第47話  救いたい

 家の前の庭で俺と【魔王】は対峙している。

 対峙することになってしまっている。


「殺せって、どういうことだよ。別にお前を殺す必要は、ない」

「あるのだ」


 【魔王】が手をかざす。


「夢の時間は終わり、これからは現実と向き合う時間だ」

「現実って?」

「人間の代表である、【勇者】———その仲間の男と、【魔王】の命をかけた戦いの現実だ————さぁ、剣を握れ」


 【魔王】の手に魔力がたまっていく。


「嫌だ!」


 俺は、はっきりと拒絶をした。


「俺とお前が戦う必要なんてない…………勇者だとか、【魔王】だとか、そんなのもう関係ないだろう! この村にずっといろ! 俺と二人で!」

「————ッ!」


 【魔王】の顔に明らかな動揺の色が走った。

 くしゃりと顔が崩れ、顔に「ためらい」がありありと浮かんでいる。


「できるわけない!」

「できる!」

「お前は【魔王】を何も知らない!」

「……【魔王】———を?」


 【魔王】は、完全に手に宿った魔力を散らした。

 そして、両手で顔を押さえる。

 まるで———零れ落ちて、止まらない涙を抑えるかのように。


「【魔王】っていうのは役割なんだよ」

「それ……前にも言ってたけど、どういうことだよ」

「【魔王】が存在する限り、魔物は生まれ続ける」

「———ッ⁉ どういう……ことだ……?」


 魔物。


 俺は学校に行っていなかったので詳しくは知らないが、神学校に通っていた、勇者パーティの仲間の一人から聞いたところによると、それらは突然生れ出る、らしい。

 魔物は通常の動物から。魔の力を持つ生物が突然変異的に発生し、他の仲間を襲いはじめ、やがては群れを追放され、同じような魔の力を持った存在と群れ始める。

 そうやって行き着いた果てが、魔界である、と。


「そんなわけが、ないだろう……! 魔物は生まれ続けるかもしれない、でも、住む場所をちゃんと分けていれば共存だってできる!」

「〝魔族〟がいる。彼らは人間を滅ぼすために生み出された存在。彼らも【魔王】が存在する限り、何度だって復活する」


 ドッッッッ、


「何だ————⁉」


 急に、地響きが襲った。

 レッカ火山だ。

 赤々と光る噴煙を吐き出しながら、噴火していた。


「レッカ火山が……」

「復活したみたいね。最悪なことに」


 【魔王】が呟く。


「復活って何のことだよ……?」

「〝魔族〟それも何か、知っている?」

「……いや、〝魔族〟と遭遇した人間はほとんどいない。それは、〝魔族〟がほとんど魔界にこもっているからというだけじゃなくて、強大な力を持っているから、遭遇した人間はほぼ命を落とす。そう言われているからだ」

「そう、〝魔族〟っていうのはね。実は数は少ない。70体しかいないのよ。そしてその数が増えたことも減ったこともない」

「増減していない?」

「千年も———前からね」


 増減しない個体数……そして、復活———その意味するところとは、


「もしかして、復活したって、イフリートのことか?」

「……………」


 【魔王】は無言でうなずいた。


「レッカ火山に、イフリートがいるのか⁉ 今、この瞬間に!」

「ええ」

「何度だって復活するっていうのかよ⁉ 倒しても倒しても、何度でも!」


 不死。


 完全にはそう言えるわけではないが、【魔王】の言葉を全て信じるとしたら、そうとしか考えようがない。


「つまり、【魔王】もそうだってことじゃないか」

「それは違う。我だけは————違う。我だけは、今まで一度も倒されたことがない」

「何ッ⁉」


 【魔王】の頬に一筋の涙が伝う。


「我は、千年前から呪われ———生き続けている」

「な————」


 つまりは————千歳、ということか。


「今、ババアじゃんとか思ったか?」


「思ってねぇよ⁉ 流石にそんなこと考えられる空気じゃないだろう」

 遠くの空ではレッカ火山から吹きあがった噴煙が、いまだに立ち上っている。

「【魔王】は呪いなのよ。我は、その役目を背負い、いつかはいつかは解放される時が来ると待ち望んでいた。だが、結局その日はもう目前にして…………もう疲れた。もう、死にたい」

「長くなってもいい」

「む?」


 俺は、魔王に近づきながら、答えを求めた。


「言ってくれ。何があったのか。この世界で昔何があったのか。どうして、お前はそこまで悲しい思いをしているのか。語ってくれ……じゃないと」


 【魔王】の肩を掴む。


「俺は、何もお前の力になれない。力になれないまま、お前と別れなきゃならない。そんなことになったら、俺は、俺は死ぬまで後悔する……いや、多分、死んだ後も後悔する。そんな思いは絶対にしたくない」

「…………レクス」


 【魔王】が俺の名前を呼び、玉の涙を地面に落としながら、俺の胸に身を預けた。


「レクス……! レクス……!」

「だから、聞かせてくれ。全部話し終わったら、お前の本当の名前を……」


 それから、俺たちは井戸の縁に座り、イフリートが復活しているであろう……レッカ火山がある方向、北の空を見上げた。


「昔、本当に昔の話よ……」


 そして、【魔王】が語り始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る