11-2


「ちょ、ちょっと待って!」

「…」

 ソニアは黙ったまま、剣先を僕に向ける。

 僕は後ろの本棚を背に、彼女に訴えた。

「僕に恨みがないなら、一旦剣を収めてくれ。話をしようよ…ね」


 全身から冷や汗が出てくる。

 深き森の出来事が頭をよぎった。

 あんなのはもうゴメンだ…。


 彼女は一歩づつ近づいてくる。

 何とかしないと…。

 

 周囲を見回し、何かないか探す。


 本棚にロウソク台を見つけ、それを掴み構えた。

 ロウソク台の長さはそんなにない。が、鉄製だ。ショートソードを防ぐ事は出来る。

 …出来るか?。

 ソニアは剣術に長けていると聞いている。


「一つだけ、いい?その本を閉じてくれ。大事な本なんだ」

 机の上の兵法書を指差す。

 ソニアはゆっくりとした動きで、左手で兵法書を閉じる。

「ありがとう…」

 シュナイダー様の兵法書を汚すわけにはいかない。


 机を挟んでソニアと対峙する。


「…」

 ソニアは何も言わず、ただ真っ直ぐに僕を睨む。

 呼吸が少し荒いか?…。


「僕が領主になったのを怒ってるなら…」

「それはもうどうでもいい」

「そ、そうですか…」


 彼女は机に手を置いて脚を跳ね上げ机を乗り越えようする。

 僕は左回りに机の反対側に回った。

 お互いに位置を入れ替えた形だ。


 ドアに向かわなかったのは、内開きだから。

 外開きなら勢いで出れるだろうが、内開きは開く間に追いつかれてしまう。


 それと敵に背を向けてはいけないとライアが言っていた。


「確実に逃げる事が出来るならいいが、そうではないなら相手を視界に入れておくべきだ」


 だけど、勝てそうにない相手なんだけど、どうするんだよ、ライア…。


 ソニアは左回りに動いた。僕も同じく左回りに。


「ソニア、なぜこんな事をする?理由を聞かせてくれ。何も知らずに死ぬのはごめんだよ」

「あなたには関係と言ったでしょ」

「関係おおありだよ。僕に剣を向けてる以上、僕ではないといけないんだろ?」

「わ、わたしの…わたしがやらないといけないから」

 彼女の声が震えている。

「誰に頼まれたのか?」

「違う!」

 ショートソードも小刻みに震えていた。


 迷ってる?。

 

 一足飛びに僕を襲う事はできたはず。

 

 迷ってるなら、時間はあるか?…。


 叫ぼうと思ったが、恐怖で声が出そうない。足も震えきた。

 

 こんな事で倒れるわけにはない

 どうする…どうすれば助けを…。


 誰かに気づいてもらうには…。


「覚悟!」

 ソニアが素早く突っ込んでくる。まずい!。

 足が震えうまく対応出来ない。


 キッ!


 彼女の斬りをロウソク台でなんとか受け止めた。


「くっ…」

 そのまま力強く押し込まれ、西側の壁まで押されてしまう。

「ぐぅっ!…」

 眉間に皺が寄ってるソニア。

「ソニア、僕にはやらなけれいけない事があるんだ。やめてくれ」

「わたしだって、こうしなければ…」

 

 鍔迫り合いまま、にらみ合う。


 ここで、窓際にいることに気づいた。

 窓には板が付けてある。

 シュナイダー様が襲われた時に壊されて、風雨が入らないようしたものだ。

 板はさほど厚くない。


 板か…よし!。


 大きく息を吸ってから、力いっぱいにソニアを押し返す。


「うああっ!」

 

 なんとかソニアを押し返し、体勢を崩す。

 倒れるほどでなかったが、ほんのすこし時間が出来た。


 すぐに僕はロウソク台で窓の板を思いっきり叩いた。何度も何度も。


 誰か気づいてくれ!…。


 ソニアが体勢を戻し、僕に襲いかかる。


 突き出される剣を躱し避けて、机と本棚の間に。


「はあ…はあ…」


 彼女の鋭い眼光。

 

 僕はソニアを見つつ、ゆっくりと後ろに下がるが、椅子の脚に引っかかり尻もちをついてしまう。

 ロウソク台を放してしまい、どこかに転がって行った。

 

「しまった!」


 ショートソードを逆手にソニアが近づく。


 座りこんだまま後ずさり、東側の壁まできてしまった。.もう退路ない。

 もうだめか…。


 ソニアが両手でショートソードを掴み振り上げる。

 僕は両腕で頭を覆い目を閉じた。


「ごめんなさい…」

 ソニアの言葉が切れると同時に何かが破れる大きな音がした。


 バリッ!! 


 何だ?… 


 腕の隙間から見ると、ソニアは背を向け誰かと対峙していた。

 取っ組み合いをしてるようだったが、窓側へ投げられてしまう。


「ウィル様!」


 ソニアを投げた者が、後ろ向きで近づいて声をかけてくる。


 黒装束で頭の左右で髪を纏めてる。


「アリス?」

「はい。こんばんは、ウィル様。大丈夫ですか?」

「あ、ああ…こんばんは。僕は、大丈夫だよ」

 アリスに腕を掴まれ立ち上がらせられた。

 彼女は僕に前に、庇う様に立つ。


 良かった…。

 アリスが来てくれた事に安堵する


「ソニアさん、なぜこんな事を?」

「…あなたには関係ない事。どいてください」

 ソニアはよろめきつつ、立ち上がりショートソードを構える。

「どかない。ウィル様を傷つけるなら容赦はしない」

 アリスはそう言って大型のナイフ二本を抜く。

 その一本を渡された。

「これを持っていてください」

「でも…」

「わたしは一本で大丈夫です」

「わかった」

 受け取ったナイフはショートソードよりも重い。

 彼女はナイフを右手に逆手で持ち構える。その動きに無駄がない。


「ソニアさん、あなたはわたしに勝てない」

「だから?」

「だから、やめて」

 ソニアはアリスの言葉に構えを崩そうとしない。

「そう…」

 アリスは半歩引き、姿勢を低くする。

「だめだ、アリス」

 僕はアリスの肩を掴んだ。

「なぜです?ソニアさんはウィル様を傷つけようとしている」

「そうする理由を知りたいんだ。それに…」

「それに?」

「それに彼女は迷っている。彼女なら僕を殺すことなんて簡単にできたはず。でもしていない」

 

 躊躇してるように見えたんだ。

 僕は書斎に一人。武器も持っていない。身のこなしはソニアの方が上だ。

 一気に片を付ける事ができたはず。


「うるさい!」

 ソニアが突っ込んでくる。

 アリスもそれに合わせ前に出た。

 

 突きと斬撃の応酬。

 ショートソードとナイフが打ち当たり、金属音とともに火花が散る。

  

 僕は格闘は素人だが、ソニアが押されているように見える。 


「くっ…」

 ソニアは距離を取る。

 彼女の息遣いは荒い。

 アリスは特に変わった様子はなかった。


「君が、覚悟を持ってしてることわかった。だから…」

「知ったふうな口を言わないで!。あなたにはわたしがどんな気持ちかわかるはずがない!」


「ああ、分からないね!」

 

 書斎のドアが勢いよく開かれた。

 

 ヴァネッサだ。

 彼女は長剣をソニアに向けつつ、書斎に入ってくる。


「ヴァネッサ隊長…」

「やってくれるじゃないか」

 ヴァネッサの後ろからミャンが出てきて、窓の前に立つ。

 短槍は持っておらず、剣を持っている。借り物か。


「ソニア、やめなよ…君さ、おかしいヨ」

 

「剣を収めろ。もう何もできないぞ」

 ライアは廊下にいるようだ。


 ソニアは周囲にショートソードを向ける。


「わたしはこうするしかなかった…こうしないとあの人が浮かばれないから…」

「訳解んない事言ってんじゃないよ!」

 ヴァネッサの怒号が部屋に響く。


「あんた、自分が何をしようとしてるかわかってだろうね?」

「わかってるから、こうして…」

「そう…自分がこれからどうなるかも、当然分かってるよね?」

 ヴァネッサのドスをきかせた声でソニアに聞く。

「…」

 ソニアは答えずヴァネッサを睨むだけ。

「分かってるなら、覚悟しなよ」

 

「何やってるの!?どいて!」

 廊下から聞こえる声…リアンだ。

「リアン様、今は…」

「ライア、放して!何がどうなってるの?」

 リアン本人は見えないがの焦った声。


「ウィルは?」

「リアン、ここにいるよ。大丈夫だから!」

「ねえ、何をやってるのよ!こんな所で」

 彼女は書斎の戸口に顔を出してしまった。


 リアンは書斎の中の見回し絶句する。


「リアン、あんたは部屋に戻りな」

「…」

 ヴァネッサの声が届いていないのか、呆然と周囲を見るだけ。


「リアン、大丈夫だから部屋に戻ってくれ」

 僕はそう呼びかけるが、彼女に反応はない。


「何これ?ヴァネッサ…どうしてソニアに剣を向けてるの?ソニアが何をしたのよ。ねえ…ヴァネッサ!」

「ソニアはウィルを襲った」

「は?何?なんで?」

 リアンの声は震えてる。


「ソニア、嘘でしょ?」

「本当よ…」

「な、なんで?何なの?意味がわからないんだけど…」

「分からなくていい」

「教えてよ。ウィルは悪い人はじゃないわ…そんなに嫌?何でこんな事するの?…」

「そうじゃない。これはわたしがやらないといけないことなの…でも…でも、もう無理みたいね…」

 ソニアは力弱くそう言ってショートソードをゆっくり下ろして行く。

 

 彼女はふっと息を吐いた後、ショートソードを反し、自身の喉に向ける。


「目的が果たせないのなら…」

「ソニア、やめろ!」

 僕は止めよう前に出ようするが、アリスに止められた。


「迷惑をおかけました…」

 ソニアは目を閉じる。

 そして、ショートソードを…。


「ソニア、やめて!いやああ!」

「くそっ!」

 リアンが叫びしゃがみ込んで、ヴァネッサが剣を捨て駆け寄る。


 しかし、ソニアのショートソードは喉の寸前で止まったままだ。


「なっ?…くぅっ、か、体が…」


「なんだい?」


「動きを封じた。今のうちに」

 エレナだ。

 彼女は右手を広げソニアに向けて立っている。

 魔法か?…。指先が小さく光っていた。


 ヴァネッサとミャンがソニアを取り押さえる。

 僕はリアンに駆け寄った。


「リアン?」

「はあっ、はあっ、はあっ…」

 彼女は短い呼吸を繰り返していた。

「リアン?大丈夫?」

 胸を押さえたまま、僕を見る。

 青ざめた表情。唇が震えてる。

「大丈夫だよ…」

 僕は彼女の肩を抱きしめた。

「リアン、大丈夫だから」

「ソニア…ソニアが…」

「ソニアは大丈夫だよ。ほら」

 リアンをソニアの方に向かせる。

 ソニアはヴァネッサとミャンに両腕を掴まれいた。

 ソニアが無事な姿を見て、リアンは安堵する。が…。


 バチン!


 ヴァネッサがソニアの平手打ちした。大きな音が書斎に響く。

 手の甲側でもう一度。


「ヴァネッサ、やめて…」

「もういい、ヴァネッサ。僕は大丈夫だから」

「あたしの気が収まらないんだよ!」 

 彼女はソニアの胸ぐらを掴み、本棚に押し付ける。

「君がそんなんじゃ、リアンが落ちかないよ」

「ちっ!」

 ヴァネッサは大きく舌打ちする。


 廊下を覗くと、ガルドとレスター他竜騎士達とジルが、剣やナイフを抜いた状態でいた。


「武器を収めてくれ。もう安全だよ」

 そう言ったが、彼らは動かない。

 僕はその事に苛つく。

「何やってる!武器を収めろ!」

 彼らは視線を交わし合うだけ。

「命令だ。全員、武器を収めて、一階へ降りろ!、早くっ!」

 そういうとやっと動き始める。

「誰でもいい、先生達を呼んできてくれ…」

「分かりました」

 ジルがそう言い、竜騎士達ととも去って行った。




Copyright(C)2020-橘 シン

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る