第2話サク三姉妹へのトクザからのお試し指導


「……今日から冒険者デビューをしたから、俺に訓練士としてついてほしいと?」


 目の前の三姉妹は揃って首を縦に振り、それぞれの飲み物を口に運ぶ。


 ちなみに長女のキュウは紅茶、次女のコンは炭酸水、末っ子のシンは毒々しい色あいの怪しげなドリンクだ。


「はい! 是非、幼少の頃のように私たちへご指導の程を!」


「頼むよトク兄! あたし、トク兄の力で強くなりたいんだ!」


「トーさんと一緒! トーさんとトゥギャザー! きゃっほー!」


 三姉妹はキラキラした視線を寄せてくる。

 頼られるのは嫌いじゃないし、それに……この姉妹は、ムサイ国でも指折りの名家、サク家の息女だ。

なんで冒険者なんてものをはじめたのかはわからない。

だけど金持ちなんだから、報酬は期待しても良いだろう。


きっと失業給付金をもらってしばらく生活するよりも、こっちの方がお得なはずだ!


「よぉし、分かった! なにせお前らからの頼みなんだからな。引き受けてやろうじゃないか!」


 早速いつも持ち歩いている冒険者と訓練士の契約書を取り出した。

これに相手のサインが無いと、俺の持つ【成長スキル】の恩恵には与れない。


「……なるほどスキルの恩恵に与るためには、先生の御助言を"絶対遵守"しなければいけないんですね?」


 おっ? きちんと契約書を細かく読むなんてさすがはしっかり者のキュウだ。

 こりゃ久々に、真面目に指導をしてやれそうだね


「じゃっ、サインよろしく! あと任意で開示してもいい情報欄にもチェックしといてくれよな」


 三姉妹は真剣な様子で契約書へペンを走らせる。

やがて、俺の視界に三姉妹それぞれの能力を可視化した窓のようなものが現れた。


……なんか、めっちゃ大量な情報が……むしろ個人情報の全てが開示されているような……!?


「お、おいお前ら! もしかして、全部情報開示したのか!?」


「もちろんです! ねぇー?」


「おう! トク兄に隠し事なんてするかよ!」


「ノーシクレット! シンの全部、トーさんのもの!」


 なんかスリーサイズやらまで開示されてる……ふむふむ、シンは推定Fカップっと……まったく、立派に育ちやがって……って、そんなのは後でいい!


 なるほど3人ともLevel1と……マジで初心者だ。

だけど、なるほど、これは……こりゃ鍛え甲斐がありそうだね!


「うっし、これで契約終了っと。そんじゃ、今日は遅いんで明日から……」


「さぁ、行きましょう先生!」


「……は?」


 今日はもう店じまいにして、ビールを飲みたいのですが……


「で、トク兄! 最初の修行はどんなんだよ? なぁなぁ!」


「シン、トーさんにかっこいいとこ見せたい!」


 コンもシンも行く気満々らしい。

 参ったね、こりゃ……だけど初回早々、優良顧客の信用を裏切っちゃマズイよな。


「わかったわかった。じゃあ、まぁ、今日は遅いからほんのちょっとな?」


「はい! ありがとうございます! よろしくお願いいたします!」


「サンキュー! トク兄!」


「嬉し、ハッピー! トーさんのそういうとこすき!」


 三姉妹はキラキラした目で、信頼の視線を寄せてきた。

正直こういう視線に弱いんだよなぁ……


 という訳で、俺は転移魔法のスクロールを取り出し、いざ初心者向けの森の中へ! なのだった。


⚫️⚫️⚫️


「よぉーし、お前ら、サクッと行くぞ! 今から出会う敵へフリースタイルで挑んで、俺へ戦い方を見せてくれ!」


「わかりました!」


「おう!」


「がむばる!」


 幸先が良いのか、なんなのか、早速木々の間からゴブリンや巨大な怪物蜂などが湧いて出てきた。

 三姉妹は俺に言われた通り、陣形を組まずに、それぞれの武器を片手に敵へ挑んでゆく。


「ぐぎゃっ!」


「よし、命中!」


 キュウの矢を肩に受けたゴブリンは森の奥へと逃げていった。

 命中精度はLevel1ながらめっちゃ良い……なるほどね。


「とぉりゃー! って、あれ?」


 コンは武器である大斧が空ぶって、ちょっと悔しそうだった。

パワーは物凄くあると……これはわかりやすい。


「闇よりいずる、暗黒の力……その奇跡、我にしめしぇ! 闇矢ダークボルト!」


「ぐぅ……?」


「わぁーん! 大失敗! キュー姉ヘルプミー!」


 そりゃ魔法なんて発動しないわな。ただ、気配からしっかり魔力があるのはわかった。

今のは単なる不発だ。こちらも了解。


「おーっし、終了! 戻ってこーい」


 とりあえず確認は済んだので、三姉妹へ撤退の指示を送る。

 

「「「了解っ!!!」」」


 おっ! 良い返事! 気持ちいいねぇ!

 サク三姉妹は契約通り、きちんと戦闘をやめて、俺と一緒に逃げてくれるのだった。

 さてさて、ここから俺の本領発揮っと!


「これから1時間、それぞれに課題を出すから一生懸命取り組んでね」


「「「はいっ!!!」」」


 おお、またまた良い返事! やっぱトレーニングってのはこうじゃないとな!


「まずはキュウ。お前はこれから1時間、弓を空引きするんだ」


「わかりました! ありがとうございますっ!」


 キュウは素直に聞いて、弓の空引きーー矢を番ず、ひたすら弓の蔓を引いては元に戻すーーを始めた。


「コン、お前は自分で落ち葉なんかを放り投げて、斧で切り続けるんだ」


「オッケー! やってやらぁ!」


 コンはすぐさま落ち葉を拾い目の前へ放った。

そしてひらひらと舞うそれを、斧で必死に切ろうと試みる。


「シン、お前はひたすら詠唱の暗唱だ!」


「わかった! がむばる!」


 シンはちょこんと岩の上へ座り、ブツブツと詠唱を繰り返し始める。


 三姉妹は真面目に、不満一つ漏らさず、俺の指示を絶対遵守して、課題を繰り返す。



――そうして1時間後のとある戦闘を迎える!――



「それぇっ!」


「ぐぎゃぁぁぁ!」


「や、やったぁ! 一撃必殺ぅ!」


 キュウの弓は一発でゴブリンの胸を射抜き、倒していた。

命中精度は良いが、威力が足りていなかったキュウの弓。

どうやら空引きのおかげであっという間に筋力が付き、その問題を克服できたらしい。


「どりゃぁぁぁ!」


「ぐぎゃぁぁぁ!」


「1匹退治! うっしゃぁ!」


 威力はあっても、命中精度が悪かったコンの斧。

落ち葉を標的にし続けたおかげで、上手く狙いがつけられるようになっていた。


「闇よりいずる、暗黒の力……その奇跡、我に示せ! 闇矢ダークボルト!」


「ぐぎゃぁぁぁ!」


「おー! シンの魔法、つおい! えっへん!」


 シンの詠唱は問題がなくなったようだ。

 そりゃ、詠唱は正確にしないとダメだからね。


三姉妹全員がまずは問題を克服し、Levelもあっという間に10へ上がっていた。

この子達は早熟タイプみたいだ。

たしかこの子達のお袋さんは全員"戦乙女ヴァルキリー"なんて言われてる英雄達ばっかだったな。これが天賦の才能って奴なのかもね。


「ご指導ありがとうございます! さすがは先生です!」


「やっぱトク兄の指導ってすげぇよ! ありがとな!」


「トーさん! トーさん! やっぱり、すっごぉい! きゃっほー!」


「いやいや、俺だけの力じゃないよ。お前たちが一生懸命取り組んだから、この結果が付いてきたんだ。これからも初心を忘れずに頑張れよ?」


 そう褒めると、三姉妹は嬉しいような、恥ずかしような顔をする。

 こういう初々しさって素敵だね。


 俺の成長スキルの恩恵もあるけど、やっぱりこの子達の"ひたむきに強くなりたい"という意思が、短時間で良い結果を生んだのだと思う。ようやく俺の成長スキルも日の目を見る日が来たってか?


さぁてこれで一応、俺の有能さは示せたから、そろそろ帰ってビールを……


「ウガァァァァ!!」


 俺のビール飲みたい欲は、突然聞こえた咆哮に吹っ飛ばされた。


「おー熊さん!」


「ちょ、ちょっとシン! 危ないから離れなさい!」


「や、やべぇよ……こいつ! やべぇやつだよ!!」


 三姉妹は突然、目の前に現れた凶暴そうで、化け物級にむちゃくちゃ巨大な大熊を見て、体を硬らせていた。

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