第11話 聖女対錬金術師

「薬入りのスープを使って、不必要に城の人達を苦しめている女性がいると聞いてきました。それはあなたですね?」


 ……確か聖女の名前はプリシラ・ブルーネルだったかな?

 遠回しに聞いているみたいだけど、お碗を持って、スープを注いでいるのは私しかいない。

 兵士達が上の上の上の人の聖女と騎士団長に苦情でも言ったようだ。


「これが不必要なのか、聖女様が決める事ですか? お城には随分と手癖が悪い泥棒が多いみたいですよ。それとも、聖女様は泥棒行為には寛容なのでしょうか?」

「何? 貴様、聖女様に対してその口の利き方はなんだ? 神罰を受けたいのか?」

「おお、怖いですね。神罰というよりも、人罰ですね。騎士団長様がその剣で人を斬れば、神罰になるんですか? 私は国王様と王子様の客人ですよ。そんな口の利き方をして、騎士団長様は王罰でも受けたいんですか?」


 私が反抗的な態度を見せると、「くっ!」と苦々しい顔で騎士団長はさらに強く睨み付けてきた。

 聖女と呼ばれていても、身近な悪者を見逃している時点で大した力は持ってない。

 信者の中から、顔が良くて、親が教会の偉い人なら、誰でもなれるのが聖女なんでしょう。

 もしも布教用の女じゃないなら、奇跡の力で下剤で苦しむ人達を救えばいい。


「つまりは危険なスープを配るのを、やめるつもりはないと言う事でしょうか?」

「危険なのはスープじゃないです。スープを飲んで症状が現れた人が危険なんです。聖女様なら飲んでも大丈夫だと思いますよ。悪い事をしてないなら大丈夫ですから。それとも怖くて飲めませんか?」

 

 涼しい顔の聖女に下剤入りスープを勧める。聖女が飲んでも飲まなくても罰は当たる。

 飲まなければ、悪い事をしていると噂が流れるし、飲めば、腹痛で苦しむ事になる。


「分かりました。飲みましょう?」

「えっ、いいんですか? 悪い事をしている人は腹痛を起こしますよ?」

「私には身に覚えがありません。そんな私が腹痛を起こすのならば、スープを飲んだ人全員が腹痛を起こしているだけです。私の身体を使って、ここにいる人達の無実を証明して見せましょう」


 ……す、凄い。

 ゴクゴクと聖女は下剤入りスープを飲んでいる。

「聖女様……」「嗚呼……」と兵士やメイド達から感嘆の声が上がっている。

 完全に自己犠牲の精神で私を悪者に仕立て上げた。これだと聖女だと信じてしまう。

 

「ごちそうさまでした。次はあなたの番です。スープを飲んで腹痛を起こした人が危険なんですよね? だとしたら、あなたもスープを飲んでください。どちらの言い分が正しいのかハッキリさせましょう」


 スープを飲み干すと聖女はテーブルの上から空のお碗を取って、私に差し出してきた。

 ……この女、私を道連れにしようとしている。

 兵士やメイドを味方に付けてから、スープを飲まないといけない雰囲気にさせている。

 完全に敵陣のど真ん中に立っている気分だ。


「どうしたんですか? まさかとは思いますけど、誰でも腹痛を起こすような薬入りのスープを飲ませていたわけじゃないですよね? それだと、ただの下剤入りスープですよ」

「いえ、私はもうスープは飲んだので、お腹いっぱいなので大丈夫です……」

「遠慮せずに少しぐらいは飲めるはずですよ。さあ、飲んでください」


 聖女は私からスープを掬うお玉を強奪して、勝手にスープをお碗に注いで勧めてくる。

 適当に作った強力下剤の解毒薬なんて、当然用意していない。

 飲めば確実に一時間以内に激しい腹痛に襲われる事になる。


「どうした、飲めないのか? やはり聖女様の言う通り、下剤入りのスープでも飲ませていたんだな」

「違いますよ。飲めばいいんですよね? 私は一度も悪い事をした事がないので、腹痛なんて起こりません。まあ、聖女様は分かりませんけどね」


 聖女の隣の騎士団長がうるさいので、聖女の手からお碗を取った。

 これを飲めば引き返せないけど、この状況も引き返せないところにいる。

 ゴクリと覚悟を決めると、一気にゴクゴクとスープを飲み干した。

 さっき飲んだ時のスープの味と一緒だった。味だけは問題なさそうだ。


「そうですね。では、このまま薬の効果が現れるのを待ちましょうか。平気なのでしょう?」

「も、もちろんです……」


 聖女がニコリと微笑むと、兵士とメイド達に監視された食堂に軟禁される事になった。

 ……まさか、漏れるギリギリまで我慢比べをしたいのだろうか? 恐ろしい女だ。


 チクタク、チクタクと時間が進んでいく。下剤入りスープは誰も飲もうとしない。

 パンやゆで卵が大人気のようだ。朝食を食べ終わっても、腹痛に襲われない人達がまだ居残っている。

 私がギブアップするのを全員が待っているようだ。


 ……ぐっ、何で平気な顔をしているんですか?

 こっちはお腹がギュルギュルと鳴っているのに、テーブルの対面に座る聖女はニコニコしている。

 相当に内臓が強いか、本当に聖女の力を持っているのかもしれない。


「苦しそうですね? あなたの言う通り、神に罪を懺悔すれば、その苦しみも楽になりますよ」

「いえ、ちょっと食べ過ぎただけです。ちょっとトイレに行っていいですか?」

「食べ過ぎですか? 本当は罪悪感を感じているんじゃないんですか?」


 もう我慢できないので席を立ち上がった。

 懺悔しても腹痛は楽にならないし、聖女が腹痛を治してくれるとは思わない。

 私の周囲を騎士団長と兵士が取り囲んでいるけど関係ない。

 兵士を退かして、トイレに行こうとする。


「違いますよ。ちょっと通してください」

「駄目だ。席に戻れ」

「ちょっ、本気ですか⁉︎」


 騎士団長が腕を掴んできて、私を席に無理無理に座らせようとする。

 額から冷や汗を流しているか弱い女性にする事じゃない。普通はトイレぐらいは行かせてくれる。


「本気ですよ。神に罪を懺悔するか、失敗薬を入れたスープを飲ませてしまった事を謝ってください。そうすれば、神はお許しになるはずですよ」


 聖女が許す条件を言ってきた。どう見ても許すのは神じゃなくて、聖女と食堂にいる人間達だ。

 こっちは我慢の限界なのに、なんて卑劣な女なんでしょう。聖女じゃなくて、悪女だ。

 私が土下座すれば許してくれるらしいけど、ちょうど無能錬金術師として追い出される予定だ。

 望み通りにそうしてやる。


「分かりました、分かりましたよ。謝ります。だから、トイレに行かせてください」

「良いですよ。ジェイク、手を離して差し上げなさい」


 聖女に言われると、「ハッ」と恭しくお辞儀してから騎士団長は手を離した。

 女一人に兵士が寄ってたかって、恥ずかしい奴らです。どう見ても悪役はそっちだ。

 でも、謝らないと私の身に大惨事が訪れる。謝りたくなくても謝らないといけない。


「すみませんでした。私の薬が失敗していたようです。どう……」

「コホン、コホン……」

「な、何ですか?」


 聖女に向かって頭を下げているのに、聖女がワザとらしく可愛い咳払いをしている。

 気になったので聞いてみた。謝る相手が違うとでも言いたいのだろうか。


「いえ、本当にその謝り方でいいんですか? もっと誠意ある謝り方があるんじゃないですか?」


 聖女は口元を握った拳で隠して、視線はジッと床の一点を見ている。

 明らかに立ったままじゃなくて、床に土下座して謝れと命令している。


「そ、そうですね。そうでした。これでいいですか?」


 聖女の希望通りに食べカスが落ちている汚れた石床に土下座してみた。

 これで許してくれると思ったのに、聖女が信じられないと驚いている。


「まあ! そこまでしなくてもいいのに。私は皆さん一人一人に頭を下げて謝ってもらいたかっただけです。さあ、一人ずつに謝ってください。そして、トイレで罪を洗い流してください」

「にゃ⁉︎」


 こっちは一回謝るだけでいいと思ったのに、スープを飲ませた全員に一回ずつ謝れと要求してきた。

 時間がある時はそれでもいいけど、色々と我慢の限界の人間にそれをさせるなんて外道聖女だ。

 でも、やるしかない。縦に並んだ兵士とメイドの列に「すみませんでした」と謝り続ける。


 ……お前には、さっき謝ったよね!

 同じ顔の兵士がまたやって来たけど、「すみませんでした。もうしません」ともう一回謝った。

 何度も何度も謝り続ける。多分、一人三回目は謝った。もう色々な意味で我慢の限界だ。

 身体を少しでも動かしたら、私の人生が終わってしまう。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

「皆さん、この方をもう許して差し上げましょう。心から反省しているようです。失敗は誰にでもあります。さあ、あなたの罪は許されました。トイレに行っていいですよ」

「うぐっ、あ、ありがとうございます、聖女様……」


 冷や汗で全身びしょ濡れの私の背中をポンポンと叩いて、聖女が許してくれた。

 身体を触られるだけでも、ヤバイから本当は「触るな」と怒鳴りたい。


「そうです。謝る心と感謝する心が大切なのです。あなたはもう昨日までのあなたじゃありません。よく頑張りましたね」

「はい、ありがとうございます……」

「さあ、皆さん。今日は昨日の分までお仕事を頑張りましょう。遊んでいては、神様に叱られてしまいますよ」


 パンパンと軽く手を叩いて、聖女が食堂から人を追い出していく。私の公開処刑は終わったようだ。

 これで城から追い出されるのは間違いない。やっと自由になれる。

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