第34話 レクスVSスタン

 宴で盛り上がっている酒場の誰にも気づかれないように俺とスタンは外に出た。

 店の前のただの道上。

 店の中から漏れ出る明かりが足元を照らす。


「手加減は無用でお願いしますね」


 スタンは剣を鞘から抜き放ち、投げ捨てた。 

 鞘がコロンコロンと音を立てて地面を転がっていく。


「……なぁ、やっぱりやめないか?」


 俺も腰に携えた鞘から剣を抜きながらも、一応進言する。

 外に出てしまっている以上、もう引き返す道はない。だが、真剣勝負をすることはないだろう。互いに感情のしこりはあるかもしれないが、命を危険にさらしてまでも、真剣で戦う必要はない。

 そう、感情ではわかっている。


「本気で戦わないと意味がないじゃないですか。それがわからないあなたではないでしょう?」


 わかる。


 わかってしまう。


「……木刀で戦ってもいいと思うけどな」


 だから、文句を言いながらも剣を構えてしまっている。

 スタンは嬉しそうに微笑み、剣を奇妙なスタイルで構える。

 片手で持ち、剣を握る手を後方に引き、刀身を頭と同じ高さに合わせて切っ先を相手へ向ける。そして、剣を持っている逆の手をこちらに向けてピンと肘を張る。そして、掌底を見せつける。

 どこか弓をつがえる弓兵を思わせるスタイルで、どう考えても突きに特化した構えだ。


「妙な構えだけど、それがお前の本気なんだよな?」

「当然」

「ユノ村に伝わる伝統的な剣術のスタイルなのか?」

「いいえ。これは私の我流です」

「そっか。だが、剣を引いた状態だと移動しにくいだろ? ということは攻めじゃなくて守りに特化したスタイルだってことだろ? そんな相手にむざむざ突っ込んでいくわけないだろ」

「守りに特化したスタイル? そう思いますか?」


 スタンの口角が上がる。 

 まるで、俺が予想通りの反応をしてくれて、術中にはまったことを確信したような。


「だったら、あなたは永久にボクに近づけない!」


 スタンは剣を突いた。その場から一歩も動かずに。


 何してるの? と思った。


 俺とスタンの距離は五メートルは離れている。そんな離れた距離にいる相手に突きを繰り出して届くわけが。


 ————シュッ!


「何————ッ!」


 刀身が眼前に迫っていた。

 ぼーっとしていた。

 空気が切り裂かれる音が聞こえるまで、スタンの剣が迫っているなんて気づきもしなかった。

 体を捻って、地面を転がって必死に避ける。


「あっぶな———!」


 慌ててしまって、オーバー気味に避けてしまった。が、


「まさか剣を投げるとは思わなかったが、そんなことしたら隙だらけに、」

 なる———!


 駆けだす。 


 スタンは武器を持っていない。

 警備隊の隊長が奇襲狙いの一発屋な攻撃を行うとは思わなかったが、だからこその剣投げだったのかもしれない。そんな立場の人間がそんな馬鹿な攻撃をしないだろうと。


 意外とお茶目なのかな?


「それで、無防備になってちゃせわねぇが。まぁこっちとしても勝負が一瞬でつきそうで」


 距離は近い。

 すでにスタンは射程圏内に入っている。


「はい、終わり」


 スタンの首元に剣を突きつけて終わろう、とした。


「———決闘の途中で何を油断しているんですか?」


 スタンが、そう言った。

 口元には、まだ余裕の笑みを浮かべている。


 ヒュッという音が耳元で聞こえた。


 ————絶対に危ない!


 乱暴に首を横に曲げた。


 グギッ、

「———ッテェ!」

 変な音がしたぁ! めっちゃ首痛い!


 だが———、


 白い刃が耳のすぐ横を通り過ぎていった。


「やってよかった……イッテェけど!」


 首元を押さえながら、スタンから距離を取る。


「お前、それどういうことだよ……魔法か?」


 俺向かって投げたはずの剣が戻ってきている。


「どう思います?」


 スタンの剣は浮遊していた。

 俺の首元をかすめて、スタンの手元に帰るかと思いきや、空中をヒュンヒュンと飛び回って対空していた。


「何で、剣が空を飛んでいるんだ?」

「飛んでるんじゃありません———ボクの剣は、泳ぐ・・んです」


 スタンが腕をクロスさせた。

 謎の仕草。何も持っていない腕を交差させたところでどうというのだ。


 ヒュ————ッ、


 意味は、あった。


「くそっ!」


 剣の切っ先が俺の方向を向き、まっすぐ俺の胸元めがけて飛んできた。

 キィンと金属音が弾ける。

 向かってくる剣を弾き、構えなおす。 


泳ぐ・・って……確かにな」


 まるで魚のように、スタンの剣は空中を飛び回っている。

 そして、急に隙を見つけたのか、どう猛な鮫のように襲い掛かってくる。


「そういう魔法かよ———!」


 弾く。


 弾き続ける———防戦一方だ。

 泳ぐ剣は四方八方から襲い掛かってくる。そのたびに慣れない軌道から向かってくる攻撃をはじくのに神経を使う。


 キラ———ッ!


「まぶし……?」


 眩しい?


 今、空中が光った。


「ボクの剣技、名前は付けていなかったんですけど、自由に飛び回る剣を見て、仲間はこう呼びます」


 スタンが手を振り下ろす。


「《剣魚》———と!」


 俺の首元めがけて、一層速度を増した剣の切っ先が迫る。

 殺しに———かかってんじゃねぇか!



「喰らいつけ‼ 《剣魚》!」



 だが———、


「本気でやりすぎだろ!」


 俺は手に持つ剣から手を———放した。


「何っ⁉」

「————ッ!」 


 首元に切っ先が迫っていると言うのに。そんなことをするとはスタンも驚愕していた。

 だが、俺は———手首にスナップを聴かせて剣をくるくると円盤を回転させるように、水切りの石を投げるフォームで剣を空中へと向けて———、


「タネは———バレてんだ!」


 剣とスタンの間。丁度中間の、線。

 プツン、と何かが切れる音が聞こえた。


「な———!」


 俺は身をよじって首元に迫る剣を、間一髪で交わした。


 ズサンッ。


 首の皮一枚かすり、俺の真後ろに会った大木にスタンの剣は刺さり、泳ぐのを止めてしまった。


「もらうぜっ!」


「あ」


 そのスタンの剣を大木から抜いて、スタンへ向かって走り寄る。

 俺の剣は、力を込めて投げ過ぎたのか。見える範囲にはない。どっか飛んで行ってしまった。

 スタンは首を二回振って、ちょっと俺の剣を探した様子を見せたが、直ぐには見つけられないとわかると俺の方を向いた。


「———フッ」


 俺の位置を確認した途端、彼は悟った。


「負けました」


 首元にすでに、彼自身の剣を突きつけられていた。

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