第19話

 その日、姿を見せたのは、あの派手な陰陽師である。歩くたびに罵倒を投げつけられても、陰陽師は涼しい顔だ。

「よく顔を出せたな!」

「新しい陰陽師を連れて来い!」

「人でなしが!」

 聞く耳持たずで、堂々と歩いて行く。しかし人々は、陰陽師の後ろを歩く一人の男を見ると、一斉に口を噤んだ。

「なんて美しい殿方……」

 辺りからはうっとりとした声が漏れ出る。

 対して、陰陽師は言う。

「いけませんよ。この人、鬼かもしれませんから」

 そして陰陽師は、若い武士の元へやって来た。

「怪しい男を連れて来ました」

 開口一番、陰陽師が連れてきたのは、切れ長の瞳を持つ美しい男である。

 若い武士は呆気に取られた様子で、「怪しいって……」と言ったきり、美しい男をまじまじと観察している。

「別の陰陽師を連れて来るのは、少し待っていただきたい。やはり、鬼の気配はしませんから。そこで、偶然なんですが、証言と同じく美しい男を見つけたもので、一度、謎の男を見たという方に、確認していただきたく」

 切れ長の瞳の男は、会釈をする。若い武士は見惚れたようにしていたが、慌てて自身も頭を下げた。

「ああ、なるほど。ただ、今は少し……」

「ご都合が悪いですか?」

「伏せっているんです。怪我をしてしまって。ああ、全く大したことはないんですが、今はまだちょっと……」

 若い武士は歯切れ悪く言う。自分が怪我をさせたとは言いたくないのである。

「それに、顔をはっきり覚えていないと言うもので、会っていただいても分かるとは限らないかと……あ、そもそも、人の仕業ではないですし」

「それは困りましたねえ。せっかく連れて来たのに」

 陰陽師の口からは、「顔すら覚えてないなんて」と不満が溢れている。

 すると、それまで沈黙を貫いていた、疑いをかけられている男が、口を開いた。

「それにしても」

 二人はその美しい男に注視する。

「この京に、鬼が出るとは、物騒な話で」

「いえ、だから、鬼の気配はないんですってば。あなた、疑われている立場なんですよ」

 陰陽師が言うと、男は頷いた。

「確かに、私は色んな場所を渡り歩いてきましたが、鬼に会ったことはありません。いるのは、人の形をした、鬼」

 男は、切れ長の瞳に二人を映す。

「果たして、鬼の正体は、いったい何なのでしょうね」

 背筋が凍えるような声に、陰陽師と若い武士は顔を見合わせた。

「……じゃあ、少しこちらでお待ちいただいて良いでしょうか。様子を見てきます」

 若い武士は一礼すると、さっと姿を消した。

 残された陰陽師は、男を見つめる。男が見つめ返せば、陰陽師は居心地の悪い顔をした。両腕をさするようにしながら、目を逸らして言う。

「しかし、私に負けず劣らず、美しい顔を持っていらっしゃる。その目で見られると、眩暈を起こしてしまいそうですよ」

「よく、言われます」

「正直な方ですね。嫌いではないですよ、そういうのは」

 男に表情はない。陰陽師は「分かりにくい人ですね」と呟いた。

「あなた、何ものなんですか?」

「私はただの庶民ですよ」

「違いますよ。私にはとうてい、そうだとは思えません。何かある、と私の本能が訴えています。こう見えて私は、腕利きと呼ばれていましてね。まあ、今となっては評判もがた落ちですが」

「そうですか」

「目的は何です?」

 陰陽師の目が光る。

「あなたは何をしにここへ来たんですか」

 男は陰陽師を一目見ただけで、口を閉ざした。

「私に連れて来られたから、なんて答えは期待していませんから。あなたの隣にいるのは、私にとっては苦行に近しいものがある。私は生まれつき、色んなものに敏感で」

「ならば、私などは捨て置いて」

 陰陽師は、男の言葉を遮った。

「そうもいかないんですよ、これが」

 陰陽師はにんまりと微笑んだ。

「あなたみたいなモノに、会ったのは初めてだから」

 男は何も言わず、切れ長の瞳で陰陽師を見つめていた。そこに表情はない。

「人間か妖か、善のものか悪のものか、はたまた全く別モノか……何も分かりません。分からないことは恐ろしい、確かめたい、見極めたい……そういう心が、あなたにも少しくらい理解出来てほしいところですねえ」

 男に表情はない。ただ、切れ長の瞳で陰陽師を見つめている。陰陽師は目を逸らした。

 すると、若い武士が帰ってきた。小走りである。

 若い武士は開口一番、浮かない表情で「すいませんが」と言った。

「駄目でしたか?」

「はい。魘されていて、当分起きそうにないかと」

「それは困りましたね」

 陰陽師は腕を組む。若い武士は、「すいません」と頭を下げる。

「あなたが怪我をさせたわけでもなし、謝る必要はありませんよ。ただ、犯人である証拠もない、犯人でないという証拠もない。これでは、何ともしようがありませんねえ」

 若い武士はしばらく目を伏せていたが、「改めて出直していただくというのは?」と提案する。

 すると男は突然言った。

「私が鬼ではないという証拠なら、お見せ出来ますよ」

「何ですって?」

 二人は驚いて男を見る。

「私がお二人の前にいる時に、別の場所で鬼が見つかれば、鬼は私ではないということになります」

「確かにそうですが」

 陰陽師が言うと、若い武士が間に割って入る。

「しかし、そんな悠長なことをしている時間はないんですよ。鬼がいつ現れるかなんて、誰にも分からないんですから。あなたにだって、いろいろと用事があるでしょう? こんなところで捕まっているのは、時間の無駄になってしまう。私が疑われる立場なら、そう考えますが」

「しかし、私はそうは思いません」

 男は言った。

「時間なら、たっぷりあるもので」

 男は続けた。

「疑いが晴れるのであれば」

 すると、陰陽師が「なるほど」と呟く。

「本人がそう言っているのですからねえ」

 ちらと二人の視線を感じた若い武士は、小刻みに頷いた。

「では、一旦今夜だけ、というのは?」

「よろしければ、私も協力させていただきますよ。鬼の気配すら分からない陰陽師など、いたところで邪魔かもしれませんけどねえ」

「そんなこと、誰も言ってないじゃないですか」

「さあて、どうだか」

 男は黙って、二人の会話を聞いている。

「それでいいですか?」

 若い武士に問いかけられ、やっと男は「よろしくお願いします」と応じた。

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