第41話 魔王の役目

 部屋には正座して俺を睨みつける【魔王】が待っていた。


「本当に待ってやがった」

「私は……! ずっと……! 待ってた!」

「そうだろうねぇ」


 あれから、俺はエル・シエルに【魔王】がいたことを誤魔化し、その後、一緒に来るようにしつこく迫られたのを、何とか明日また酒場で会う約束を取り付けて別れることができた。

 【魔王】が上がってから20分はすでに経過している。


「そうじゃない! 混浴で‼ 貴様を!」

「え?」

「ずっと待ってたのに、知らない女と一緒に、よりを戻す話をしていてるって何なの⁉」


 頬を膨らませる【魔王】。

 待ってたって……あそこで待ってたってことか……。

 なんか、照れる。


「そっか、それは悪かったな……まさか、あそこにあんな客がいるなんて知らなくて……」

「せっかく全部話してやろうと思ったのに!」

「話してくれるのなら、今話してくれてもいいんですよ?」

「もういい! 気分じゃなくなった!」


 拗ねて、座ったままくるりと後ろを向いてしまう。


「……なぁ、【魔王】。もしも、もしもだぞ? 俺がアランたちのもとに戻りたいって言ったら、お前どうする?」

「———ッ⁉」


 目を見開き、こちらを振り向いた。


「ああっ! もちろん、お前はこのままで、このままここに居ていい。なんとか魔王城にいるベルゼバブ……だっけ? そいつをラスボスってことにして皆を言いくるめて、お前の存在に気づかれないようにするからさ……そう考えると、それが一番ベストだと思わないか?」

「…………」


 本当に、ベストじゃないか?

 ここで【魔王】が暮らしていくのに、最善の策じゃないか?


「そうだ! それがいい! お前はここにいて人知れず暮らしていく。俺はアランたちが始まりの村に戻っていくのを確認したらしれっと戻ってくる。そうしたら!」

「何も解決しない」

「え?」


 悲し気に【魔王】は瞳を伏せている。


「そんなことをしても、何も解決しない。アランは世界を救えないし、魔界もそのまま。魔王軍幹部も新しい幹部が出てきて人間に牙をむく。それだけ」

「そんなことは……権力を持っている幹部を倒せば、多少弱体化は……」

「誰も、誰も知らないけど、そんなんじゃダメなのよ。そんなんじゃ……」


 俯き、黙ってしまう。


「…………」


 待つ。


「…………」


 待ち続ける。

 【魔王】の次の言葉を、どうしてダメなのか、言ってくれるまで待、


「寝る」

「寝るな! 事情を話せ!」


 誤魔化そうとしているのか、立ち上がって布団を敷こうとした【魔王】を呼び止める。


「いい加減全部話してくれよ! どうしてこの村に来たんだ! どうして『黄昏の花』を探している⁉ どうしてアランは世界を救えない⁉ どうして、どうして……」


 ふと、初めてこいつと合った時のことが、頭によぎった。


「どうして、俺が冒険を諦めたら……お前も諦めた?」



 ————なら、我も一緒に諦めよう。



 俺がすべてに絶望したとき、こいつはそう言って、自分の役目を投げだした。その理由は【凡人】である俺に勝手に励まされていたが、俺が諦めたからやる気がなくなった的なことを理由にしていた。

 だが、こいつは俺がいようがいまいが、この村に留まる気だった。『黄昏の花』を探すために。それなのに、どうして俺をずっと見ている的なことを言って、一緒に住むようにしたんだ。


「なぁ、どうしてだ?」

「……役目、なんだよ」

「は?」

「絶対に人間の手では倒せない。魔界の王。それが、【魔王】」


 かすれる声で、言葉を紡ぐ。

 本当に話したくないのか、声量も小さく、聞き取りづらい。


「人間に対する絶対悪。それが【魔王】の役目。【魔王】を倒さない限り、悪は生まれ続ける。だけど、どうやっても【魔王】を殺せないように、人間は作られている。そういうシステムなの」

「何を……言っている?」

「だから、答え。聴きたかったんでしょ?」

「もっとわかりやすく……ッ」



 パァーンッ‼



「お~す! レクス! 遊びに来たよぉ!」


 突然戸が開き、浴衣姿のエル・シエルが現れる。

 ニコニコ満面の笑顔で。


「「「あ」」」


 突然。

 本当に唐突だった。 

 空気の読めない。読まない【賢者】のせいで———唐突に【魔王】の逃避行は終わりを告げることになった。

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