『涼宮ハルヒの直観』「鶴屋さんの挑戦」に見るミステリー的要素の感想ついて

飯田太朗

涼宮ハルヒの直観について 鶴屋さんの挑戦

 最初に白状すると提示された謎は二割程度しか解けなかった。エピソード1はクリアできたが2は部分正解、3に至ってはお手上げでヘアピンの件もその後の展開もさっぱり。


 ただ後期クイーン問題含め現代ミステリーの課題点をここまでエンタメ化できるのは本当にすごいことだと思った。骨子は「メタ的発想はどこまで許されるか?」なのだが「メタ的発想」というお題でやりたい放題やってる印象だった。ここまで遊び尽くせる作者の遊び心に感服というか、実に参った。自分がミステリー好きを名乗るのも恥ずかしいくらいだ。


 後半、一部ハルヒシリーズの内容に触れているような(と僕からは見受けられた)描写があったのでその部分についての言及はよそう。何せハルヒシリーズ初心者なので。僕の好きなミステリー要素、特に叙述トリックについて簡単に。


 世界初の叙述トリックはクリスティの『アクロイド殺し』であるとされている。ネタバレ回避のために(叙述トリックと言っている段階でネタバレのようなものだが)内容は明記しないが、作者のクリスティの名言は今もミステリー書きの心に刻まれている。いわく「あなたとそんな約束をした覚えはない」。


 叙述トリックは平易に言えば「信頼できない語り手」という表現に尽き、「今あなたに物語を提供している『こいつ』を信用するなんて馬鹿だねぇ」というある種挑発的、メタ的なトリックなのだが、今回の『鶴屋さんの挑戦』にはこの挑発的、メタ的思考がふんだんに盛り込まれている。


 そもそもが「鶴屋さんが信頼できない語り手」。次に「Tが信頼できない登場者」。続いてキョンが「信頼できない傍観者」。信頼できない人を大量に並べてほとんど読者をペテンにかけているようなもので、一部本格推理好き過激派原理主義者からすれば「こんなのはミステリーじゃない」とまで言われそうだが、僕は「新たな風」はどんどん吹いて欲しいタイプなのでこういう話は大好きである。ちんけな叙述トリックに走らず何重にもネタならぬメタを仕込んだ姿勢には本当に脱帽する。プロの物書きはこれくらいするのだなぁと、自分の才能のなさを嘆いて筆を折りたくなったくらいだ。


 ライトノベルという枠にあるから、本作が「このミス」に選ばれることはまずあり得ないだろう。しかし個人的には「このミス」並の賛辞を送りたい。本格ミステリ作家協会の人間でもここまで手の込んだネタを書ける人は限られるのではなかろうか(中編、という自由度があるから多少話は変わるかもしれないが)。


 僕は本作に法月綸太郎氏並の「ミステリーに対する真摯な姿勢」を感じた。もし機会があれば同氏の『ノックス・マシン』という作品を読んで欲しい。ミステリーのお決まり事をこれでもかと利用し尽くした本格SFミステリーで、初めて読んだ時は腰が抜けそうになった。同じような小説、同氏著で『しらみつぶしの時計』という作品があるがあれもすごい。機会があればぜひ読んでいただきたい。今回の『鶴屋さんの挑戦』はその時以来の、「ミステリーの小道具をここまで遊び尽くしたか!」という驚きに満ちていた。


 ミステリー好きとして、せめてもの負け惜しみを述べるとするなら「100問の問題を10秒以内に解けと言われても難しい」と言ったところか。しかし本作のよさは「終盤の怒涛の解決編ラッシュ」にあるのでこの負け惜しみは本当に負け犬の遠吠えにもならない蝉の小便程度のものでしかない。結局のところ完敗だったと認めるのが潔い姿勢だろう。


 物語中にも何度か単語が出てきたが、「錯誤」こそがミステリーの骨子で、本作は「性別」「時間」「場所」「人数」と、使える限りの「錯誤」を惜しげもなく利用した作品だった。本当に「やれることは全部やってやったぞ」というような作品で、料理で例えるなら和洋中全部フルコースで出された印象か。お腹いっぱいというか、もう勘弁してくださいと頭を下げるレベルである。


 個人的な話になる。

 僕はミステリー系の公募に十年ほど挑戦していた身で、長らく落選の憂き目に遭ってきた。そして今年の一月に「公募その他コンテストには出ない」と宣言したが、いささか思い上がった発言だったと反省した。当該宣言の裏には「これだけやってダメならダメだ」という感情が六割くらいあり(残りの四割は体調的な問題なのだが)、自分は「ミステリーに関してはやり尽くした」と思っていたのだが、『鶴屋さんの挑戦』を読んで自分が「井の中の蛙」どころか「水溜りのアメンボ」程度の存在であったことを思い知らされた。とんだ思い上がりだったのだ。ミステリーの世界はもっと深く広かった。もしかしたらもっともっと、ミステリー研究について造詣を深めていく必要があるかもしれない。そしてその行先に、再び公募コンテストへの挑戦という選択肢はあって然るべきなのかもしれない。


 昨今ミステリー事情は「新・新本格」なる名前がつくほど「新たな風」が吹き乱れる時勢であり、『鶴屋さんの挑戦』もこうした風の中に混じって読者という枝を根こそぎ持っていける作品であると言えるだろう。ミステリーを嗜む者として一度くらい……とは思う。こういう作品を書いてみたいものだ。


 とは言ってみたが、これだけの才能を見せつけられるとやはり自信は失くしてしまう。いっそ筆を折ろうかと真剣に悩む。


 個人的なことはさておき、ミステリーとしての完成度、エンターテイメント性、仕掛けられた罠に論理的な解決と、『鶴屋さんの挑戦』は申し分のない推理小説であった。本作を紹介してくれた亜未田久志氏(https://kakuyomu.jp/users/abky-6102)に心からの感謝を。


 当方、こうしたミステリー研究には情熱を注ぐタイプなので、読者の皆様におかれましても面白い作品があったら是非教えていただけると幸いです。紹介いただいた作品をもとに、今回のような研究(もどき)をさせてもらえれば、僕としてはこれ以上の喜びはありません。

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