第13話 いざ、出陣……!

「ヤバい。吐く」


 浮いてから、30秒で酔ったのは華だ。


「ここで吐かないでください」

「いや、吐きたい」

「ダメですって。臭いこもるし」

「ちょっと穴開ければいいじゃん……うっぷ」

「無理です! 球体になってるから移動できるんです! ダメですって!」


 現在、上空200m程度だそうだ。

 慧弥が操作するドローンとともに移動中である。


 スピードは、ドローンが並行移動できる程度なのだが、時折、落ちる。

 ジェットコースターの落下の感覚がわかるだろうか。

 少なからず起こる気流の関係だというが、それが頻発するのだ。

 華はジェットコースターなど得意ではないのはもちろん、自分の足で飛び降りるならまだしも、落とされる感覚が立ったまま起こるという現象に、華は酔うことで対応していた。


「マジ、これ、もうミノ、倒せねぇ……」

「ハナ、だめです。諦めちゃ、試合終了ですよ」

「始まってもいねーからいいんだよ、諦めて!」


『華、召喚ミノタウルスたち、あと1キロもしないで、民家に突入するぞ。この前より、ずっと早い気がする』

「マジかよぉ。自衛隊は?」

『避難誘導で手一杯』

「ありえねー。さっさと逃げろよぉ」

『ファンタジアに頼りっきりだったのが、アダになってるな、こりゃ』


 コンルに通信が聞こえていないため、華が端的に説明する。


「移動が早い。もうすぐ民家だって」

「なら、酔っている場合じゃないですね! ファイトですよ、ハナ!」

「そもそも、あんたが変身とかなかったらよかったんだ!」

「今更その話ですか?」


 やわらかな笑顔で言われるのが、癪に障る。

 いや、もう、怒りだ。

 華はドンドンと球体を殴りつけた。

 ……もう過去は変えられない。

 今、コンルが変身できないから、華が勇者の剣となった刀で戦うのだ。


「だー! ムカつく! ムカつく! ……うっ……んぐ?」


 何か大きな音が、球体を震わせた。

 慌てて下を覗き込んだ華だが、


「はい、酔った。もー、なんにもわからん!」


 顔面蒼白の華だが、一瞬、確認できたことがある。

 召喚ミノタウルスたちが木々をなぎ倒しながら進んでいる光景だ。

 踏み荒らされた牧草地は草がはがれ、上からでもわかるほどの穴がある。

 それに、あの木々のなぎ倒し方──

 樹齢30年クラスの木々が並んでいるのだが、それをいとも簡単に倒していたのだ。

 民家にまで到達すれば、初めてきた魚頭の比じゃない。

 家を倒壊されるのは、時間の問題だ。


「ハナ、もう到着です。残りの強化タイムは、4分弱です」

「……わーったよ! ボスミノまで着いたら、ボスの足、止めろよ、コンル」

「任せておいてください」


 華が刀を抜き、構えるが、ふらふらと揺れる球体にさらに吐き気が。

 よろけながらも、しっかりと刀を構えた直後、落下した。

 だが、するんと膜に覆われながら落ちたため、衝撃はない。


 見上げると、ひと回り小さくなった球体がある。

 その中から、コンルが魔法で対応するようだ。

 確かに今の姿は見せられない。

 いい連携が取れそうだ。


「……よし、ぶった斬る!」


 歯で内側の頬を噛み、痛みでごまかし走り出す。

 血の味が口の中に広がっていく。

 溜まった血を吐き気をごと飲み込み、目の前の召喚ミノタウルスへ斬りかかる。


 見た目は今朝のゾンビより、ずっとガタイがいい。もちろん、スピードもある。

 軽く避けると、地面に腕が刺さりこむほどだ。


「やば……」


 華の登場に、召喚ミノタウルスたちは敵と認識。

 磁石を置いた砂鉄のように群がり始める。


「だー! 邪魔なんだよ!」


 振り上げられる腕を斬り落とすが、動きが止まらない。

 囲われた華だが、開脚で地面に伏せると、上半身を華麗に回転させながら、彼らの太い脚を斬り落とす。


「めっちゃ、斬れる……!」


 朝のゾンビは柔らかくて叩き落としていたイメージだったが、今は違う。

 間違いなく、斬っている。

 さらに強化魔法が体に覆われているおかげで、動くスピードが速く、何より、力が強い。


 あまりの切れ味の良さに、華にスキが生まれた。

 召喚ミノタウルスの素手パンチが、もろに当てられる。

 右肩に打ち込まれた拳だが、踵で衝撃を踏ん張れた。

 さらには、ほとんど痛みもない。


「いけるぞ……」


 正面に対峙した召喚ミノタウルスの拳を頬横でかわす。

 大きく空いた懐へもぐり、手首を返すように刀を回せば、華の太ももぐらいあるだろう二の腕がきれいに落ちていく。


「弱わんねぇのかよ!」


 胴体を切り分けても、全く動きが止まらない。

 今朝のゾンビの比じゃないしぶとさがある。


「ハナ、首を落としてください!」


 上からのコンルの声に、すぐに刀を返し、首を落としにかかる。

 ただ、首だけはコツがいる。

 関節の間に刃が入らないと、滑って振り抜けないのだ。

 半分しかない首でも、動きが止まらないのはゾンビと同じだ。


「なんだよ、こいつら! コンル、道!」


 ゴリ押しで首を斬り落とすと、コンルが魔法を放ち出す。

 ツララだが、ツララなんて、ヤワな言葉で表現していいのか迷ってしまう。

 まるで透明な太い杭だからだ。

 それは軽く触れただけでも召喚ミノタウルスの体を凍りつかせる威力がある。


「これ、あたしも触ったらヤバいーっ?」


 凍った召喚ミノタウルスを砕きながら華が声を上げると、


「凍ります!」


 とんでもない答えが返ってくる。


「ありえねー!!!!」


 進む華を止めようと、召喚ミノタウルスの攻撃は止まらない。

 足元から、肩から、腕からと凍りだすミノタウルスだが、獰猛なだけあり、同胞が凍って邪魔なら、切り裂いて進んでくる。仲間意識というものはないようだ。


 背中から凍った仲間を粉砕し、華にアッパーが繰り出されるが、華は反り返りながら拳を交わす。

 ギリギリ顎の先をかすっていく。

 逆立ちの要領で地面に手をつくと、両腕の反動をつかって足を蹴りだした。

 しゃくれた顎にはまった踵は、強化魔法もあって、2体を同時に地面に倒す。

 華はその上に綺麗に着地を決めると、手首で刀を回して、2本同時に首を斬る。


「慧、残り時間!」

『あと2分。いけるか?』

「いくしかねーだろ!」


 華は、より一層、駆け出した。

 華のなかのスピード感はいつもと変わらない。

 他が遅い、という印象だ。


 だが慧弥から見ると、それは異様な速さだ。

 赤いラインが動き、すり抜けるだけで、召喚ミノタウルスが砂になっていくからだ。

 ほぼ華の動きは目で追えない。

 ミノタウルスの倒れる動きをなぞることで、進んでいる場所がわかる状況だ。


『すげぇ……』


 思わず声が出てしまう。


「慧、状況!」

『あ、召喚ミノタウルス、三分の一ぐらい、減ったぞ』

「まだそんなにいんのかよ!」


 流れるように走る華の動きに合わせ、コンルは氷の地面を描いていく。

 ちゃんと華が走るための草の道が残されているのが憎いところだ。


 華の横には氷像となった召喚ミノタウルスたちが並ぶ。

 不規則に、そして、密集した氷像たちは溶けることはない。

 暮れかけた朱い陽がかかり、神秘的にも見えるが、芸術的とは言い難い。


 だが、その氷像をぶち壊しながら、召喚ミノタウルスは進んでくる。

 明らかに華を倒すことに切り替えたようだ。


『華、囲まれてる!』


 慧弥が叫んだ。

 だが、華の動きに乱れはない。

 華の戦い方は、新体操だ。

 回転をしながら後方に視野を配り、さらに刀での攻撃を繰り出す。

 間合いは、ジャンプとバック転だ。

 戦い慣れをしてるはずの怪人たちだが、華の動きはトリッキーすぎる。

 さらにバランス感覚もある華は、召喚ミノタウルスの頭の上に、片腕で倒立できるほどだ。

 華を頭に乗せたミノタウルスだが、他のミノタウルスの標的になったようで、無惨にも殴られ潰されていく──


 サポートにまわるコンルだが、華の動きを見ながら思っていた。


 これほど戦えるのは、勇者でも少ないのでは、と。

 皆、魔法に頼り、剣で戦う勇者はもう絶滅危惧種だ。

 勇者だった父の背と、華の姿が重なり合う──


「コンル、次!」

「……はい!」


 もう、キーパーが目前だ。

 しかし、壁となって召喚ミノタウルスが立ちはだかる。


「よーけーろーっ!」


 華の叫びに呼応するように、召喚ミノタウルスたちも叫び声をあげる。

 振り上げられる拳はまるで雨だ。いや、噴火で降ってくる岩のよう。

 それでも華の動きは止まらない。

 もう強化魔法を自身の能力に取り込んでいる。


 優雅に体を回し、跳ね、腕を振る。

 それだけで召喚ミノタウルスたちは地面に崩れていく。

 首を切るのにも慣れてきた。

 どこに刃を入れれば落とせるのか、もう目視で判断ができている。

 目の前に並んだミノタウルスに、片手で振り抜く。

 3つの頭が地面にすとんと転がった。


「キーパー、いくぞ!」


 段違いに並んだ召喚ミノタウルスの頭を踏んで、跳ねて、跳躍した。

 だがその動きを読んでいた巨大ミノタウルスの拳が、華へと向かう。


 空気が止まった。


 華の息が詰まったからだ。

 大きな拳は、華の上半身全部を殴っていた。


 あまりに大きな拳は強化した体でも振るわせる。

 華は高く放り出され、頭から地面に落ちていく。


 空が見える。

 雲が浮かぶ。

 朱く焼けた雲ある。


 思い出したくない記憶が、そこに、ある──

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