第12話 聖女の部屋の盗聴

 食堂で聖女にボロボロにされた私は、壁を支えにプルプルと何とかトイレに到着した。

 無事に間に合ったけど、夕方までトイレの近くで過ごす事になった。

 私がこんなに苦しんだのだから、きっと聖女も無事では済まないはすだ。


「はぁ、はぁ、だいぶん落ち着いてきました……」


 これで明日には城から追い出されます。

 もしかすると、今日中に追い出されるかもしれない。


「とりあえず、水を飲みに行きましょう」


 晩ご飯を食べたいとは思わないけど、喉が酷く渇いている。

 少しは水を飲まないと脱水症状で倒れそうだ。

 

 ……おっと、食堂は行かない方がいいですね。

 食堂は敵軍が占領しているので、私が行くと取り押さえられる。井戸水に変更した。

 昨日、腹痛にさせて、朝に謝っていない人がいれば、二度目の土下座の列が出来てしまう。


「ふぅー、生き返りました」


 ポンプ式の井戸水をギィコギィコと動かして、蛇口から出て来る冷たい水をゴクゴクと飲んだ。

 あとは自室に戻って呼び出されるか、クビだと言われるのを待つだけだ。


 ♢


「誰も来ない……」


 夜まで待ったけど、誰も来なかった。ベッドでゴロンゴロンしているけど、暇過ぎる。

 最後の夜かもしれないから、聖女の様子でも盗み聴きに行こうと思う。

 私と同じように強力下剤を飲んだのだから、普通は苦しむはずなのに、顔色一つ変えなかった。

 絶対に何か細工しないと、あの痛みは耐え切れない。


「それとも……あんな性格の悪い女が本当に本物の聖女なのでしょうか?」


 万が一の場合もあるけど、実物を見た私は正直信じられない。

 私が城から追い出された後に、あれが王子と結婚したら、きっと尻に敷かれてしまうだろう。

 公爵家のララはまだ会ってないけど、王子とナターシャの話を聞く限りは、あれよりはマシなのは間違いない。


「フッフ。私にあれだけの屈辱を味わわせたんです。聖女の秘密を暴いて、婚約者候補から脱落してもらいますよ」


 聴能力と盗聴器を持ち出すと、静かに部屋から出た。

 聖女がいるのは城の中の神殿らしい。多少、警備は厳重だろうけど、そこまでじゃない。

 聴能力を飲んで、聴覚を良くすれば、足音と息遣いで近くにいる人の動きは分かる。


「それにしても、今日の朝は笑えたな」

「ああ、まったくだ。ジェイク様に頼んで正解だった。お陰でクソスープを飲まなくて済んだ」

「ハッハ。まったくだ」


 ……ジェイク? ああ、騎士団長の名前でしたね。だとしたら、騎士団長が聖女にお願いしたんですね。

 スープの被害者だろう兵士二人が侵入者に気付かずに通り過ぎていく。

 私がスパイだったら、その騎士団長に兵士二人は拳骨で殴られている。


「さてと……意外と警備が手薄ですね」


 神殿の周りの巡回の兵士が思ったよりも少ない。

 すれ違ったのはたったの六人。城の五分の一ぐらいしかいない。


「うぅぅ、寒いのに最悪だ。あのヘボ錬金術師の所為だ」

「仕方ないだろう。腹痛で動ける人間が少ないんだから」

「俺達に何の恨みがあるんだよ」


 神殿の扉の前を守っている四人の兵士が話をしている。

 扉から中に入るのは無理そうだけど、警備が手薄な理由が分かった。

 下剤スープで病院かベッド送りになっているみたいだ。


「噂では宝物庫から高価な物が奪われたらしい。それの犯人を探しているんじゃないのか?」

「また盗難かよ。やっぱり負け戦だから、今のうちに金目の物を盗んでいるんじゃないのか?」

「おい、滅多な事を言うな。誰かに聞かれたらどうするんだ」

「誰もいねぇよ。王様があのメイドとの結婚を反対しているのは、事実上の降伏宣言だからだろう?」

「だとしたら、王子の判断の方が正しい。負けて全てを奪われるよりは、半分ぐらい渡した方がいい」


 ……聖女の秘密の前に、別の秘密を手に入れましたね。

 道理で城の中の治安が悪いはずです。帝国との戦争は負け戦のようです。

 私もいくつか持ち逃げしても、見逃してくれるかもしれません。


 いえ、逆に今逃げたら宝物庫から財宝を奪った犯人にされますね。

 持つのは自分の私物だけ持って行きましょう。


 扉からの侵入を諦めると、大きな神殿の壁に盗聴器を付けて、声が聞こえる場所を探していく。

 これで聖女の部屋が地下とか二階だと、侵入できる窓でも探さないといけない。

 今のところ窓は全部ハシゴがないと、入るのが無理な高さにある。


「聖女様がお休みするなんて珍しいわね」

「王子が連れて来た錬金術師に毒入りスープを飲まされたらしいわよ」

「まあ、酷い人もいるのね」


 ……ここは女子部屋みたいですね。多分、聖女の使用人ですね。

 一階の真ん中ら辺の壁から、二人の若い女性の声が聞こえてきた。

 神殿が夜間は男子禁制の聖域ならば、聖女は一人で寝ているから、声で探すのは難しいかもしれない。

 喋らないと盗聴器の意味がない。


「それにしても、いくら騎士団長とは言え、夜に聖女様の部屋に訪れるのはやめて欲しいです。変な噂が流れたら、せっかくの婚約の話に支障が出てしまいます」

「あら、それはないわよ。聖女様にその気はないし、騎士団長には奥さんと子供がいるじゃない」

「事実じゃなくても、噂が流れるのがマズイのよ。見張りだったら、外の扉の前でするのが常識じゃない」

「他の兵士と違って、そこまで聖女様に信頼されている証拠じゃない。良い事よ。ほら、就寝時間よ。早く寝ましょう」

「はいはい、そうね」


 ……なるほど。騎士団長も神殿の中にいるんですね。

 女性二人の話し声が聞こえなくなったので、本当に寝たみたいだ。

 でも、女性の言う通り、聖女と騎士団長が男女の中ならば、脅して慰謝料を貰えそうだ。

 私に下剤スープを飲ませたんだから、二人からは精神的慰謝料を貰って当然だ。


「よし、絶対に浮気の証拠を聴いてやります」


 私に強制土下座させたんだから、聖女を性女にして、完膚なきまでに地べたに叩き落として、地面どころか、地中の中で土下座させてやります。

 復讐というやる気を漲らせると、聖女の部屋探しを再開した。

 神殿の左側は調べたけど、女子部屋だけしかなかった。

 このまま神殿をグルっと回って調べるしかなさそうだ。


「まだ、痛いのか?」


 ……いた!

 壁の中から男の声が聞こえてきた。聞き覚えのある声で、男は一人だけなので騎士団長だ。


「最悪よ。本当に罪悪感で症状が酷くなる薬なら、私は死ぬかもしれないわ」

「フッ。確かにその通りだな。なんたって偽聖女だからな」

「あら? その偽聖女を作ったのは騎士団長様じゃないかしら。あなたがスープを飲めば即死でしょうね」


 ……やっぱり偽聖女だった!

 でも、下剤スープが効いていたのなら、どうやって我慢してたのだろう。

 まさか、神官服の中にオムツでも履いていたのだろうか。


「おいおい、ただの娼婦だったお前を偽りの奇跡で聖女にしたのは俺だぞ。国民に希望を与えた俺ならば無事に決まっている」

「でも、あんな綺麗な奥さんを裏切って浮気しているじゃない。それに国王様も裏切って宝物庫の宝にも手を出している。本当に手癖の悪い騎士団長様ね」

「おいおい、その金で一番良い思いをしているのはお前だろう?」

「あん、まだ痛いって言ったでしょう」

「だから、気持ち良くしてやるんだろう」


 ……やっぱり浮気してた! しかも、宝物庫泥棒の犯人まで見つけた!

 あまりにも予想通り、というよりも予想以上の悪党ぶりなので、逆に清々しい。

 この事実を教えれば、完全に王子の婚約者候補から聖女は外れる。

 

 ……あっーあ、でも、証拠がない。

 今言っても、私が聖女に復讐する為に嫌がらせをしていると思われるだけだ。

 宝物庫から盗まれたお宝を見つければいいかもしれないけど、私が罪をでっち上る為に盗んだと、聖女と騎士団長に言われたら、私が犯人にされる。

 下剤スープで城の使用人を敵に回した、今の私の話を信じてくれる人はいない。


「んっー? よし、扉を守る兵士四人に聴能力を飲ませて盗み聞きさせましょう!」


 少しだけ考えると名案を思い付いた。

 王様か王子に頼まれて、聖女と騎士団長を調べていた事にして、神殿前の兵士に協力してもらえばいい。

 王子の部屋に王子を呼びに行く間に、二人の浮気が終わってしまったら意味がない。

 近場の兵士ならば終わるどころか、始まりから終わりまで聞かせる事が出来る。


「フッフッフッ。明日からは性女と呼ばれるでしょうね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る