第11話
陰陽師は、「丁寧な仕事をさせていただきましたよ」と言い残すと、軽い足取りで帰って行った。宮中の人間たちは、陰陽師の言葉を信じたものか測りかねていた様子だったが、昨夜よりはずっと明るい表情で、朝を迎えていた。誰もが、もう二度と鬼など出ないと、信じたかったのだろう。
晴天。清々しい朝である。若い武士は、辺りを見回しながら歩いている。誰かを探している様子である。すると、ぱっと表情を明るくした。
「相良の君ではありませんか」
若い武士は、嬉々として声をかけた。
「奇遇ですね。こんなところで出会うなんて」
ほくほくとした顔で、若い武士は微笑む。相良の君も遠慮がちに微笑み返す。
「そうでしょうか? 私はいつもこの辺りにいますから」
すると若い武士は、少し頬を赤くする。
「やはり、全てお見通しですね、実は、あなたに会いに来たんです」
若い武士は言うと、照れたように笑う。
「このところ、大変ですからね。昨夜は、陰陽師が来ていましたが、鬼は退治されたんでしょうか」
「そうだと良いんですが」
相良の君は暗い表情だ。若い武士は、一歩相良の君へ近づいた。
「鬼を見たそうですね?」
「……ええ」
「すいません、昨日は少し出ていたもので……そうでなければ、すぐにでもお側に駆け付けたんですが」
「いえ、私は大丈夫ですわ。ただ、見ただけですから」
「無理はなさらないで下さい。昨夜はかなり憔悴されていたと聞いたもので……今朝方、話を聞いたのですが、いても経ってもいられず来てしまいました。ところで……思い出させてしまうのは、非常に心苦しいのですが、良ければ、見た時のことを、もう一度教えていただけませんか?」
相良の君は顔を上げる。
「聞いて、どうなさるのです?」
「こういう言い方は語弊があるのですが、あなたは貴重な目撃者です。今後のためにも、情報はなるべく多い方が良いですから。もちろん、話したくないということであれば、無理にとは言いません」
相良の君はしっかりと若い武士を見つめて頷いた。その表情には強さがある。
「いえ、お話はさせていただきます。今後の役に立つのなら」
「きっと、そうおっしゃっていただけると思っていました」
若い武士は穏やかに微笑むと、口を閉ざした。
相良の君はしばらく考えるように目を伏せると、やがて顔を上げた。
「その時は、一人で片づけをしていたんです。そして、ふと何かの気配を感じて、顔を上げると、襖に何か影が映っているのが見えました。私は何だろうと思って、襖を開けたんです。そしたら……」
「鬼がいた、と」
「そうです」
「どんな見た目でした?」
「大きな身体で……鋭い、牙で……真っ赤な舌を」
「ほう、なるほど」
「あとは、あと……ごめんなさい、詳しくは覚えていないんです。ぱっと見て、あまりのことで驚いてしまって、大声を出して」
「その後、鬼は消えたのですか?」
「動揺して、次に見た時にはいなくなっていました。どちらへ向かったのかも、分からないんです。私以外、誰も見ていませんから」
「それだけの巨体が、ぱっと風のように消えた、と」
「本当なんです!」
相良の君は、若い武士の手を握った。若い武士は、顔を赤くする。
「も、もちろん、嘘とは思っていません。真実を話していただいていると、私は確信していますから」
「私、恐ろしくて」
「そうですよね。私は見ていませんが、とてつもない恐怖だったのだろうと思います。誰も、相良の君を疑っていませんよ。見たまま、ありのままを私たちに話して下されば良いのです」
「ありがとう、ございます」
「暗かったでしょうし、かなり動揺されていたようですから、詳細を覚えていないのは当然のことです。思い出させてしまい申し訳ありません」
「いえ、とんでもありません」
「もし、今後新たに思い出されたことがあれば、いつでもお話を伺いに参ります。どうぞ、今日もゆっくりお休みになって下さい。では、私はこれで」
若い武士は四十五度の礼をすると、くるりと踵を返した。相良の君は、不安げな様子で背中を見送っていたが、やがて表情を変えて目を伏せた。
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