第25話

 太陽が輝く、晴天の日のことである。

「あの人、どこへ行ったんでしょうね」

 全てが明るみに出てしばらく、若い武士と陰陽師はぶらぶらと歩いていた。

「きっと、私のような者には知ることすら出来ない高貴なお方ですから、どこへでも行かれるのでしょう」

「高貴って。ずいぶん傾倒しているようですね」

「あんな妙技を魅せられたんです。当たり前ですよ」

「ああいうのは、陰陽師の技の一つなんですか?」

「そんなわけありませんよ。きっと、もっと高貴な技なんでしょう」

「そういうものですか……」

「じゃあ、あなたはどう思うんです?」

 若い武士は考えると、「分かりません」首を振った。

「まだ寝てるあのおっさん、藪の中で気を失った状態で見つかった時、足はありましたしね。あの不思議な術は、いったい何だったのか。まるで幻のようでした」

「二度と目を覚ますことなく夢の中でずっと苦しみ死んでいくのか、あるいは目覚めて殺人鬼として罰せられ処刑されるのか……私にも何も分かりません」

 陰陽師は腕を組むと、空を仰いだ。

「しかし、この世の在り方を決めるのは、私たちですからねえ」

「それは、あなたが裁く側の人間になるってことですか?」

 若い武士の問いかけに、陰陽師は「さて」と額をこつんと叩いた。

「私はただの陰陽師ですから……しかし、出来ることならあのお方に付いて行ってみたかったものです」

「付いて行ってどうするんですか?」

「師匠と呼ばせていただきます」

 若い武士は、「ああそうですか」と気のない返事をする。

「それは鬱陶しがられそうですね」

「罵倒されるのは慣れているもので」

「それは……すいません」

「もう気にしていないですけどねえ」

 陰陽師は意地悪く言う。

 犯人が見つかったことで、地に落ちた陰陽師の評判は上昇中である。お詫びの品を受け取った陰陽師は、「今さらですが」とそっけない態度だった。

「私は心が広いですから、一度くらいの過ちでどうこうしようとは思いませんよ。失敗は、誰にでもあることです。でも、分かっていながら何度も繰り返すのは、あまりにも悪質ですよねえ。全ての人間が、改心できるとは限りません。どうしようもない人間というのも、確かに存在する――」

 陰陽師は両腕を空へと伸ばし、手の平を太陽に透かすようにした。

「しかしあの方、失せ物を返しにと仰っていましたが、いったい何ものだったんでしょうね。神の使いか、あるいは……」

 真剣に考え始める陰陽師をよそに、若い武士は「今さら何でも良いでしょう」と、頭の後ろで手を組んだ、

「あの人は、苦しんでいる人を助けに来てくれたんですよ」

 陰陽師はふと顔を上げた。

「あなた、たまには良いことを言いますね」

「私の友人を、救ってくれたので」

「……そうですか」

 陰陽師はゆっくり青空を見上げると、「私たちも、そうありたいものですねえ」とのんびりとした口調で言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る