第48話 愚かな歴史

 かつて、この世界には———魔物も、〝魔族〟も、【魔王】もいなかった。


 いたのは人間———だけ。


 人間は、ひたすら争い合った。

 些細なことで争い合った。

 王の息子を殺されたから国を挙げて敵国に攻めた。一人の人間の報復のために何千という人間の命がついえた。王がただ、満足するために。

 その王は報復を果たした。

 そして、ただ、満足して終わった。


 別の王の話をしよう。


 王は平等さを求めた。自国の民に不自由させないように、平等に富を分け与えようとした。だが、自国の畑で生み出す者だけでは、民全てに食料がいきわたらなかった。

 だから、土地を求めて隣国を攻めた。

 豊かな土地を見つければ、そこを攻めて、畑を奪い、その土地の民を奴隷にし、自分の国民を食べさせるために、ひたすら隣国の奴隷を働かせ続けた。

 隣国の民の犠牲の上の平等を築き上げ、王はたいそう感謝され、讃えられた。

 そして、王は大往生を迎え幸せな生涯を終えた。


 別の王の話をしよう、別の王の話をしよう、別の王の話をしよう、別の王の話をしよう、別の王の話をしよう、別の王の話をしよう、別の王の話をしよう、別の王の話をしよう、別の王の話をしよう、別の王の話をしよう、別の王の話をしよう、


 別の王の話をしよう……いや、もうキリがない。次の王の話も百年前に旅に出た民族の王が、先祖の故郷の土地を取り返す。それだけの理由で侵略を始めただけの話だ。

 人がいるだけの世界では戦いが起きる。

 結局、言いたいのはそれだけの当たり前のことだ。

 そんな時代が長く続くと、人は先人は愚かだと罵り、自分たちは違うと言いながらも争いを止めることができないジレンマに陥る。

 戦乱の時代の中、ある王が言った。

 人間にとって絶対の悪がいれば、人は争いをやめるのではないか?

 人同士の争いを止めるために、新しい敵を生み出す。

 そんな愚かで本末転倒な考えを、多くの知識人たちは讃えた。

 共通の敵の存在は人間同士の団結と理解を生み出す、だろう。共通の敵がいれば、皆、過去のわだかまりを捨てて、互いを許し合える、だろう。共通の敵がいれば、人間同士の戦争なんてしている暇はなくなる、だろう。

 千年前の知識人たちは口々に「共通の敵」の有用性を説き———求めた。

 そして、一人の女の子が生贄に捧げられた。

 黒髪・黒い瞳を持つ一族の中で、災いを呼ぶと言い伝えらえられていた———銀色の髪を持って生まれた少女。

 他の一族の人間と全く違う銀色の髪に青い瞳の姿で生まれた彼女は親から捨てられ一人ぼっちだった。

 誰からも愛されない少女が、誰からも憎まれる少女に変わったところで、誰一人困らない。少女ですら、無意味に死ぬ命が人のためになるのならと思っていた。そう———思ってしまっていた。


 そして、少女は成った。


 【魔王】に。


 一月にも及ぶ存在変換の大魔法。

 この世の理を超えた、新たな存在へと進化した。

 そして、少女は———望まれるままに破壊の限りを尽くした。

 人類は望むがままに、少女に蹂躙され、苦痛の時代が始まった。


 愚かだった。


 もう少し考えればわかることだった。

 敵が人から【魔王】に変わっただけで、受ける痛みは同じなのに。

 気が付いた時にはもう、遅い———いや、そうなっても誰も気づきもしなかったのかもしれない。 

 切迫した国々は隣国と争う余裕はなくなった。確かになくなった。だが、隣国と関わることすら困難になり、人と人との絆は断ち切られ、それぞれがそれぞれのコミュニティに引きこもり、【魔王】から必死に自らを守ることになった。

 そして、長い時間が過ぎた。

 【魔王】はたった一人で人類と戦っていたが、次第に疲れてきた。

 自分ではない誰かに任せようと、【魔王】は〝魔族〟を作った。

 人が望む通りの敵であれ、と。

 そこは大事なところだった。

 疲れた自分に変わり、人類の敵になってくれる〝魔族〟を———。

 嘘。

 本当は、違う。

 疲れたんじゃない。誰からも相手にしてもらえなくなった孤独を癒すために、自らの分身を作り上げたのだ。

 しばらくは、楽しかった。

 少女は産まれて始めて、友人を知った。

 孤独じゃない時間を知った。

 魔物と〝魔族〟に囲まれている世界は魔界と呼ばれていたが、少女にとってそこは楽園だった。

 そして、しばらくして気が付いた。

 〝魔族〟も魔物も———この世に存在してはいけないものだと。

 きっかけは一つの国が滅んだことだった。

 牛の頭をした〝魔族〟が言った「劣っている人間が我々よりも広い土地を支配しているのは我慢ならん」と。そうして多くの魔物を引き連れて、当時もっとも広い国土を持っていた国を滅ぼし、その土地の君主として君臨した。

 牛の頭をした〝魔族〟は次にこう言った。


「〝魔族〟として生まれたからには、人を滅ぼしてこそなり」


 と。

 その言葉は多くの〝魔族〟の羨望を集め、〝魔族〟は特に大した理由もなく人間の国を攻め始めた。

 結局は、昔から何も変わっていない。

 人間も〝魔族〟も、下手な知性が、感情があるから争い合う。それも生きる上で必要な切羽詰まった理由はたいしてなく、興味本位で〝できるからやった〟という理由が大きく、戦わなくていいのに戦った。

 【魔王】は〝魔族〟に絶望し、また自らに絶望した。

 やり直そうと思った。

 全てをゼロに戻そうと。

 〝魔族〟を全て消し去ろうと思った。

 だが、できなかった。

 【魔王】自らの手で何人かの罪を犯した〝魔族〟を焼き払った。

 だが、彼らはすぐさま灰の中から蘇った。

 その時に【魔王】は感じた。自らの体の一部が欠けて、分け与えられた感触を。

 〝魔族〟と自分の命が繋がっている感触を———。

 その〝絆〟は呪いだった。

 自分が生きている限り、〝魔族〟は蘇り、人間を滅ぼす。

 そして、強すぎる【魔王】を人間の誰も滅ぼすことはできない。

 【魔王】は望む、望まざるに関わらず、人間が死にゆくさまを千年見させられた———。


 大好きな、人間の———。

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