第21話
ぼんやりとした灯の中、男と陰陽師が対面している。砕けた様子で座る陰陽師とは対照に、男の細い指先は膝の上、口元は感情が推し量れない形のまま、畳の上に正座をしている。月明かりに照らされる男は、この世ならざるもののようであった。
「静かですねえ」
陰陽師は腕を組むと、「落ち着かない」と小さな声で続ける。
「そうですか」
「そうですかって、私はあなたのせいで落ち着かないんですよ」
「それは」
男は口を閉じると、「申し訳ないことを」と続けた。
「私も、あなたの正体を見極めないと気が済まないので、謝っていただく必要はありませんけど」
陰陽師は手持無沙汰に、手をぐるぐると回しては開くことを繰り返している。男は何をするでもなく、時々瞬きをするだけである。
「暇ですねえ」
「そうですか」
「そうですかって、あなたは暇じゃないんですか?」
陰陽師は理解出来ないという顔で、男を見る。男は視線をつーと移動させると、爛々と輝く月を見上げた。陰陽師もつられて見上げ、不気味な光に眉を潜めた。
「今夜、何か起きるとお思いですか」
男の問いかけに、陰陽師は「そうですねえ」と顎を撫でた。
「起きた方が、あなたにとっては良いでしょうけど。そう簡単にいけば苦労はないでしょう。少なくとも、私には鬼の気配もしませんし」
すると、がたがたと音がして、襖が開いた。陰陽師は姿勢を正す。
「外は、特に問題ないようです」
入って来たのは、若い武士である。静かに部屋へ入ると、膝をついた。
「とても積極的に協力してくれるんですねえ。驚きました」
「仕方がないからです。今夜だけですよ」
陰陽師の軽口に、若い武士はそう応じると、「私だって忙しいんですから」と付け加える。
男は若い武士をじっと見つめた。
「何か?」
若い武士が居心地悪そうに言うと、男はすっと美しい所作で両手を挙げ、人差し指を立てると頭の上にそれを置いた。
「あなたは、鬼を見られた、とお聞きしましたが」
「お、に……?」
若い武士は呆気に取られている。
「おや。鬼とは、こういうものではなかったのでしょうか」
男は鬼の角を外すと、両手を膝の上に置いた。陰陽師は口元を押さえて肩を震わせている。
「確かに、見ましたけど……?」
若い武士は一歩下がる。男は灯の中にぼんやりと座っていた。
「鬼とは、いったいどんなものに見えましたか?」
「え、っと……黒く大きな身体で……鋭い牙を持っていました」
「それから?」
「それから……そうですね、何せ一瞬だったもので……」
「よく見えなかった、と」
「そうです」
若い武士は目を伏せている。陰陽師はその様子を、横目で盗み見るようにして腕を組んだ。
すると若い武士はふと顔を上げ、「外が騒がしいですね」と襖から様子を伺う。
陰陽師は「外?」と若い武士の後ろから顔を出した。
「まさか、もう鬼が出たとか?」
「いえ、そんな風には見えません。少し、見てきます」
若い武士は言うなりさっと姿を消すと、すぐに戻って来てこう言った。
「相良の君の姿が見えないそうです」
青白い顔の若い武士は、この中の誰よりも動転していた。陰陽師は男を見て、「鬼の仕業でしょうかね?」とのんびり言う。
男は表情を変えずに立ち上がった。
「さて、どうでしょうね」
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