第6話 メイド達の噂話

 研究室に戻ると簡単な錬金術で作れるアイテムの材料を探した。

 私は天才錬金術師でも見習い錬金術師でもないけど、錬金術が使えないわけじゃない。

 免許や資格がないだけだ。


「よし、材料はありました。これなら『聴能力』が作れます」


 聴能力は服用する事で聴覚を高める効果がある薬だ。

 主な使用者は耳の遠いお年寄りで、私も以前に作った事がある。

 薬の量を間違えると、お年寄りの鼓膜が破けてしまう危険もある。

 私も五回も失敗してしまった。


 でも、普通に耳が良くなる程度だと使いものにならない。

 だから、追加で『盗聴器』も作らないといけない。

 盗聴器を使えば、壁の向こう側の音まで聞き取れるようになる。

 相手に気づかれずに安全に情報収集が出来るようになる。


 聴能力の素材は量をキチンと量ったら、あとは順番に鍋で煮込んでいくだけだ。

 鍋で素材を煮込んでいる時間が勿体ないので、棚に置いてある鉱石と砂を使う。

 これで待ち時間の間に盗聴器も作る。


 二つの木鍋に砂と鉱石を別々に入れると、それぞれに合った薬品(液体)を作って入れた。

 薬品に触れた鉱石と砂はドロドロに溶けて、粘土状に変化した。

 それを手袋を両手に嵌めると、二つが良く混ざり合うように練り込んでいく。

 あとは盗聴器の形に整えるだけだ。


「ふぅー、完成しました」


 ちょっと時間がかかってしまったけど、晩ご飯になるまでに二つとも完成した。

 聴能力は粉末状の薬で、盗聴器は黒い岩製のワイングラス型で所々キラキラと銀色に光っている。

 秘密の話をするのは大抵は夜だ。お城には婚約者候補の聖女と公爵令嬢姉妹も住んでいる。

 ナターシャを調べるだけで十分だけど、念の為に王子の婚約者に相応しい相手も調べる。

 ナターシャがスパイだった場合のオススメ婚約者を紹介する支援も忘れない。

 別に高貴な人達の日常を盗み聞きしたいわけじゃない。ちょっと気になるだけだ。


「お腹が空きました。料理とかは部屋に持って来ないみたいですね」


 グゥーとお腹が鳴った。王子のお客様なのに部屋には誰も来ない。国王に呼び出されただけだ。

 まだ、そこまで城の人達に知られてないのかもしれない。仕方ないので食堂を探す事にした。

 美味しそうな匂いを頼りに探せば見つかるはずだ。


 部屋の鍵をしっかりと閉めると、廊下にメイドがいないか確認する。

 やっぱり誰もいないので、予定通りに食堂を探しに一階を目指した。

 宿屋と同じなら、一階が酒場と食堂で、二階が寝床になる。

 ついでに使用人達にもナターシャの話を聞きたい。

 王子だけだと良い人という情報しか手に入らない。


「あっ、あそこみたいですね」


 美味しそうな匂いとガヤガヤ、ザワザワと賑やかな話し声が聞こえてきた。

 壁に空いた大きな四角い穴の中に入ると、四角い木製テーブルが何列も並んでいる。

 そのテーブルに兵士服とメイド服を着た男女百六十人程がバラバラに座っている。

 楽しそうに食事している人もいれば、一人で静かに食べている人もいる。


 ……うわぁー、かなり見ているよ。

 この大きな食堂の中で私服は私一人だけだ。メイドと兵士達が不審人物として私を見ている。

 でも、気にしたら負けなので、料理が山積みに置かれているテーブルを見つけて移動した。


 ……魚しかない。

 自分で好きな量を皿に取って食べていいみたいだ。料理の量は多いけど種類は少ない。

 パンとコーンスープを皿に取ってお盆に乗せると、空いている席を探してみる。


「そこのお前、何者だ? 見かけない顔だな。どうやって入って来た」


 だけど、その前に兵士六人が左右から挟み込むようにやって来た。

 やっぱり、誰も錬金術師のお客様がいる事を知らない。


「国王様に自白剤を作るように依頼された錬金術師のティエラです。短い間ですけど、お城でお世話になります」

「そ、そうか、それはすまなかった。ゆっくりと食べてくれ。おい、行くぞ」

「「「あぁ……」」」


 王子よりも国王の依頼だと言った方が効果は絶大のようだ。

 兵士六人は驚くと慌てて回れ右して逃げていった。これで明日には城の噂になっている。

 ……さてと、まずはメイドに聞こうかな。


 自己紹介は終わったので、改めて話を聞く相手を探した。

 三人組のメイドと目が合ったので、ニコリと微笑むと真っ直ぐに向かっていく。

 急いで食事を食べて終えて逃げるつもりなら、「国王様に言いつけてやる」と言ってやる。

 もちろん、ここで言ってやるだけで、実際に国王には言わない。本当に食堂の中で言うだけだ。


「錬金術師のティエラです。国王様の依頼でちょっと話を聞きたいんですけどいいですか?」

「は、はい、どうぞ! 何でも聞いてください!」

「ありがとうございます。王子様付きの褐色メイドの話を聞きたいんですけどいいですか? 良い話も悪い話も含めてお願いします」


 お盆をテーブルに置くと三人に聞いた。

 話してくれるそうだから、お礼を言って長椅子に座ると聞きたい事を教えた。

 三人は顔を見合わせた後に、その中の一人が話し始めた。


「すみません。私達、一度もその人と話した事ないんですよ」

「噂話でもいいですよ。誰かにイジメられていたとか、木に首を吊って自殺しようとしたとか」

「それなら自殺の噂話なんですけど、本当に噂話なんですけどね……」

「はい、分かっていますよ。噂話で本当か嘘か分からないんですよね? 構いませんよ」


 メイドは勿体ぶって、噂話を話そうとしない。

 噂話でも何でもいいから、早く話して欲しいと丁寧にお願いした。

 すると、やっとメイドが怖い話をするようにヒソヒソ声で話し始めた。


「あれ、実は自殺じゃないって噂話があるんですよ。首を吊った瞬間を王子様が目撃して、部屋から飛び出して、庭の木に到着するまで足の速い兵士が挑戦しても、三分近くかかるんですよ。そんなに長い時間、首を吊っていたのに後遺症がないんですよ。おかしいですよね?」

「まあ、確かにそうですね。噂話はそれで終わりですか?」


 おかしいのか聞かれたので、とりあえず分かっている感じに答えて、話に続きがあるのか尋ねてみた。

 医者じゃないから分からないけど、多分、後遺症があるのが普通みたいだ。

 

「まさか。ここから噂話は二つに分かれているんです。王子様とメイドが話を合わせて自殺したフリをしたという噂話と、メイドが王子様を騙して自殺したフリをして、助けてもらったという噂話があるんですよ」

「あれは絶対にフリに決まっているわ。ランプを持って、庭をウロウロしていたら、誰だって気になるわよ」

「私は違うと思う。兵士に聞いた話だけど、メイドの首にはしっかりとロープの跡が残っていたそうよ。命懸けの自殺のフリなんて出来ないわよ」

「でも、今はその跡も残ってないそうじゃない。綺麗な首筋らしいわよ。絶対に跡が残らないようにロープに細工した証拠よ」

「ロープにおかしな所があったら、王子様が気付くわよ。もしかすると本当に自殺したんじゃないの?」

「だ・か・ら、二人が口裏を合わせているのよ。そうじゃないと説明できないじゃない」


 三人がギャアギャアとそれぞれの意見を激しく言い合っている。

 だけど、どっちが真実なのか分からないから聞くだけ無駄だ。

 それに二つとも違う場合もある。他の噂話がないか聞いた方がよさそうだ。

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