第10話

「本当に、鬼を見たの?」

 相良の君の背中をゆっくりと撫でながら、少年武官は問いかけた。相良の君は憤慨したように顔を上げる。すっかり身体の震えは止まり、顔には色が戻っていた。

「私を、疑っているの?」

「そうじゃないよ、そうじゃないけど……昔から、怖いもの知らずっていうか、むしろ怖いもの見たさで未知の場所へ踏み込んでいくような人だったから……」

「子供の頃とは違うのよ」

 相良の君は、ぴしゃりと言った。

「本当に、見たのよ。……信じて」

 相良の君の瞳は、美しく伏せられている。少年武官は、背中を撫でる動きを止めた。

「疑っているわけじゃないんだ。そういうんじゃなくて……ごめん」

 すると相良の君は、少年武官の胸へ顔を沈めた。少年武官は、驚いて顔を赤める。

「え、あの……?」

「怖いのよ」

「怖い?」

「とても、恐ろしいの」

 相良の君は、また肩を震わせている。くぐもった悲壮な声を聞けば、誰もがこの少女を哀れに思うはずだった。少年武官は、その華奢な身体を抱き寄せた。

「ごめん。僕に、力がないから」

 相良の君は顔を上げる。

「力?」

 二人は至近距離で見つめ合う。互いの瞳に映るのは、互いの姿だけである。

「……鬼を、退治する力も、何も」

 少年武官は、手に力を込めた。

「ごめんね」

 少年武官は、相良の君の身体を離すと、「くれぐれも気を付けて」と言った。相良の君は、名残惜しそうにその体温を確かめると、少年武官の頬に触れた。

「そんな顔、しないで」

「……ごめん」

「謝らないでよ」

「ごめん」

「ほら、また。昔っからそうなんだから。優しすぎるのよ」

「優しくなんてないよ」

 少年武官は真っ向から否定をする。苦々しい顔つきの奥で何を考えているのか、他者には推し量ることも出来ないだろう。

 相良の君は、儚げな表情で言った。

「ねえ」

「何?」

「……私が、鬼に食われてしまったらどうする?」

 少年武官の弱弱しかった瞳が、途端に光を取り戻す。相良の君は、吸い込まれるように少年武官を見つめた。

「いいや、そんなことはさせない」

 少年武官は力強く言った。

「絶対に、そんなことはさせないから」

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