第22話 みんなで朝ごはん

 家に帰ると、いい匂いがする。

 これは焼き魚の匂いだ。


「みんな、おかえり〜。手を洗ったらご飯食べて〜」


 3人で並んで手を荒い、ダイニングに向かうと、もう萌の皿は空っぽだ。


「今日の塩しゃけ、めっちゃおいしいよ、ねーちゃん」

「萌は魚好きだもんな」

「うん! あ、体は?」

「動かしたから平気」

「よかったぁ」


 父はすでに出勤済み。

 母は父と朝食を終わらすため、今から食べるのは、華とコンル、慧弥の3人だ。


「「「いただきます」」」


 慧弥とコンルの食欲は、朝から旺盛だ。

 味噌汁をすすり、焼き魚を頬張り、ご飯を運び、と忙しない。


 コンルはまだナイフとフォークとスプーンでの食事だが、音を立てない美しい所作だ。

 逆に習いたいぐらい。


 だが、ふと、手を止めた。

 箸に気づいたようだ。


「あの、ハナ、棒の持ち方、合ってますか?」

「箸、な! 今日から使う?」

「はい。便利そうなので。あと、このネバネバしているのは、なんですか?」


 納豆だ。

 すでに鰹節と麺つゆ、辛子で味付けをされた納豆が、小鉢にいれられていた。

 焼き魚以上に、腐臭漂うそれに、コンルは興味があるが、触れられないでいた。


「それ、納豆っていって、発酵食品。そっちに、チーズとか、生ハムとかある?」

「はい、あります」

「それの、豆バージョンだね」

「……でも、こんなに、糸をひいたのは、食べ物じゃないと思います……」


 ちょんちょんと箸でつつくコンルに萌が笑う。


「やっぱり、コンルさんって、外国人なんですね。納豆苦手って、かわいい」

「かわいいって……ハナは、ナットウ、好きですか?」

「あたしは、好き。コンルはどうする?」


 コンルは少し目を伏せ、考えている。

 華が味噌汁のおかわりをよそい、テーブルに着くと、コンルは言った。


「……僕は、ナットウ、……遠慮してもいいですか?」

「もち。じゃ、あたしがもらう」


 華がずるずるとすすりだしたのを見て、コンルの顔がしょっぱい。

 あまり素敵な食べ物に見えないのだろう。

 食べるときに音もでるし、ネバネバするし、匂いもひどい。


 だが、食べないことをコンルが決めた。

 嫌いを、自分で決めたのだ。


 コンルのなかでそれが大きな出来事に思えてならない。


 ──いつも母親の顔色を見て選んでいたのを、思い出したのだ。


 嫌いなものも、母が好きだからと、『好き』と言ったこと。

 好きなものも、母が嫌いだからと、『嫌い』と言ったこと。


 小さな思い出の積み重ねだが、積み上がれば膨大だったのだと思う。

 見た目からして苦手だった納豆が視界から消えたことが、これほど清々しく、気持ちがいいものなのか。


 コンルは驚いていた。

 だからか、より味噌汁とご飯が、美味しく感じる。


 華だが、なぜ、納豆をズルズルとすすっていたのか。

 味噌汁をよけいに飲んでいるのか。


 深玲の言葉が引っかかって仕方がなかったからだ。


 引っかかって引っかかって、喉がつまる。

 だから、簡単に飲み込めるもので、胃を満たそうとしていた。 


「ねーちゃん、『フシミさん』っていう、おまじない知ってる?」

「おまじない?」


 おまじないの類は華も小学、中学とハマっていた。

 叶うことがなくても、することに意味があるのが、おまじないだ。


「今、流行ってんの?」

「うん。雨が降る夜中の2時にやるらしいんだけど、コップに水を入れて、塩をひとつまみ。で、そのコップに、『フシミさん』って5回呼びかけて、願い事を言って、水を飲みほすの。そしたら、フシミさんが願いを叶えてくれるんだって」

「へぇー。フシミさん、大人気だね。ヤバいね」

「その、フシミさんって、漢字で書くと、『不死身さん』。死ねないからいつも寂しいんだって。で、願いを叶えたあとの雨の日に、友だちになってって来るんだって」

「こわっ!」


 肩をさする華に慧弥は笑うが、麦茶を飲みながら、「あ……」と、なにか思い出したようだ。


「そのおまじないの発祥、音呉村ってウワサあるんだよね」

「はぁ? まじこわ!」


 コンルは慣れない箸に悪戦苦闘しながらの食事のため、会話には不参加だ。

 だが、とても楽しそうに食事を楽しんでいる。


 ほぼ食べ終わった3人がぎゅっと額を寄せる。


「どうも、キクコさんとの関連があんだよ」

「え? そっち?」


 わー興醒め。というのを表情に書くが、慧弥は続ける。


「キクコさんって、雨の日に出てくるって言われてるの知ってるか?」

「しらね」

「知っとけよ。で、フシミさんも、雨の日、だろ? だから、フシミキクコが本名じゃないかって言われてて」

「「うわぁ……」」


 鳥肌が立ったのか、華と萌は必死に肩をさする。


「で、もし、『不死身』の『キクコ』、だとすると、……ゾンビじゃね、華」

「……え? ゾンビ? あ。ゾンビじゃん! ゾンビじゃんよ! えー、どうしよ。テンション上がってきた……!」


 思わず立ち上がったが、それでも抑えきれない喜びをY字バランスで表現する。

 その華を見て、慧弥が笑う。


「これは今、俺が思いついた」

「……ちっ。……慧、デザートなしな!」


 母が出してくれた柿を奪おうと華が手を伸ばすなか、コンルは嬉しそうに華に茶碗を見せる。


「ハナ、どうです? ゴハン、きれいに食べれましたか?」


 一粒も残っていない茶碗を見て華は手を叩く。


「やるじゃん、コンル」

「はい。昨日、トシに教えてもらったんです。ゴハンの一粒一粒に神様がいるって。だから、キレイに食べると喜ばれると」

「おー、慧、やるじゃーん。でも、柿はやらねー」


 ドタバタと食後を楽しむ3人を見ながら、萌はスマホを見る。


『ちゃんとフシミさんに、あんたの大好きなねーちゃんが、いっぱい不幸になりますよーに!ってお願いしといたから』


 学校のグループのリーダー、斉藤玲那さいとう れなからだ。

 メッセージは、4日前の日付で止まっている。

 返信はしていない。


 外を見ると、夜には雨が降りそうな、曇り空に見える──

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