写し身
「フィさんは、怪我を隠す為にそんな格好してるんですね」
これまたオブラートに包まない問い掛けに、「ああ、そうだ……」とやや気後れしながらフィは応えた。
「そこまでして隠さなきゃいけない程の怪我って……辛かったですよね……」
ポロポロと涙をこぼしながらそう言うシェリルの姿がますます幼く見える。
「私と兄は、両親を早くに亡くして、ずっと二人っきりで暮らしてきました。歳が離れてる兄は、両親のことを殆ど覚えてない私にとってはそれこそ親同然の存在でした。
そんな兄は私を養う為に軍に入って、そしてここに来たんです。それであの事件に遭遇して……
ねえ、どうして兄なんですか? どうして兄が死ななきゃいけなかったんですか……? どうしてブロブなんてのがここにいたんですか……?」
「……」
それは、他ならないフィ自身がずっと抱いてきた疑問だった。
どうして自分の両親だったのか。
どうして自分達だったのか。
どうして自分だけがこんな目に遭わないといけなかったのか。
どうしてブロブはこの惑星にいたのか。
何度それを自分自身に問い掛けても、答えは出てこなかった。答えの代わりにブロブに対する憎しみだけがただ募った。それをぶつけることでしか、自分を維持できなかった。
ブロブに復讐すること。
それだけが、こんな体で生き残ってしまった自分が成すべきことだと自らに言い聞かせてきた。だが、そんな自分と同じように考えて生きてきた人間がここにもいる。
シェリルは続けた。
「私は思いました。兄の仇を討つのが私の役目なんだって。両親も死んで、兄も死んで、私だけが残った。
これは運命ですよね? 残された私がやらなきゃいけないことですよね?
だから私は、兄の跡を継いで軍人になろうとしました。でも、成れなかった……私は軍人には向いてないって、兄を亡くした私の面倒を見てくれた恩人に言われました。私もそれは痛感しました。
でも、軍人には成れなくても、ブロブの駆除業者にならなれますよね!?
私は駆除業者になって、ブロブを、駆除して、駆除して、駆除して、駆除しまくってやりたいんです……!」
涙ながらに語るシェリルの姿は、必死でありつつ、どこか異様なものさえ感じさせた。フィを見詰める彼女の目には、狂気すら感じられた。
その時、フィの背筋をゾクリとしたものが奔り抜けた。
『これが、私の姿……?』
そう、ブロブへの憎悪に顔を歪ませながら自らの怨念を口にするシェリルの姿は、まさにフィの写し身ともいうべきものであった。
シェリルの姿に自分自身を重ねてしまったフィは、もうそれ以上、彼女の姿を見ていられなかった。あまりに拙くて、幼くて、未熟で、醜くて、そして滑稽だった。
明らかに頭のおかしい人間の姿だと思ってしまった。それを、客観的に見せつけられてしまったのである。
さらには、寒くもないのにロングコートを纏ってフードを目深に被って真っ黒なサングラスで顔を隠してとしている自分の姿が客観的に思い起こされて、急に恥ずかしくなって、いたたまれなくなった。
これまでは、そんなことを意識したことはなかった。頭にあるのは常にブロブへの復讐心のみで、それ以外の思考が入り込む隙などなかった。それなのに、ここしばらく調子が狂いっぱなしだ。
さりとて、今さらこの恰好を改めることもできない。下手に姿を晒せばまた嫌な目に遭うのは分かり切っていた。もう、あんな想いはしたくない。それに比べれば、奇妙な格好だと笑われる方がマシだ。
自分自身にそう言い聞かせ、フィは自らを落ち着かせようとした。しかし、目の前のこのシェリルとか言う女性の姿を見ていると否が応でも現実を見せ付けられる気がしてしまう。
小さくちぎったピザを、なるべく顔が見えないようにしつつ口に押し込み、黙々と食べる。早くこの場から立ち去りたかった。なのに、シェリルはなおも話し掛ける。
「私、フィさんとなら上手くやれそうな気がするんです。一緒にブロブを駆除しましょう…!」
『はぁ…!?』
何を勝手に話を決めているのか。確かに同じ遺族として共感できる部分もあるが、それとこれとは話が別である。ましてやシェリルは少なくとも綺麗な体だ。自分とは決定的に違う。そういう人間が自分の気持ちを理解できるはずがない。
シェリルが会計を済まし店を出て、フィははっきりと言った。
「食事についてはご馳走様。でも、私はこれまで一人でやってきたの。誰かと組むつもりなんてない。これからも一人でやる」
だが、シェリルは引き下がらない。
「一人でなんて無理ですよ! 確かに私一人じゃ頼りにならないと思いますけど、頑張りますから……!!」
シェリルは、思い込みが強く一度これと決めたらそうとしか考えられなくなる傾向があった。その辺りも精神的な幼さが影響しているのかもしれない。しかし同時にそれ故の行動力があるのも事実だった。
「とにかくまだ三日、学校には休むって届け出てますから、その間にいろいろ話を聞かせてください!」
子犬のように懐いてくるシェリルに、フィは頭を抱えるしかできなかったのだった。
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