第17話 城からの追放

「降りろ、着いたぞ」

「はい、ありがとうございました」

「おい、命が惜しければ、城で見聞きした事は下手に喋らない事だ」

「ご心配ありがとうございます。記憶力には自信がないので、もう忘れました」


 御者をしていた兵士が馬車を停止させると、扉を開けて言ってきた。

 城から馬車に強制的に乗せられて、近くの街まで連れて行かれた。

 馬車から降りて、兵士に頭を下げてお礼を言うと、馬車は城に帰っていった。


「嗚呼、自由って素晴らしいです!」


 両腕を空に向かって伸ばして、自由と新鮮な空気を噛み締めた。

 城での仕事はほとんど盗み聞きしかしなかったけど、お金と高価な素材を手に入れた。

 流石に城所蔵の貴重な錬金術の本は貰えなかったけど、作れそうな物は紙に書き写した。

 まあ、そこまでのお金と実験場所がないので、作るよりは他の錬金術師との情報交換に使う事になる。


「さてと、一年ぐらいは遊んで暮らせるけど……どうしましょうか?」


 口止め料なのか、結構なお金を貰った。

 自由気ままな一人旅なので、さっさと別の国に行ってもいいけど、流石に少しは気になる。

 ……今もナターシャは牢屋にいるんでしょうね。


 私にはどうする事も出来ないので、気にするだけ無駄なのは分かっている。

 庶民には関係ないお偉い人達の問題だと割り切って、兵士の言う通りに忘れるのが正解だ。

 下手に首を突っ込んでも、何の意味もない。

 むしろ、首を突っ込めば、その首がロープで吊るされるか、地面に切り落とされる事になる。


「はぁぁ、後味が悪いですね」


 文句を言っても、国家相手にどうする事も出来ない。とりあえず宿屋を目指す事にした。

 二、三日ゆっくりと考えて、次の目的地を決めたい。

 それにお金もあるんだから、本格的に錬金術で仕事を始めてもいいかもしれない。

 聴能力と盗聴器は醜男達なら喜んで買ってくれるはずだ。

 偽物の惚れ薬と違って、本物だから捕まらないと思う。余程、悪い事に使われなければだ。


「おい、二段ベッドって知ってるか?」

「ああ、それがどうかしたのか?」

「それがなぁ……あっはは、俺の子供の小さい方が……」


「ヒック、あの女の所為で俺の人生終わりだぁー!」

「まだ若いんだから大丈夫だって」

「うるせぇーい! お前に俺の気持ちが分かるかよ!」

「おい、飲み過ぎだぞ……」


 宿屋の扉を開けて中に入ると、一階の食堂兼酒場は昼過ぎなのに賑わっていた。

 聖女と騎士団長が牢屋に入っている事も知らずに国民は呑気なものだ。

 まあ、聖女は似たような容姿の替え玉が用意されたらしい。

 遠くから見れば、私も国民も別人だとは気付かないと思う。


「一泊お願いします」

「銅貨十五枚だ」

「はい……」

「ちょうどだな。はい、毎度あり。これが部屋の鍵だ。部屋の番号は鍵に付いてあるからな」

「ありがとうございます」


 酒場のカウンターに座っていた中年の男に話しかける。

 宿の値段は店の看板に書かれていたので、要求された値段をピッタリとカウンターに置いた。

 渡された鍵の番号の部屋に行くと小さな部屋だった。


「随分と小部屋になりましたね。よいしょ」


 お城に用意された寝室の方が大きかった。一気に生活が質素なものに変わった感じがする。

 宿屋の部屋は一部屋だけで、ベッドと洋服タンスと小さな丸テーブルしか置いてなかった。

 トイレは一階の端の方にあって、一応は男女別々にある。風呂は当たり前のようにない。

 とりあえずベッドの上に鞄を置いて、寝転んだ。馬車移動で少し身体が痛いので、少し休みたい。


「ふぅー……」


 ……今の状況で自白剤があれば、ナターシャの無実が証明されるんでしょうけどね。

 息をゆっくりと吐き出しながら、ついつい余計な事を考えてしまった。

 牢屋に入っているナターシャに自白剤を飲ませれば、ララに精神安定剤と言われて、精力剤を貰った事を証明できる。


 まあ、それを知った事で王子の気持ちに変化が起きるのかは不明だ。

 精力剤を飲まされて、それを本当に愛と勘違いしていたのなら、すっかりと愛が冷めているかもしれない。

 今更、余計な事をしても意味ないし、この国の為にもならないと思う。


「でも、なぁー」


 ゴロゴロとベッドの上で転がって悩んでしまう。

 やらなくてもいいとは分かっているけど、私の気分がモヤモヤしてスッキリしない。


「よし、決めた! 時間もお金も素材もあるから作ってみますか!」


 悩むのをやめて、ベッドから起き上がると、自白剤を作る事を決めた。

 元々依頼された物だし、腕試しに作ってみたい。


「足りない素材は買うか、自分で集めるしかないですね」


 鞄から素材と城で暇潰しに作ったガラクタを床に置いていく。

 一般的な自白剤は身体に害を出してもいいなら簡単に作れる。

 ナターシャに使うならば、害が出ない天然物の自白剤を作るしかない。


「やはり『真実茸しんじつだけ』が必要ですね」


 他の素材は効果が似たような素材で代用できるけど、真実茸だけは手に入れないといけない。

 真実茸は人が滅多に入らない暗く乾燥した洞窟に生える稀少なキノコで、まずお店には売られていない。

 真実茸という名前だけあって、キノコを食べた人は本当の事を言ってしまうようになるらしい。

 

「出来れば結婚式前に花嫁の正体を王子に暴露したいですね」


 クスクスと笑いながら、広げた地図を見ながら計画を練る。

 本当に自白剤が完成したら、国境近くの街から城の王子の元に配達してもらう。

 国王にとって余計な事をするけど、捕まるつもりはない。

 安全な他国という場所から嫌がらせをしたいだけだ。


「日陰でちょっと暖かい乾燥した洞窟だと……」


 真実茸がありそうな場所を生息条件と地図と勘を頼りに数ヶ所に絞っていく。

 真実茸が見つかりにくいのは、数が少ない希少という理由だけじゃない。

 茶色い色と傘の大きさが一センチから五センチと、キノコの大きさが小さく、似たようなキノコが多いからだ。


 沢山の似たキノコの偽物の中から、真実を見つけるのが難しいから、真実茸と名前が付いたぐらいだ。

 千本キノコを集めて、一本でも見つかれば、良い方だと言われている。

 色別する方法はキノコを切って、専用の薬液を断面にかけて、暗闇で光れば真実茸らしい。


 ……素材はあるので、探索に必要な道具と食糧を買いに行きますか。

 薬品は作れるので、必要なのは洞窟探検用の道具と食糧だけになる。

 その辺のお店に売っているキノコは人工生産だから、調べるだけ時間の無駄だ。

 部屋から出ると、街に買い物に出掛けようとした。


「おい、邪魔だぞ! 廊下で何人も並んで道を塞いでんじゃねぇよ!」

「はい?」


 階段を上って来た真っ赤な顔の男が、廊下に立っているだけの私にいきなり怒ってきた。

 友達の男に肩を貸してもらって、やっと歩いている、そっちの方が邪魔だ。


「すまない、お嬢さん。コイツ、酔っ払っているんだ。おい、一人しかいないぞ」

「はぁ? 顔のそっくりな銀髪の女が九人もいるじゃねぇか。あの女と同じでムカツク。ぶっ殺してやる」

「ああ、そうだな。すまない、仕事をクビになったばかりで荒れているんだ。許してやってくれ」

「大丈夫です。酔っ払いの言う事ですから気にしていません。お大事に。きっと良い事ありますよ」


 連れの男が謝ってきた。金、女、酒が人を駄目にするらしい。

 女で駄目になって、酒で駄目になって、最後に酒の飲み過ぎで、金も駄目になると思うと同情してしまう。

 そう考えると、王子もララという危険な女と結婚すると、駄目になるかもしれない。

 だとしたら自白剤は国の為にも是非、作るべきだ。

 酔っ払いのお陰で自信が持てた。階段を下りると街に買い物に出掛けた。

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