ブレイバーズ・メモリー(2)

橘 シン

エピソード11 仇と、その真実


 王都から帰ってきて二週間ほど経った。

 

 仕事といえば、送られて来る手紙の返信程度で特に忙しくはなかった。


 空いた時間は剣術の訓練(上達はしていない)か竜に乗り、館の周りを走っていた。

 

 何か収入になるものはないかと、日々考えている。

 手っ取り早く得るのではなく、長期的に継続して安定して得られるものがいい。

 

「竹を使うのはどうでしょう?」

 シンディは手を挙げる

「そういうのはどこでもやっているんだ。籠とかざるでしょ?」

「はい」

「作り方は難しくはないから、市場には余るほどある。売れるかもしれないけど、実入りは少ない」

「そうですか…」

 彼女は手を引っ込めた。


 相当凝ったデザインでなければ、差別化は難しい。


「アクセサリーは?」

「同じだよ」

「そう…」

 リアンが思いつくくらいだ。誰でもやってる。


 色々考えたが、どれもうまく行きそうにない。

 技術が必要な物や原材料の調達、値段等…。

 僕自身が見落としてるのかも。


「とりあえず、頭の片隅においておきましょ。今は補助金があるし」

「うん、そうだね」

 資金が逼迫しているわけじゃないからね。でも、必ず解決しなければいけない課題だ。


 昼過ぎ。


 廊下が騒がしくなる。


「待ちなよ!」

 ヴァネッサ?。

「先にあたしの話を聞きなって」

「聞かなくても、わかってます」

 誰だろう。聞き慣れない声だ。


「まさか…」

 リアンが小さく呟く。


 執務室のドアが勢いよく開かれる。

 そこには女性が一人。後ろにはヴァネッサがいる。


 女性は長めの髪を後ろで纏め、簡易的な革鎧を身に着けていた。

 腰にはショートソード。革製の鞄を肩に斜めがけしている。


「…」

 彼女は黙ったまま、僕を凝視する。

「や、やあ」

「やっぱり、ソニアだったのね。おかえり」

 リアンが笑顔でソニアに話かける。


 ソニア…この人が…。


 ソニア・バンクス

 リアンの友人。


 スラリとした体格。

 身長は僕と同じくらいか。


 シュナイツにはたまに帰ってる程度で定住はしていないらしい。


「あなた、何者?」

「え?ああ、ごめん…」

 僕は立ち上がって、右手を出した。

「はじめまして、僕はウィル・イシュタル…」

「そうじゃないって!」

 彼女は眉間に皺をよせ、怒鳴る。

「あなたは、シュナイダー様の何なのよ」

「何なの、と言われても…」

 返答に困る。


 ヴァネッサが僕が領主なった経緯を説明してる。


「遺言状の件も知ってる。わたしが知りたいのはどうして無関係な彼が領主なのかって事」

「それはシュナイダー様に聞くんだね」

「隊長はいいんですか?」

「ああ」

 ヴァネッサは事も無げに答える。

「ああって…。シュナイダー様の後継ですよ?」

「そのシュナイダー様の遺言だし。それに決まった事、正式にね」


 ヴァネッサとソニアの会話中、リアンが何か言いたそうな顔をしていた。

 彼女と視線があったが、そらされてしまう。


「リアン、あなたはいいの?」

「え?…うん」

「あなたが引き継ぐべきじゃなくて?」

「彼女には荷が重いと思って、僕が承けたんだ」

「あなたには聞いてない」 

 ソニアは僕を睨む。

「いい加減にしな。あんたが何言ったって覆らないんだよ…」

 ヴァネッサはソニアの肩を掴んで諭す。

 ヴァネッサの言葉に、ソニアは大きく息を吐く。

「どうして…」


「ソニアさん、まずは休まれてはいかがですが?」

 シンディがソニアに勧める。

「そうしたほうがいいわ。疲れてるのよ。まずは休んで落ち着きましょう」

「ええ…そうね。そうさせてもらう…」

 ソニアは執務室を出て行く。


 もっと早く帰るべきだった、と言って。


「ヴァネッサ、彼女にシュナイダー様の例の件は?」

「言ってないよ。言う前にあれだよ」

「そう…混乱というか動揺してるみたいだね」

「ちょっと様子見する?」

「その方がいいね」

「私も」


 動揺して当たり前。

 僕だって信じられない気持ちだった。


 ソニアは夕食時には落ち着いた様子で現れた。

 

 ライア、エレナ、ミャン、アリスとジルにはあらかじめシュナイダー様の例の件は会話に出さないよう言ってある。

 使用人、兵士にも同様に。


 夕食はいつものメンバーにソニアを加える。

 席はリアンとミャンの間。


 ソニアの表情は優れない。

 質問には答えてくれるが、それだけで会話が途切れがちだ。


「シュナイダー様の訃報はどこで?」

「帝国で」

「そう」


「帝国内じゃ、どんな反応なの?」

 ヴァネッサが夕食を口に運びながらソニアに尋ねる。

「特に反応はないです」

「そう…まあ、戦争終わってかなり時間がたってるからね」


 王国では話題になっただろうが、帝国では他人事なんだろうか?。


「敵国の将に興味はないのか?」

「過去の人なのさ」

 ライアの疑問にヴァネッサが答える。

「シュナイダー様は戦後すぐに軍から離れたし。それもあるかも」


「君は世界中回ってるそうだけど、シファーレンやサウラーンにも行ったある?」

「ええ…まあ…」

「そう。僕はまだ海を渡った事がないんだ」

「そうですか…」


 ソニアのそっけない態度にリアンが苦笑いを浮かべてる。 


 夕食が終わりソニアはすぐに出て行った。


「どうすんのさ。シュナイダー様の事言える雰囲気じゃなくない?」

「しかし、言わなければいけない」

「うむ。あまり先には延ばせないぞ」

 ミャン、エレナ、ライアの言葉にヴァネッサがため息を吐く。

「わかってるよ…」


「知ったら、きっとショックを受けるわ…。ソニアもシュナイダー様にお世話になったから」


 ソニアには家族がいないらしい。

 六歳頃まで知人の家で育てられ、その後シュナイダー様が後見人となり、リアンと同じ寄宿学校に来た。


「ソニアは明るくて前向きな子よ。親がいない事を笑い飛ばすくらいに。私は彼女に助けられた」


 リアンがソニアと出会ったのは、リアンが両親を亡くしてからだ。


「ソニアはリアンの過去を知ってるの?」

 僕の問いに彼女は首を横に振る。

「私からは話してない。シュナイダー様から聞いてるかもしれないけど。私からもソニアの過去を聞かなかった」

「そうなんだ…」

「お互い両親がいない事は話したんだけど、それ以上は踏み込んじゃいけない気がして…。私はそれが楽というか…むしろ嬉しかった。ズケズケ聞いてくるクラスメイトがいて、嫌だったから」

 リアンは両手でティーカップをいじりながら話してくれた。


「明日、話すよ」

 ヴァネッサが小さく息を吐きつつ話す。

「受け止めてもらわないといけないからね」


 夕食が終わり、それぞれの部屋へ。


 寝間着に着替えて後は寝るだけだが、僕はマイヤーさんを帰して書斎へ向かう。

 

 王都から帰って来た後、書斎でシュナイダー様が書かれた兵法書を写し書きするのを始めた。


 書斎の使用にはリアンに了解を得た。

 

「書斎でしなくてもいいんじゃない?執務室か自分の部屋ですればいいのに」

 と、リアンは言っていたね。


 書斎はシュナイダー様が亡くなった場所。血の痕も残っている。

 そんな場所だけど、あえて僕は書斎を選んだ。

 前にも言ったけど、閉ざしておくよりも使った方がいいと思ったいたから。

 シュナイダー様はどう思うかは分からないけど…。


 気味が悪いと思うかもしれない。

 シュナイダー様が化けて現れるんじゃないかとね。

 

 僕はそういう風に思ってはいない。むしろ出てきて欲しいと思っている。

 そういう事が一度あって、シュナイダー様に聞きたい事が聞けなかったし、聞きたい事がたくさんあるから。

 あれ以降、あんな事はない。


 あ、因みに掃除は自分でしているよ。僕以外、抵抗あるみたいだから。


 兵法書の写し書きにはヴァネッサの了解を得た。.

 ヴァネッサはそんな事しなくていい、と言っていたけど、やりたかったんだ、僕自身が。

 

 ただ写し書きしてるわけじゃない。

 シュナイダー様の言葉は回りくどい。(失礼ながら)

 なので、僕自身が読み解き噛み砕いて分かりやすい言葉に置き換えている。

 

 僕が兵法を覚える必要はない。が、知識を獲得する事は無駄でないだろう。

 兵法以外の事も書かれているし。


 知識は力だ。

 知識をもって最適、最良、最善を選択、判断していく。


 発光石を持って書斎へ。

 

 書斎に入り、机のスタンドランプの中に発光石を入れる。

 手元は照らされる

 これで書くのに支障はない。

 

「さてと…」


 ホコリ避けの布を取り、椅子に座り作業を始めた。


 兵法書の文を読み、頭の中で分かりやすい文に変えていく。

 清書する前に数度、別紙に書いて確認。それから清書する。

 

 兵法部分についてはヴァネッサや他の竜騎士の意見を参考に文章を考えることもある。

 彼らが容易に理解出来なければ、意味がない。


「次は…」


 写し書きのペースは遅い。

 仕方無いんだけど、いつ終わるか分からない。あまり根を詰めるとリアンに怒られるし。


 トントン。


 書斎のドアがノックされた。


 ほらね。リアンだよ。

 そんなに時間は経ってないと思うんだけど…。 


「リアン、もう少しだけやらせてよ」


 ドアが開かれた。


 おかしい。リアンは書斎には入らたがらない。

 いつもはノックか、声をかけられる。


「誰?」


 薄暗い入り口に立つ人物に声をかける。


 スラリとした立ち姿と、髪型。


「ソニア?」

「はい…」

 そう言いつつ入って来て、後ろ手にドア閉める。


 こんな時間になぜ?。

 左手に何かを持っているのが見えたが、暗くて判別は出来なかった。


「用事なら明日にしてほしいんだけど…」

 彼女の様子が何かおかしい。

「僕は寝るよ」 

 そう言って立ち上がった。

 

 彼女から不穏な雰囲気がする。


「そのまま動かないで」

「はい?」


 彼女は左手に持った物を前に出す。


 ショートソード?


「あの、ちょっと…何を…」

 

 この状況。明らかに僕を狙ってるよね?


「あなたは恨みはありませんが、わたしの気持ちが収まらない」

 彼女はそう言いながら、ショートソードを引き抜く。

「死んでください」

「は?」




Copyright(C)2020-橘 シン

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