第5話 国王の呼び出し

 今まで笑った事が一度もないような顔つきのメイドに連れられて、両開きの白い扉の前に到着した。

 王子の部屋の扉と同じで、偉い人の部屋は扉が白くて大きいのかもしれない。

 メイドが扉を守る男兵士二人に私を任せると、お辞儀をして立ち去っていく。

 ここから先は兵士にお任せのようだ。


 コンコンと兵士が扉を叩いて、「錬金術師様をお連れしました」と部屋の中に向かって報告している。

 すぐに「入れ」と部屋の中から偉そうな感じの声が聞こえてきた。

 兵士二人が息を合わせて、左右同時に扉を開けていく。扉開けの訓練もするなんて大変そうだ。


 広い部屋の中を見ると、一人用の小さい赤いソファーと三人用の長い赤いソファーに座っている二人がいた。

 一人用ソファーに座っている金髪と顎髭の三十八歳ぐらいの男が国王様で、長いソファーに座っている長い金髪を大きな三つ編みにしている三十二歳ぐらいの女が王妃だと思う。

 流石に十四歳で王妃が王子を産んだとは思えないから、かなり若作りしているみたいだ。


「失礼します」


 とりあえず、部屋の中にちょっとだけ入ると立ち止まった。近づき過ぎると怒られそうだ。

 兵士二人が今度は息を合わせて扉を閉めていく。扉が閉まると国王っぽいのが話してきた。


「お前が惚れ薬を作れる錬金術師か? 思ったよりは普通だな」

「国王様と王妃様にお会い出来て光栄です。ティエラ・ホーエンハイムと申します」


 立ったままだと国王と王妃よりも頭が高くなってしまう。

 流石にマズイと思って、丁寧に跪くと名前を名乗った。


「そんな見様見真似の礼儀作法などはいい。お前の正体は知っている。偽者の錬金術師」

「はい? それはどういう意味でしょうか?」


 偽者と言われて、ちょっとドキッとしたけど、醜男達の方が疑り深い。この程度で動揺したりしない。

 ゆっくりと立ち上がると、国王に顔色一つ変えずに聞き返した。


「それはお前の方がよく分かっているはずだ。他国も含めて、偽物の惚れ薬を買ったという四人の男が被害届けを出している。お前が本物の惚れ薬を作れるのならば、作って無実を証明してみたらどうだ?」

「作る事は出来ますが、材料が貴重な物が多いのです。手元に材料が無いので作れません。それに私が売ったのは本物の惚れ薬です。私の真似をして、偽物の惚れ薬を売った人の罪まで受ける必要があるでしょうか?」


 ソファーに座ったまま国王は話し続ける。

 私の事を調べているようだけど、服装や髪の色は場所によって変えている。目撃者の証言は一致しないはずだ。

 それに材料が絶対に揃えられない物なら惚れ薬は作れない。私が捕まる心配は一つもない。


「フン! 流石は詐欺師だ。口が良く回る。だが、それでいい。お前が偽者だろうと本物だろうと関係ない。お前には自白剤を作ってもらう。それが偽物でも本物でも構わない。自白剤を作ったと言うだけでいい。そうすれば、お前の罪は無かった事にして、金もやろう。悪い話じゃないはずだ」


 でも、国王は私が偽者でも本物でも構わないと言ってきた。

 しかも、王子と違って偽物の自白剤でもいいらしい。

 破格の条件でうまい話だけど、私の惚れ薬のように、うまい話には必ず裏があるのだ。


「偽物の自白剤でも構わないとは、それはどういう意味でしょうか?」

「フッ。簡単な事だ。あのメイドを始末したい……」


 王子と同じで、国王の話も長いので以下省略させてもらった。


 国王と王妃の筋書きはこうだ。

 まず、自白剤を飲ませるのは、王妃、大臣、ナターシャの三人だ。

 王妃と大臣は偽の自白剤でも、恥ずかしい事まで本当の事を喋るように協力するそうだ。


 そして、ナターシャの自白剤だけに毒を入れた物を渡す。

 二人がペラペラと本当の事を喋るので、スパイが観念して隠し持った毒を自白剤に入れる。

 その毒薬入りの自白剤を飲んで自殺するそうだ。


 もちろん、自白剤を飲まないというパターンもあるけど、その場合は容赦なくスパイに出来る。

 無理矢理に自白剤を飲ませて、舌を噛み切ったと嘘を吐いて殺す事も出来る。

 確実にナターシャを殺す為の計画は、私が自白剤を作った瞬間に完成してしまう。


「つまり、私に人殺しの手伝いをさせたいんですね。でも、どうして?」


 国王の話を聞き終えると、ナターシャを殺す理由を聞いた。

 すると、沈黙していた王妃が不機嫌そうに話し始めた。


「フン! 当たり前じゃないですか。敵国の女ですよ。それだと息子が敵国の女を誘拐して、性奴隷にしたようにしか見えません。敵の指揮は上がり、味方の指揮は下がります。他国への外聞も悪いです」

「フッ。そういう事だ。それに女の腹に子供が出来たら、どうなるか容易に想像できるだろう。その子供が母親の国を優遇する可能性がある。将来の不安要素を取り除くのが親の務めだ」


 王妃が答え終わると同意するように国王も答えてくれる。

 ナターシャを殺す理由は分かったけど、これを機会に敵国と和平を結ぶとかは考えないみたいだ。

 ……面倒になってきましたね。国王に協力するか、王子に協力するか決めないといけない。


 普通は地位が高い国王を選んだ方がいい。

 王子と言っても所詮は子供だ。最後は親の言いなりになるしかない。

 ここは国王に協力するフリをして、ナターシャがスパイなのか調べてから、無実なら一緒に逃げよう。

 有罪の時は仕方ないけど、あとは国王と王子にお任せするしかない。


「分かりました。国王様に協力します。ですが、王子様にはすでに一ヶ月で自白剤を作ると言ってしまいました。早く作ってしまうと怪しまれるので、最低でも三週間だけ時間をください」


 三週間だけ時間が欲しいとお願いしたら、国王は少しだけ考えた後に仕方ない感じに了承してくれた。


「三週間か……まあいい。それだけあれば、息子も楽しい時間を過ごせるだろう。楽しければ楽しい程に裏切られたと分かった瞬間、敵国への怒りも強くなるはずだ。お前はもう下がっていいぞ。くれぐれも今の話は他言無用だ。口の軽い詐欺師は早死にする事になると肝に銘じておけ」


 王子に喋ったら殺すと軽く脅してきたけど、そのつもりはない。

「はい、分かっています。失礼します」と言って、頭を軽く下げると部屋から静かに出て行く。

 私も紅茶に精力剤を混入する怪しいナターシャを警戒している。


 ……まずは精力剤をどこで手に入れたか調べますか。

 研究室に続く廊下を歩きながら考える。敵国の女ならば、この国に協力者はいない。

 でも、そんなはずはない。精力剤は空から落ちて来ない。誰かに頼んで手に入れてもらうしかない。

 城の嫌われ者のはずのナターシャに協力する人間がいるはずだ。その人間を探してみよう。

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