第36話 キュウへの求婚


「御免ください! 自分はアレックス・チョバムと申します! キュウ・サクさんはご在宅でしょうか!」


 ある日の昼下がり、玄関からそんな男の声が聞こえて来た


「アレックス!?」


 すると日課の家計簿をつけていたキュウは、ペンを投げ捨てて玄関へ飛んでゆく。

そして扉を開くと、その先にいたのは、なんとも容姿端麗なイケメン。


「お久しぶりです、キュウさん。探しましたよ」


「ど、どうも……」


 なんだかいつもよりキュウの声が重い。

 アレックスとやらも、随分身なりが綺麗で、育ちが良さそうだし、こりゃ……


「コンさんにシンさんも久しぶり!」


「お、おう」


「おひさぁ、アレアレ」


 コンとシンも微妙な反応だが、とりあえず笑顔は浮かべている。

パルディオスくんの時みたく敵意は無さそうだから挨拶しとくかな。


「どーも、家主のトクザです」


「あなたが噂の! お会いできて光栄です! 自分はアレックス・チョバムと申します! 以後、お見知り置きを!」


「チョバムって、もしかしてあのでっかい武器商の?」


「はい! 父が経営しており、自分も現在広報担当として微力ながら協力しています!」


 好青年で、更にお金持ちか……なるほどね。


「申し訳ありませんが、少しキュウさんをお借りしても宜しいでしょうか?」


「良いも何も、別にキュウは俺の持ち物じゃないんで。2人で決めてくれりゃ良いよ」


「ーーッ!?」


 キュウの背中がビクンと震えた。

 まっ、想定の範囲内だけどね。


「ではキュウさん」


「……わかりました。先生、少し出てきます」


「おう、いってらっしゃい。午後のことは気にすんな。ゆっくりしてこい」


 キュウはアレックスに連れられて、出て行った。


「ト、トク兄、良いのかよ? アレックスさんは、その……」


「許嫁なんだろ? たぶん?」


 どうやらビンゴだったらしく、コンは口を閉ざす。


 豪商の息子で、更に好青年と来たら優良物件だ。

借金持ちの三姉妹にとっては渡りに船だろう。


 それにやっぱりキュウには血生臭くて、泥臭い冒険者なんかよりも、優雅で華やかな生活の方が似合っているような気もする。

こんな生活を続けているよりも、良いと思う。

コンとシンの将来のためにもだ。

 いつシオンやサフトのようなことになっちまうとも限らないしな。


 だけど……モヤモヤするのもまた事実。

良い歳こいたおっさんが情けない。


 俺は自分のモヤモヤが悟られないよう、そっと出かけるのだった。


⚫️⚫️⚫️


 街を一望できる夕暮れの丘へ、俺は荒い呼吸を響かせる。


 俺はまるで若い頃のように、午後いっぱい木剣を振るって過ごした。

今更こんなことをしたって、 Levelが上がるわけでもない。

むしろ、昔ほど動けない自分に苛立ちを感じる。


いや……動きがどうのなんて、ただの言い訳だよな……


 どかっと1人でベンチに座り込むと、疲れと同時にモヤモヤが強まる。


 頭ではキュウがアレックスのところへ嫁ぐのはとても良いことだと考えている。

でも気持ちはやっぱりキュウや三姉妹が居なくなってしまうことを拒んでいる。


 だけどこれはわがままだ。

自分のことしか考えていない。

自分の利益しか頭にない。


 そんなのじゃダメなんだ。

 現に、シオンとサフトの件は、俺のそんなところが招いてしまったことだ。


 冷静に考えろ。相手のことを考えてやれ。

自分の気持ちと相手の境遇を天秤にかけてきちんと判断しろ。

俺はもう良い大人、というか、良い歳こいたおっさんなんだから……


 すると、突然、目の前に広がっていた夕焼けが真っ黒に塗りつぶされた。

そしてふわりと香ってきた、花のような香り。


「問題です。しっかりと答えてくださいね! 私、キュウ・サクは先生のことをどう想っているでしょうか?」


「いきなりだな……てか、どうって……」


「ほらほら、早く!」


「強くしてくれる冒険者トレーナー」


「それはそうなんですけど……」


 再び視界が開かれた。

同時に柔らかく、繊細な感覚に身体が包まれた。

真横には穏やかな表情のキュウの横顔。


「トレーナーである以上に、先生は私にとって大事な人で、大好きな人です! 初めてを差し上げる前にちゃんとお伝えしたと思いますけど?」


「……」


「先生?」


「いや、なんだ、えっと……それはすっごく嬉しいんだけど……お前はそれで良いのか?」


「良いも何も、これが私の願いです。だから、先ほど、アレックスさんには正式に許嫁の解消をお願いして来ました」


 凄くホッとしたのが本音だった。

でも同時に、やっぱりこれが本当にキュウのためになるのかとも、少し考えてしまう。


「でも相手は俺から見てもすげぇ好青年だし、実業家だぜ? 冒険者なんて危ない仕事をするよりも、もっと楽な生活ができるんじゃないか?」


「そうですね。先生におっしゃる通りです。だけど……私はこれからも冒険者として、この身をかけてお金を稼ぎたいんです。それが……私たち一家のせいで迷惑をかけちゃった、皆さんへのせめても誠意ですから……」


 キュウの話によれば、実は遠征による借金は家財を全て売り払って返済が済んでいるらしい。

そして彼女達が今抱えている借金の正体は……サク家に関わっていた人々全員への補償金だった。


「例え潰れてしまったとしても、私はサク家の長女……当主なんです。だったら最後まで私たちに尽くしてくれた皆さんの生活を守る義務があるんです。これは他人のお金じゃダメなんです。自分たちで身を切って稼がなきゃ意味がないんです。コンもシンも同じ気持ちなんです。だから私たちはこれからも冒険者であり続けます。自分たちの身を切って、借金返済を頑張るつもりです」


「立派だな」


 心の底からそう思い、キュウの頬を撫でてやる。

キュウは歯にかみながら、頬を撫でる俺の手を取った。


「……だから私たちには先生の力が必要なんです。先生がお側にいて、優しく見守ってくださるからこそ頑張ることができているんです!」


「そっか」


「だからそんな辛そうな顔をしないでください。私たちは絶対にどこへも行きません。ずっと、ずーっと先生と一緒にいますから……」


「ありがとう。だったらこれからもよろしく頼む」


 俺はそっとキュウの頭を抱き寄せた。


 もうグジグジ考えるのは止めだ。

キュウ達がそういう覚悟でいるのなら、俺も全力でその気持ちをサポートするだけだ。


 命尽きるまで、これからもずっと……


「ふふ、元気そうなお顔に戻りましたね?」


「おかげさまでな」


「じゃ、じゃあ……ここでしちゃいます?」


「何言ってんだよ、急に?」


「最近はみんなでしてばっかりで、先生と2人っきりが全然ないなぁって……あと、アレックスさんに先生のお話をしていただけで、なんだかこう……」


「まぁ、たぶんこんなところに人は来ないと思うけど……良いのか?」


「良いですよ! というか、こんな雰囲気になって、何もなしじゃちょっと寂しいです!」


 キュウはあっけらかんとした様子でそう言い放つ。

実は恥ずかしくて、顔を真っ赤に染めているくせにな。



⚫️⚫️⚫️



「御免ください! アレックス・チョバムです! 本日はトクザ様との面談に参りました!」


 数日ご、再びアレックスがやってきた。

 やっぱりキュウのことが諦められなくて、俺に直接勝負を挑みに来たのか……?


「こんにちは、トクザ様!」


「お、おう。こんにちは」


 覚悟を持って出向いたが、妙に爽やかなアレックスに出くわす。

なんか、全く敵意のようなものを感じない。


 すると彼は突然、がしっと俺の手を握ってくる。


「な、なんだぁ!?」


「先日キュウさんからトクザ様のお話は伺いました! 自分感動いたしました! 微力ながらこのアレックス・チョバム! トクザ様やキュウさんのことを、これから全力でサポートいたします!」


「そ、そりゃどうも?」


 キュウのやつアレックスに何を話したんだ?


 当のキュウは、俺の後ろでクスクスと笑い声をあげている。


 あとでキュウに聞いたところ……許嫁という関係は解消したが、スポンサーとしての約束とは取り付けたらしい。

 キュウってこういうところちゃっかりしてるよな。さすがお姉ちゃんだ!

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追放された成長スキル持ちと三姉妹冒険者~彼は希望を取り戻し、勇者は没落する~ シトラス=ライス @STR

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