第33話 宴の席にて

「宴じゃああああああああああああああああああああああああああ‼」


 ベイルの号令により、盃がぶつかる音が店内に響いた。

 ユノ村の酒場。

 多くの荒くれ共でにぎわうこの酒場の中心にいるのはベイルだ。一応、スタンの娘、クレアの快気祝いということで宴の場を開いたが、ベイルは恐らくやけくそだ。調べた〝魔族化〟の手がかりがパアになってしまったのだから。


「皆さんドンドン飲んでくださいねぇ」


 ロッテはにこやかに笑って、どんどん酒樽を机の上に置いて行っている。


「おう、おう、どんどん酒もってこ~い! ウィ~ック!」


 自分の盃を一瞬で空にしたベイルは、ロッテが置いたばかりの酒樽から酒を補充していく。そんなベイルを苦笑しながら見つめ、ロッテは忙しそうにキッチンへと引っ込んでいった。


「ロッテは給仕みたいなこともやるのか? 警備隊の一員だろう?」

「世話好きなんですよ。彼女は」


 俺が座っているテーブルには、スタンもいた。

 同じようにロッテを見つめながら、盃に口をつけている。

 まさか、こうやってスタンと同じ卓に付き、盃をかわす羽目になろうとは思ってもみなかった。


「レクスさん」

「ん?」

「僕はあなたが嫌いです」


 スタンは、宴で騒いでいるベイル達から視線を外すことなく、はっきりとそう言った。


「まぁ……何となく気づいていたよ」

「でしょうね。態度に出していましたから」


 初対面で耳元で「あなたには失望しました」なんて言われたら、こっちに好感情を持っていないというのは馬鹿でも気が付く。


「あなたは逃げ出したと思っていました。いえ、過去形ではないですね。思っています。魔王を倒して魔物をこの世界から根絶するという勇者の使命。それから逃げ出した臆病者だと。ですが、今日僕はあなたに助けられました。娘の命を救ってもらいました。ルカが……妹が秘密で『黄昏の花』を探しに行っていたみたいですが、おそらくあなたたちがいなければ命を落としていたでしょう。メリダ渓谷はそれだけ危険な場所です」

「まぁ、成り行きだけどな」

「正直、ボクは感情の整理がついていません。娘は助からないと思っていた。妹も命を落とすところだった。それなのに恨んでいたあなたのおかげで二人とも助かってしまった」

「恨んでいたは言い過ぎじゃね? 俺お前になにもやってないじゃん」

「やりましたよ」


 スタンは薄く笑った。


「憧れさせた」


「そう……は言われてもなぁ」

「【凡人】が分不相応に頑張ることに意味なんてない、そう思っていましたか?」


「いや、思ってねえよ」


 その問いには、即答できた。


 意味がある。そう思っていたからこそ、俺はアランについて行けた。ゴードンが加わっても、俺の役目がどこかにあるはずと信じ、ゴードンにはできない役割を探した。


「根拠はないし、その意味っていうのも具体的な言葉にはできないけど、あると信じてる」


 スタンの眼は、話している間、ずっとベイルに向けられていた。

 それでも、俺は、横にいるスタンの眼を見つめながら、その言葉を言った。


「そう」


 スタンの首が回り、ゆっくりとこちらへ向けられる。

 目が、合う。


「意味はあります。分不相応でも諦めることなく頑張れば、分相応な人間に追いつける。そして、強い意志を持って追いついたあなたのような人は、才能がある人間よりも強く、折れない。だから、自分もそうなることができるのだと勇気づけられる。あなたが頑張れば、ボクは勇気づけられる。あなたがいるからボクは才能がなくても頑張れる。そう、思わせてくれる意味があるのです」

「…………考えたこともなかったな」

「でしょうね。ボクが勝手に憧れていただけですから。それだけ、あなたは影響力があるんですよ。そしてそれは、ポジティブな意味だけではなく、ネガティブな意味にも通じる。あなたの頑張りはボクに影響を与えるし、あなたの諦めもボクに影響を与える。あなたが諦めた時、ボクはどれだけ絶望したか。所詮才能がない人間は頑張ったところで無駄なのだと思いしらされたのですよ」

「…………」


 考えたことも、なかったな……。


「二律背反」

「あ?」


 スタンは机に立てかけてた、剣を机の上に置いた。

 ゴトッと鈍い音が鳴る。


「にりつ……? 何だって?」

「意味、知りませんか? 相反する二つの感情を同時に持ち続けることです。あなたにもあるでしょう? こんな場所にいるべきじゃない、という感情と、今更【勇者】たちの元に向かったところでどうにもらならない、という行動したいのに、勇気が出ないと言うそういう感情が」

「ああ、そういう意味」


 別に、俺はそういう感情を抱いているわけではないが、何も事情を知らないスタンからすればそういう風に映るのが当然だ。


「ボクにもあるんですよ。二律背反の感情が、あなたにこの村を出て欲しいという感情と、今まで頑張ってきたあなたをこれ以上頑張らせないでこの村でゆっくりさせたいという感情が。あなたへの期待と、失望と、好意がまぜこぜになってます」

「三つだな」


 二律背反って言ってたのに。


「感情の数はどうでもいいんですよ。ボクはその感情の持って行き方がわからない。だから」


 チャキ……。


 鞘から剣が少しだけ抜かれた。


「何のつもりだ?」


「外に出ましょう」


「あ?」


 表に出ろ。そう言ったのか?


「ボクと戦ってください。レクス・フィラリアさん。元勇者パーティのあなたとユノ村警備隊隊長。どっちが強いか。白黒はっきりつけましょう」


「はぁ?」


 表に出て、俺と喧嘩しろ。


 冷ややかな笑みを張り付けた金髪の青年は、そう言っていた。

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