カルシオン・ボーレ

 朝。シルフィのいる林にも、駆除業者が入っていた。ただし、この周辺はブロブの目撃例が少なかったので、規模は決して大きくない。空振りに終わる可能性があった為に、駆除作戦に参加したという実績作りを目的にしていた業者が殆どだった。新人の研修目的と思われる業者もあった。装備品を身に着けるにももたもたと時間がかかっていて実に頼りない。恐らく、本気で捜索する気もないだろう。なので、大人しく隠れていればやり過ごせる可能性もある。

 反面、手強いブロブの目撃例が報告されている地域には、それを倒して名を売ろうという山師的な業者も多かった。こちらはさすがに手練れを投入し、装備品も充実している。中には宇宙用パワードスーツを改造した対ブロブ専用のパワードスーツまで持ち込む業者さえいた。ここまでコストを掛けると普通は利益が減ってしまうので、実は金持ちの道楽的な一面もある。要するに<キツネ狩り>の感覚だということだ。ブロブを狩猟の的に見立てているのだろう。

 マリーベルとヌラッカのいる森に来たのが、まさにそのタイプの駆除業者だった。大層な専用トレーラーを仕立て、三機のパワードスーツが準備されていたのである。

「ふふふ、新装備のお披露目のチャンスだな」

 惑星ファバロフでも有数の企業の創業者一族の子息として生まれたカルシオン・ボーレは、私費こづかいを投じてブロブ狩りの装備を次々と開発していた。一見すると爽やかな好青年そうにも見えるのだが、その振る舞いからは隠しきれない傲慢さや身勝手さがにじみ出ていた。

 まあ、ある意味では金持ちのボンボンの道楽ということである。しかし、実はそれと同時に、軍用の新兵器などの開発の一環という一面もあった。それのテストなどに利用されているのだ。パワードスーツにしても、その一つである。だから駆除業者として利益を上げられるかどうかなど、二の次三の次であった。

『あのバカボンボンが来たのかよ……こいつは面倒臭いことになりそうだな』

 カルシオンらが着々と準備をする様子を、ドローンのカメラで監視しながらそんなことを考えていたのは、既に何日も前からキャンパーをふりをして林の中で寝泊まりをしていたゲイツだった。彼らのことを悪い意味でよく知っているからこそのものだ。カルシオンは業者として利益を上げることも名声を得ることも興味がなく、ただ自分が楽しみたいからやっていて、その周りのスタッフが父親の息のかかった兵器開発のプロで、軍に売り込む為の新兵器や装備のテストも兼ねていて現場を滅茶苦茶にするので、他の駆除業者からもハンターからも疎まれていた。

 一度など、ブロブ相手に荷電粒子砲を持ち出したことさえある。しかもその時に何かトラブルがあったらしく、荷電粒子砲を装備したパワードスーツが暴走、林を一つ焼き払うという大惨事となったらしいが、それさえ、父親をはじめとした親族があちこちに手をまわして揉み消したそうだ。

 それほどの曰くつきの業者なのだが、しかし、カルシオンの父親が、駆除業者が使っている装備品などを一手に扱っている企業のトップでもあるということで、迂闊に口出しできないという事情もあった。下手に睨まれると装備品の供給を止められるという噂もあるからだ。

 まったくもって厄介な連中である。

『こいつは早々に片を付けないとな。リミットは一時間…いや、三十分てところか』

 ゲイツは、人間としては下劣な男だが、同時に非常にクレバーなハンターでもある。装備を身に付け、麻酔弾を装填したハンドガンを再度点検した。作戦が開始されると同時に目的のブロブを急襲。捕獲し迅速に撤退しなければならないと自らに言い聞かせる。

『欲張るな。引き際を間違えた奴こそがイモを引く……!』

 作戦開始時刻になると同時に、ゲイツは音もなく林の中を駆け抜けたのだった。


「カルシオン・ボーレか……性懲りもなく……」

 御大層なトレーラーが森の入り口近くに止まっているのを見て、フィが呟いた。他の連中と顔を合わせるのは真っ平御免だったので少し離れたところに自動車を停め、グレネードマシンガンを手に森へと足を踏み入れる。

「ついてこい。ついてこれなきゃ置いていくだけだ」

 後を追うシェリルに吐き捨てるようにそう告げて、フィは躊躇うことなく森の中を突き進む。

 シェリルも、決して楽ではないが辛うじてフィに遅れないように続くことができていた。まだ学生とは言え、軍が運営する大学に軍人を志願して入ったのだ。他の大学では決して経験できない、即応できる軍人を育てる為のカリキュラムは受けてあり、そしてそれを優秀な成績でこなしていた。当然、<実技>もだ。

 だからアルバイトに毛の生えた程度の駆除業者の従業員とは訳が違う、それなりに鍛え上げられた<軍人の卵>だった。

 亡くなった兄の元上官で、自分の後見人を引き受けてくれて、自分の希望の学校にも通わせてくれた恩人であるバレトに言われて軍人は諦めることにしたが、優秀な軍人になることを目的に作り上げてきた肉体は彼女を裏切らなかった。

 とは言え、これでもフィにとっては軽く流してるだけである。彼女が本当に本気を出せば、生身の人間ではついてはこれない。

 そして、そんなフィの体は、森に満ちているピリピリとした気配を感じ取っていた。人間に対する嫌悪と憎悪の気配を。

『これが人間の敵じゃないって? 寝言は寝て言うんだな…!』

 テレビに出ていた<セルガ・ウォレドを名乗るクソ下衆>のことが頭をよぎり、フィは奥歯をギリっと鳴らした。

 そして正午。ブロブの一斉駆除開始の時間が来た。

 アメリア大陸全土で、駆除業者とハンター達が一斉にブロブを駆除する為に動き始めた。

 それは当然、シルフィ達の林でもそうだった。

 もっとも、そこに来ている駆除業者達のモチベーションは明らかに目に見えて低く、動きも悪く、ボーイスカウトの方がよほど頼りになりそうな感じでしかなかった。

 様子を窺う為にプリンとシフォンが既に彼らからも見える位置の樹上にいて監視していたのに誰一人気付かないのだ。

 ベルカも、プリンとシフォンからは少し離れたところからだったが双眼鏡を使って監視していた。

「なにあれ。見れば見るほど酷いね。これじゃやっぱり相手しないで隠れてる方がいいと思う。下手に相手して追い返すと今度はまともなのが来ちゃうだろうし」

 ベルカが、元ブロブハンターとしての見地から正直な感想を述べていた。

「ベルカがそう言うのなら、それに従った方が良さそうね。分かったわ。みんなで隠れましょう」

 無線機を通じてそれを聞いたマリアンが、そう指示を出した。


 隠れる方法は既に考えてある。マリアンが考案したものだ。ブロブが融合した生物のDNAを保持し再現できるというのなら、それを利用すればいい。ちょうどこの辺りにはそれにうってつけの動物がいる。<リクガメ>だ。

 と言っても、実際には<リクガメに似た六本脚の動物>だが。プリンとシフォンにそれに擬態してもらい、洞窟の奥に潜んでてもらうのだ。そうすれば、もし洞窟の中にまで捜索に来たとしてもやり過ごせる。何しろ、動きの遅いリクガメはブロブにとっては絶好の捕食対象と見られており、ブロブがいればリクガメが生きていられる筈もないので、リクガメがいる=ブロブはいない、という理屈が成立するのである。

 プリンやシフォンが変わったものだと体が透明になってしまうが、そこは泥を被ってもらうことで偽装する。もともとリクガメは土埃を被って土色に変化してるのが一般的だからだ。

 シルフィとマリアンとベルカはさらに洞窟の奥に潜めばいいだろう。今回の目的はあくまでブロブ。ブロブがいない洞窟を捜索している暇は彼らにもない。

 洞窟周辺にマリアンが用意したマイクロドローンを監視カメラ代わりに配置し、洞窟に戻る。

 戻ったプリンとシフォンを、シルフィが、マリアンの持っていた資料映像を見ながらリクガメへと変化させる。それに泥を被せてリクガメの出来上がりだ。

「上出来。それじゃ素人目には本物との区別はつかないわ。たとえ普通のリクガメと違うと感じてもどのみちブロブだとは分からないしこれでOKよ。後は、捜索時間終了まで隠れていればいいわ」

 マイクロドローンを使った監視カメラの映像も端末で見られる。準備万端だ。入り口から辛うじて見えるところにプリンとシフォンにはいてもらって、その陰にシルフィとマリアンとベルカは身を潜めた。駆除業者達が近付いてくれば更に奥に隠れることになるが、今はマリーベルと連絡を取り合いたい。

 だがその時、プリンの触手を咥えていたシルフィが困ったような顔をした。

「マリーベルさんが応えてくれません。こちらの声は届いてるはずですけど。何だかすごく怒ってるみたいで」

「…どういうこと…?」

 ベルカの問いに、マリアンが応える。

「彼女は元々、人間を嫌ってるからね。感情的になってしまってるのかも。任せておいても彼女なら上手くやるとは思うけど、むしろ彼女の場合はやりすぎてしまわないか心配かもね」

 そんなマリアンの懸念を裏付けるように、この時のマリーベルの顔つきは、それまでの彼女とはまるで違っていた。以前からきつい顔つきはしていたが、今の彼女のそれは、<邪悪>と言っても言い過ぎではないかおになっていたのだった。

「来い……来い……人間共……貴様らは一人残らず我が供物となれ……!」


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