第14話 キーパー・ミノタウルス戦

 華は奥歯を噛み締める。

 意識が遠のくのを無理やりひきとめた。

 鼻腔の奥に、懐かしさと、胃の痛くなる匂いを感じながら、脳裏の映像を現実に戻す。


「だーっ!」


 体を丸めた。

 刀を離さないよう、必死に握り、地面に転がる。

 だが、想像以上だ。

 面の中に土が入り、口の中がじゃり、と音を立てる。

 かすむ視界がとらえたのは、召喚ミノタウルスの腕と足だ。

 叩き潰そうと、拳と踵が襲ってくる。


 体をひねり、刀を回す。

 刀の弧に合わせて、体をめぐる液体が線を描きながら、砂になって消えていく。

 総勢、12体。腕、足、首を彼らの体から離すと、砂の束から華は飛び出した。


「コンル、いくぞっ!」


 改めて攻める先は、キーパー・ミノタウルスだ。

 彼の言葉は通じないが、華にはわかる。

 大変、お怒りだ。

 目が血走り、吠える声が激しい。

 サイレンのように響く声に合わせ、召喚ミノタウルスが動くが、これ以上召喚される気配はない。


「……怪人にも、限界ってあんのね」


 逆にいえば、コンルの技にも限界があるということか───


 華は改めて振り返る。

 球体の中のコンルが、夕日に透けて見える。


 黒いシャツだからかよくわかる。

 すでに、肩で息をしている。


「……見ててね、婆ちゃん」


 華は足を踏み込んだ。

 キーパーもまた、華に足を踏み込む。

 瞬間、キーパーの足が氷漬けになった。

 だが、体全体を凍らすまでには至らない。

 キーパーはさらに足を踏み出し、氷漬けの足すら捨てる勢いだ。


 前進する華の前に、召喚ミノタウルスが横入りしてくる。

 振り回される大ぶりの腕が邪魔すぎる!

 持ち前の動体視力でかわしていくが、体力の消耗もあり、かわしきれない。

 だが、吹っ飛ばされた反動を利用して方向転換。

 再びキーパーと間合いを詰めていく。


『あと、1分』

「うるせーっ!!!!」


 足がちぎれかけるキーパーに、華は走り込む。

 振り上がる腕を刀で受け流し、弾くと、後方へと滑るように回り込んだ。


「倒れろぉぉっ!」


 両膝の裏を、華は大ぶりに回転、勢いよく切りつける。

 新体操のリボンのように華麗に円を描いた刀は、赤茶色の血を振りあげ、砂となる。

 華を振り払おうとするものの、後方にいるためうまく払えない。


「斬れろって!!!!!」


 華は追撃する。

 大きく開いた肉に向かって、刀を突き刺し、回す。

 強引に刀をはらうと、ぶちんと音がなる。

 頑丈なコードが切れたような、そんな音だ。


 それが膝裏の腱だったのかはわからない。

 だがキーパーはより大きな咆哮をあげ、腰が地面に着いた。


 ボスがとっさについた右腕を、手首ごと切り落とす。

 滑るように寝そべったキーパー。

 だが、痛みを感じるか、かなり激しくのたうちまわる。

 動きを読んで飛び上がり、首を斬りにかかる。

 だが、まるで巨木だ。

 太い筋肉で覆われた首は、脊椎も太く頑丈だろうことは想像に容易い。


 斬れないと思った方が負ける──!


 刀を上段に構え、飛び上がる。

 だが、虫を払うように、傷のない左手が伸びてくる。

 まさか視認されているとは迂闊だった。

 華の胃が冷える。

 飛び上がった体で、防御をとることは難しい。

 息を飲む。


 次、アレを喰らえば、絶対、死ぬ……!


 体が強張る。

 もう、時間がない。

 強化が弱まっているからだ。

 体を覆う光が弱い。それに体の痛みもわいてきている。


「──ハナ!」


 頭上で声がする。

 振り返る暇はない。

 コンルが渾身の力でボスの左手を凍らせたのだ。

 太い胴体にしばりつけるように凍らされた腕は、振り上げることができない。

 切り落とされた腕で氷を払おうにも、右手には手がない。


 視界の端で、落ちる影が見えた。


 コンルだ。

 時間切れだ。

 割れた光の球から、コンルが地面に落とされたのだ。


 まずすぎる!


 すぐに、助けに行きたい!

 ピクリともしないコンルに、数は少なくとも、召喚ミノタウルスたちが集りだした。


「ふざけんじゃねぇぇぇえええぇえぇ!!!!!」


 だが、優先順位は、キーパーを倒すこと。


 華の判断は、瞬きする時間もかからなかった。

 華は車よりも太いだろう首に、刀を振り下ろしていく。

 面で隠れた顔は、勝手にあふれた涙で濡れている。

 もう、斬れればよかった。



 半分でもいい。

 斬って、コンルを、助ける───!!!!



 瞬間、華の体が温かくなる。

 炎が体に宿ったのだ。

 それは刀から体に巻きついた炎だ。


 紫炎は刀というより、鞭のように長く、細く伸びる。

 華はリボンの要領で紫炎を揺らし、しならせた。

 燃える音を鳴らしながら、ぴったりとキーパーの首に絡みつく。


 これは、蛇だ。


 華は思う。

 自分の意思を守る、従順な蛇だ。


 紫炎をほどこうと、もがくキーパーだが、触れることは手がないので、到底無理だ。

 じりじりと締めあげながら、触れる体を燃やしはじめる。


「焼き落とせぇーーーーっ!!!!」


 地面に着地した華は釣竿のように、刀を引いた。

 紫炎はよりキーパーの首にくいこみ、どんどん締め上げていく。


 召喚ミノタウルスの肘が華の脇に刺さる。

 殴られながらも、華が叫び、刀を再度振り下ろした。

 硫黄の匂いが辺りに立ち込めた。


 ──じゅわん。


 不気味な音ととともに、キーパーの舌がでろりと伸びて、頭が転がった。


 煤を散らしながら落ちたボスの頭もじりじりと燃えていく。

 さらに火花を散らしながら、鎧共々、灰へと変えていく。


 呆気にとられるも、召喚ミノタウルスの腕が華を襲う。

 とっさに地面に転がることで避けた華は、召喚ミノタウルスに向かって刀を突き上げた。


 だが、手応えがない。


 振り返ると、次々と召喚ミノタウルスが砂になって、消えていく。

 安堵するも、コンルを思い出した華は、納刀しながら駆け寄っていく。


「コンル……!」


 華は泥まみれのコンルの肩を揺らす。

 目が開かないコンルを膝に抱き上げ、頬を叩く。


「……おい! コンル! 生きてるか! おいっ!」


 陶器のようなきれいな頬が、殴られ痣になっている。

 唇の端も切れ、若干、鼻血の形跡もある。

 額には傷がない。

 だが、もしかすると、内臓が傷ついているかもしれない。


 華は改めて息をしているのか、コンルの口元に耳を当てた。

 温かい息がかかる。


「……これ、夢だったんですよ……愛する人に抱き起こしてもらうっていう……」

「寝てろ」


 ドスンと落とし、華は立ち上がるが、幸せそうに地面でコンルは微笑んでいる。

 いや、声をあげて笑いだした。

 コンルも満身創痍だが、とても元気そうだ。

 だが、緊張が解けたせいで、華の膝が高々と笑いはじめる。


「……やばい……もう、歩けないかも……」


 地面に這いつくばった華に、慧弥の声が飛び込んでくる。


『画面ハックしてるが、自衛隊が到着間近。その場から早く逃げろ!』

「逃げろってどこにだよ!」

『7時の方向、使ってない小屋がある。そこに行け。ドローンで案内する』


 地面に寝転びながら、7時の方向を見てみたが、ただの藪だ。


「……遭難しそうなんだけど」

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