようだ。剣を抜いていない。

 だが、私の大切な花嫁を守る役目を、名前も知らない兵士に譲るわけにはいかない。

 祭壇に置かれている刃を潰された儀礼剣を手に取ると、その切っ先を父上に向けた。


「動くな! 動けば、国王の首が落ちるぞ!」


 私の言葉に兵士達がピタッと動きを止めた。


「なっ! エース、本気で父を殺すつもりか!」

「私の言葉が信じられないならば、自白剤を飲みましょう。父上、私が愛している女性を馬鹿にするのもいい加減にしてください。彼女は私には勿体ないぐらいに素晴らしい女性です」

「エース様……」


 父上とナターシャに聞こえるように、ハッキリと伝えた。

 もう私は自分の気持ちに迷わない。


「何だ、それは……そんなくだらないもので国が守れると思っているのか! 戦争はどうする? 負ければ全てが奪われるぞ! 身勝手な理想を語る前に現実を見ろ!」

「分かりました……」


 父上は私が切らないと思っているようだ。

 それどころか、剣を向けられているのに私を睨み付けて、愚かな行為だと叱り付けてくる。

 私の覚悟が真実を知る前の曖昧で弱いものだったら、剣を捨てていたかもしれない。

 真実薬の小瓶の蓋を開けると、一気にゴクゴクと飲み干した。確かに強烈な味がする。


「現実ならば見えてます。ナターシャと結婚した後に帝国に和平を申し込みます。父上の首を切り落として差し出せば、交渉も上手くいくでしょう」

「あの女の為に、和平の為に父親を殺すと言うのか!」


 両手でしっかりと儀礼剣の柄を握ると、父上の言う通り、一番現実的な話をした。

 和平交渉が失敗した時は素直に降伏を認めればいい。ナターシャの祖国と争いたくはない。


「父上が証明して欲しいならば、一振りで証明してみせます。ナターシャとの結婚を認めるか、認めないか教えてください。これ以上、花嫁を待たせたくありませんから」

「ぐっ、くっ、この親不孝者が!」

「それが父上の最後の言葉ですか……分かりました。さようなら、父上!」


 最後のチャンスを父上は唾を飛ばして拒絶した。

 もう何も言う事はないと剣を振り上げた。


「待て待て待て! 分かった! 好きにしろ! 好きにしていい! あの女と結婚しろ!」

「……ありがとうございます、父上。その言葉が嘘だった時は次は止まりませんよ」


 だけど間一髪、剣を振り抜く寸前で父上が両手を目の前に突き出して降参した。

 嘘かもしれないが、その時は首を切り落とすだけだ。


「ナターシャ、こっちに来てくれ」

「は、はい!」

「聖女様、花嫁を交代する。ランダル様はララを部屋に連れて行った方がいいですよ。余計な事を喋られる前に」


 ナターシャを呼ぶと、聖女に花嫁交代を告げて、偽の花嫁には退場してもらった。


「エース様、私の為にこんな事をするなんて……」

「大した事じゃないよ。聖女様、参列者が待っている。誓いの儀式を始めてくれ」

「えーっと、花嫁の名前を……」

「ナターシャ・ベルフォルマだ。よろしく頼む」

「分かりました……」


 祭壇にやって来たナターシャは涙を浮かべていた。

 ポケットからハンカチを取り出して涙を拭き取ると、聖女に結婚式を再開させた。

 けれども、聖女は花嫁の名前を知らないようだ。花嫁の名前を教えると聖女は誓いの言葉を語り出した。


「ナターシャ・ベルフォルマ、あなたはエース・クロイチェルを夫とし、健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、夫を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くす事を誓いますか?」

「はい、誓います」


 聖女の問いにしっかりとナターシャは頷いて答えてくれた。次は私の番だ。

 本当にナターシャの事を私が愛しているなら、誓えるはずだ。


「では、エース・クロイチェル、あなたはナターシャ・ベルフォルマを妻とし、健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、妻を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くす事を誓いますか?」

「はい、誓います」

「コホン。では、この二人の結婚に異議のある者は今すぐに申し出よ、さもなくば永遠に沈黙せよ……」


 しっかりとナターシャへの永遠の愛を誓えた。

 私の答えを聞いて、聖女は神殿の中の人達に異議がないかと問い掛ける。

 神殿の中はシーンと静まり返っている。聖女と一緒に神殿の中を見回すが、誰も手を上げていない。

 どうやら、あれだけ反対されていたのに、今は反対する者は一人もいないようだ。


「異議はないようです。では、二人は誓いのキスを……」

「ナターシャ、君を絶対に幸せにする」

「エース様、私は幸せになってもいいのですか?」

「当たり前だ。幸せにならないと許さないよ」

「大丈夫です。もう幸せですから……」


 偽聖女が見守る前で私達二人は抱き合うと、永遠の愛を誓って口付けを交わした。

 この先にいくもの困難があろうと、きっと二人ならば乗り越えられると信じている。


【終わり】

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惚れ薬(偽物)を売る錬金術師の少女〜路地裏で醜男達に高額で売っていると王子に薬の効果を試したいと無理矢理飲まされる〜 アルビジア @03266230

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