第39話


 気がつけば伯爵邸に着いていた。


「ターナおぼっちゃま。お帰りなさい」


燻し銀のような素敵な姿の執事が出迎えてくれている。


「ただいま、ファルム。父上と母上はいるか?未来の妻を連れて来たと伝えてくれ」


え?妻!?


展開が早すぎない?と一瞬固まってしまったわ。私と同じくファルムさんも妻と言う言葉に固まってしまったわ。


「ターナ様、私達はまだ婚約も「おぼっちゃまの横におられる方が未来の奥様なのですね!!!急いで邸の皆に知らせて参ります!!!」」


違う意味で固まってたー!ファルムさん涙が滝のように流れている。そして後ろにいた侍女さん達も泣きながら去って行ったわ。


え?どういう事!?


「あ、あの、ターナ様。私はどうすれば…」


「トレニア、サロンはこっちだ。心配しなくていい。ファルムはちょっと涙脆いだけだ」


何かちょっと違う気もしなくもないけれど、とりあえずこの場は静かにしているべきよね。


「おぼっちゃま、旦那様と奥様が来られました」


ファルムはそう言ってサロンの扉を開けると後ろからターナ様のお父様とお母様が目を真っ赤にしてサロンに入ってきた。どういう事!?


「ターナ、待たせたね。そちらが我が伯爵家へと、ターナの奥さんになってくれるという方かい?」


「ええ。彼女と今すぐにでも結婚したいと思っています」


「ごめんなさいね、お名前を伺ってもよろしいかしら?」


ターナ様のお母様が心配そうに尋ねた。


「私、トレニアと申します。現在ファーム薬師長の下で薬師として働いていてターナ様には良くしてもらっています」


するとターナ様のお父様がぐわっと目を見開いて立ち上がり、私の両手を取る。


「君が噂のファーム公爵の愛弟子か。噂はかねがね聞いているよ。とても素晴らしい方だと聞く。確かガーランド侯爵家のお嬢さんだったね。


君が我が家に嫁に来てくれるなんて!!ターナ!でかしたぞ!すぐ婚姻届を!逃げられる前に!」


えええ!?


私は驚きと共にぶんぶんと振られる手にどうしていいか分からず周りを見ると、ターナ様のお母様も執事のファルムも後ろで控えている侍女達も涙をハンカチで拭いている。


何!?この状況!?


「父上、トレニアが困っています。まず、手を離して下さい。俺の嫁に触れないで頂きたい」


よ、よめ!ターナ様はお父様を私から切り離し席に座らせる。


「トレニア、これで分かったかい?我が家は君を大歓迎なんだ。僕達が婚姻するのに何の障害も無いんだ」


「トレニア嬢、驚かせてすまない。我が息子ターナの何処を気に入ってくれたのだろうか?」


私はターナ様のお父様が被せ気味に聞かれたのでちょっと焦る。


「えっと、ターナ様は職場で優しくて紳士だし、薬の知識も凄くてお話ししていても楽しいと思います。今日は初めてターナ様からデートの誘いがあって植物園に行ったのですが、そのまま伯爵家に付いて来てしまい申し訳ありません」


ドギマギしながらも話をする。


「初デートだったのね!?もぅ、ターナ、お母さんは心配だわ。いつも初日からご令嬢達を怒らせてしまうのだもの。トレニアさんは大丈夫かしら?びっくりしたでしょう?無理難題を吹っ掛けられていないかしら?」


横からターナ様のお母様が聞いてくる。


「初めてのデートで妻にと言われて驚いてはいますが、ターナ様は素敵な方なのでこのままお付き合いをさせて頂きたいかなと思っています」


私の言葉を聞いたターナ様以外の人達は一斉に拍手し始めた。


え!?どういう事!?


何か間違えた?


「ターナ、この素晴らしいご令嬢を逃してはいけない。すぐに婚約の手続きを!」「あ、あの。伯爵様」


「何だい?未来の我が娘」


「私、平民で貴族ではないので婚約は難しいと思うのですが…」


身分違いで付き合えないのはよくある事だし。


「それは大丈夫だよ。我が家は平民でも何ら問題ない。そうだな、強いて言えば夜会の時に君を悪く言う令嬢が居るかもしれんな」


「父上、トレニアの父上、ガーランド侯爵に復籍願いを出せば大丈夫だと思います。トレニア、家に戻りたく無ければファーム薬師長に頼むかい?」


「そうですね。養女となるには貴族達の顔合わせや紹介等、時間や手続きがありますから薬師長にはお手を煩わせる訳にはいかないですし、父にお願いをしてみます」


「そうか。ではこちらで出来る書類をすぐに用意しよう。ファルム、すぐに執務室へ!!」


ターナ様のお父様とファルムさんはさっと部屋から出て行ってしまった。


「トレニアさん、書類が出来るまでターナと中庭に散歩してきてはどうかしら?」


ターナ様のお母様は目を赤くし、微笑みながらターナ様に連れて行くように促しているわ。


「そうだ。トレニア、中庭へ案内しよう。俺の自慢の植物を紹介しないとね」

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