待って!

『なんなの…? どうしてこんなことになったの……? 何が起こったの……?』

 地面に倒れ伏して空を仰いでいたシェリルは、朦朧とする意識の中でそんなことを考えていた。

 何が起こったのか、彼女もよく分かっていなかった。ただとにかくまばゆい光が奔り抜けたと思ったらその瞬間に服が燃え上がり、炎に包まれたのだ。

 それは自分で地面に転がったこととフィが葉の付いた木の枝を折ってそれで叩いてくれたことで消えたものの、その時点でシェリルは体の半分近くに重度の熱傷を負っていたのだった。すぐに手当てしなければ間違いなく命に係わるものだ。

 体の右半分、頭髪は焼け焦げて失われ、元々露出していた顔や首筋、右手首より先の皮膚は焼きすぎた肉のように変色し、服に覆われていた部分も燃え上がったそれで焼かれて黒く煤けていた。

『さ…寒い…! 寒い…!!』

 体の半分近くの皮膚が完全に死滅し、体温調節ができなくなったシェリルは猛烈な寒気に襲われていた。ショック症状が始まっていたのだ。今すぐ適切な処置を受けないと彼女は間違いなく死ぬ。だが一緒にいたフィは、次々と襲い掛かってくるブロブの対処でそれどころではなかった。

「くそっ!」

 フィの、表情が殆ど分からない顔にも明らかな焦りが浮かんでいた。囮として利用していざとなれば使い捨てるとシェリルのことを軽く見ていたつもりのフィだったが、いざ目の前で傷付き倒れた彼女を見ると放っては置けなかった。

「シェリル!!」

 そんなフィの耳に、叫び声が届く、ちらりとそちらに視線を向けると、そこには二人の男がいた。白髪交じりの男と三十代くらいの男。バレトとネドルだった。カルシオン・ボーレを振り切り駆け付けたのである。

「くっ! 急いで病院へ!!」

 シェリルの姿を一目見て危険な状態だと見抜いたバレトが彼女を助け起こそうとする。だが、そんな彼の前にブロブが立ち塞がった。

「!?」

 グレネードマシンガンを構え引き金を引こうとした瞬間、バレトの耳に聞こえてきた音、いや、<声>があった。

「マッテ! サキニ…!!」

『待って。先に』と<そいつ>は確かにそう言った。バレトの目の前にいたブロブの表面に人間の口のようなものが浮かび上がり、それが言葉を発したのを、バレトは確かに見た。しかし、その言葉を発したブロブが爆散する。フィだ。フィの放ったグレネードが命中したのである。

『何だ!? 今、ブロブが何かを言おうとしたぞ!?』

 バレトは冷静にその事実を把握していた。にも拘らず、フィは先程から話し掛けようとしているブロブの声を無視し、機械のようにそれを次々と倒していく。


 バレトは生粋の軍人であり、敵と見做せば相手がたとえ子供であろうと容赦はしない。しかしそれは同時に、相手が敵だと判断できなければ敵かどうかを見極める冷静さと合理性も兼ね備えているということだった。

 先程、カルシオン・ボーレのパワードスーツの周りにいたブロブからは強い敵意を感じたが、今、ここにいるブロブ達からは何故かそれが感じ取れなかった。しかも、『マッテ! サキニ…!!』と人間の言葉を発したのだ。

 バレトは、ブロブにそんな能力があるとは聞かされていなかった。人間の言葉を話す能力があるということなど。

「やめろ! 少し待て!! 確認したいことがある!!」

 羅刹の如くブロブを容赦なく殺していく<黒尽くめの女>の前に立ちはだかり、バレトがそう叫んだ。

「邪魔を…するな……!!」

 フードを目深に被ったその女は、とても人間のそれとは思えない燃えるような目で彼を睨み付けた。バレトも何度も見たことがある目だった。憎悪に我を忘れた人間の目だ。

「私はそこに倒れている娘を救いたい。彼女は私の家族だ。その為に確認したいことがあるだけだ。三十秒、待ってほしい」

 <黒尽くめの女>、フィの目を真っ直ぐに見詰め返しながら、バレトは冷静に、しかし毅然とした態度でそう言った。その気迫に圧されたかのように、フィの動きが止まる。

 するとブロブの動きも止まった。襲い掛かってはこない。そして口々に叫んだ。

「ニンゲン、シンジャウ!」

「ハヤク!」

「ハヤクシナイト!」

『早くしないと人間が死んじゃう』。ブロブ達は口々にそう言っていたのだ。

「助けられるのか!?」

 バレトが問い掛けると、

「タスケル!」

「タスケル!」

「シナセナイ!」

 と応えた。

「な…あ…!?」

 その光景に、フィが声を詰まらせる。

 茫然とする彼女の前でバレトはなおも言った。

「シェリルを、私の娘を助けてくれ!!」

 彼の言葉に応えるように、一匹のブロブがシェリルに近付いていく。

「!?」

 それに狙いを付けたネドルを、「待て! 撃つな!!」とバレトが制する。すると三人の前の前で、シェリルがブロブに覆われていった。

「……く…!」

 バレトにしても、これは<賭け>だった。シェリルの様子を見る限り、ここから彼女を背負って町まで戻って病院に向かったとしても間に合う可能性はほぼなかった。死に瀕した人間を何人も見てきたからこその直感だった。

 だが、そんなシェリルをブロブは『助ける』と言う。ならば、どうせ助かる可能性がないのなら、敢えてブロブの言うことに賭けてみようと考えたのだ。


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