第33話新生活スタート!


 バカンスから一週間が経ち、俺たちは平常運転に戻った。


 しかしマインはあの夜を最後に『諸々とありますので暫しのお別れ! さらば!』と言って、どこかへ行ってしまった。


 まぁコンスコン地方の次期領主だし、色々とあるんだろう。


「おー! また載ってる!」


「コン姉見せて! シンにも見せて!」


 コンとシンは今月号の"月刊冒険者野郎ども"を読んでハイテンション。

 そこには剣術大会でのマインの優勝や、その後の事件を解決した三姉妹の活躍が描かれていた。

どうやら、あの場にササフィさんもいたらしく、きっちり記事にしてくれたらしい。

ありがたいことだった。

そのおかげで……


「今日の分の手紙です」


 ポストから大量の封書をもったキュウがやってくる。


 大半は俺への訓練士としての依頼なんだけど……


「なになに……ギシリア教団からの、護衛任務……50万Gか……キュウ、スケジュールは?」


「来週でしたら丸々空いてますね」


 キュウはすかさず、スケジュール帳から予定を教えてくれる。


 こうしてサク三姉妹が有名になったことで、冒険者ギルドを介さず、こうして直接依頼が舞い込んでくるようにもなっていた。


 未だに残っている三姉妹の借金の件もあって、今はこういう依頼を積極的に受けるようにしている。

しかし俺にはまた別の目的があった。


ーー"右腕が甲殻に覆われた魔族"


 奴は昔から、大きな出来事に介入し、悪さをする輩だ。

 こうして大きめの依頼を受け続けていれば、いずれ奴に巡り会う筈。


 ようやく見つけた仇敵……奴に再会してしまった以上、俺は薄っぺらい人生を諦めた。

いつまでも萎びているわけには行かなくなった。

 シオンとサフトの仇を取るため、10年前のあの出来事に決着をつけるために……


「そういえばずっと空き家だったお隣に、とってもお金持ちの方がお引っ越しされているみたいですね?」


「ふーん、そうなんだ」


 玄関戸の向こうから、呼び鈴の音が聞こえてくる。

 多分、今さっきキュウが言っていた、お隣さんのご挨拶かなんかだろう。


「お久しぶりです、トクザ殿!」


「おう、やっぱマインだったか」


 妙にキュウが強調したから、なんとなくそう思っていたけどね。


「はい! 貴方のマイン、僭越ながら本日より隣人となりました! どうぞよろしくお願いいたします!」


「こちらこそ」


「まぁ、本当は同じ屋根の下が良かったのですけどね……」


 マインは残念そうにそういった。

 まぁ、でも、三姉妹が住んでいるから転がり込まれても困ってしまう。


「よぉ、マイン! 久しぶり! さっそくやろうぜ!」


「ええ!?」


 コンにそう言われ、マインは顔を真っ赤に染める。

 無理もない……だってあの夜、俺と終わった後に、マインはコンに相当可愛がれてたもんなぁ……。


「あ、あの、その! やりあうとはいったいどちらを……?」


「ん? んなもん決まってるじゃねぇか!」


 コンは壁に立てかけてあったハルバートを掲げて見せた。

マインはホッとしたような、だけど少し残念そうに息を吐く。


「どうかした?」


「あ、い、いえ!」


「あららー? マインちゃん、今何考えてたのかなぁ?」


「マイマイ、エロエロ」


「ち、違いますっ! トクザ殿、なんとかいってくだされ!!」


 なんだかんだでマインと三姉妹はとっても仲良しだ。

門下生同士が仲がいいことが嬉しいし、これほどやりやすいこともない。


「こ、こんにちは!」


 と、マインの後ろからひょっこりアクトが姿を表す。


「よぉ、アクト久しぶり。てか、お前、俺の家知ってたっけ?」


「ローゼンさんに伺いました! こ、これ、作ったんでお味味どうぞ! 新作のチーズケーキです!」


 アクトは大きな箱を差し出してきた。

 まぁ、こうしてアクトが訪ねてきてくれるのは嬉しいんだけど……

なんでローゼンのやつは、ほいほい俺の住所を他人に教えたりするのかなぁ……


「ごめんください、トクザトレーナー!」


 今度はササフィさんが現れた。


「やぁ。で、ササフィさんはどんな御用件?」


「今日は仕事ではなく個人的な用事で……あの、約束の件……」


「約束?」


「飲みのスケジュールについて……」


 ありゃ? 本気にしててくれたんだ?


「そうだなぁ……キュウ、俺のスケジュールは……」


「空いてません! びっしりです!」


 なんだか妙に怖い、キュウの声が聞こえてきた。

さっきは来週なら空いてるって言ってたような。


「クンクン、クンクン……お前のケーキ、トーさんが食べる前にシンが毒味する!」


「あ、ちょっとぉ! やめてよぉ!!」


 アクトとシンはケーキの入った箱を挟んで揉み合いを始める。


「おっし、マイン! 表でろ! やるぞ!」


「ええ!? い、いや、まずはこんな状況ですのでトクザ殿の助力を……」


 なんだか皆俺を放っておいて、てんやわんやの大騒ぎを始める。


「2時間……いえ、1時間でも良いんです! トクザトレーナーのスケジュールに空きはありませんか!?」


「ありません! あんまりしつこいと、もう取材受けてあげませんよ!?」


「ひーん! それは困りますぅー!」


 ササフィさんはキュウにピシャリとそう言い放たれて涙目だった。


「おらぁー! マイーン!」


「わわ! いきなり全力はやめてくださいよぉー!」


 庭ではマインがコンに追いかけ回されている。


「だから離しなさいよ、チビ!」


「離さない! 毒味はシンの役目ぇー!」


 アクトとシンはボロボロになった箱の奪い合いを続けている。


「なんとか言ってくださいよ先生!」

「なんとか言ってくれよトク兄!」

「なんとか言うトーさん!」

「なんとか説明してくださいトクザトレーナー!」

「なんとかしてくださいトクザさん!」


 5人の声を一斉に浴びて、どうしたら良いかわからない俺だった。


 まぁ、良いかこういうのもたまには……賑やかだし……いや、賑やかすぎるか?


「まっ、みんな仲良くな?」


 こうして俺の新生活がまたスタートしたのである。



⚫️⚫️⚫️



 トクザ邸の屋根の上。

そこにはローゼンの姿があった。

彼女はてんやわんやのトクザ邸の光景を微笑ましそうな笑みを浮かべている。


「シオン、サフト……トクは今、元気で楽しく過ごしているわよ。ようやく貴方達のことを少しずつだけど乗り越えようとしているわ……」


 同じ場にいて、同じ選択を迫られた彼女だからこそ……ローゼンは幸せそうなトクザを見て、胸を熱くしている。


「だから、ずっとずっと見守っていてあげてね。彼がこれからも幸せであり続けられるように……お姉さんからのお願いよ?」


 ローゼンは空へ向かってそう呟くと、飛び去ってゆくのだった。


 10年前に封じた暖かい疼きを、再び胸に感じながら……

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