挫折感

第21話

「とりあえず、これでれっきとした不良少年だね」

 隠れ家として選んだのはネカフェ。安直ではなく定番といいかえれば、それとなくがつく。便宜上、カップルシートを選んだけれど、僕らのレジスタンス活動期限は資金の問題上、もってあと3日。無料の飲食物で出来るだけやっていくつもりだけれど、警察による『捜索』が開始されるとすれば、今すぐにこの頼りない扉が開けられるとも限らないのが現状だ。

 椎名はサービスで渡された毛布にくるまっているだけで、以前とまったく変わっていない。

 一方で僕はと言えば、足こそまともに動かせるようになったが、それ以外は自分でも嫌になる無様さ。特にメンタルと記憶の質は、ここのメロンソーダの炭酸より薄い。

「つまり、椎名は閉じこめられてたってこと?」

「って言ってもほんの2日だけど。運よく抜け出せてからは、ずっと探してたの。真実を」

「真実を、ね」

「きょーやの手の傷跡それは事実。記憶が無いのも事実。万年筆を私にくれたのも事実。でも、あのとき言った私の言葉は本心からきた真実」

 きっと椎名のいっているのは、椎名に抱きつかれた時のあの一言だろうな。


 ―――きょーや、もっと。もっと私を頼って―――


「そ、それで、何か分かったのかよ」

「うん。きょーやはいろんな人に狙われてる」

「結城先生と沙紀先輩か……」

「それともう一人、きょーやを轢いた人」

「あぁ」

 黒い革手袋をつけた女。椎名がどうやってその存在を知ったのかは分からないが、僕の中にもその記憶はある。警察だっていまだにその人物を特定には至ってないはずだ。そもそも椎名の居場所も分かっていないくらいだし。

「それで、これからどうする」

「結城先生のことは避けつつ、先輩のことをもう少し調べなきゃね」

「でも、沙紀先輩はその頃、留学中でドイツに居たんだし、不可解だけど無関係ではあるんだよな」

「そうでもないかもよ」

「おいお……」

 椎名の白い人差し指が僕の唇を制する。誰かがさっきからウロウロしているのだ。

 もちろん、店員のはずはないし、何かを注文した覚えもない。

 …………やがて足音は角を曲がっていった。

「マンガでも探してたんだよきっと」

「はは」

 僕らはどうして隠れなければならなくなったのだろう。その理由も失った記憶のどこかに原因があるのかもしれない。

「それにしても寒いね」

「コンピューターのクーラーのせいなのかな、確かにちょっと暖房が効いてない気も」

「そっち行っていい?」

 2.5畳程度?の部屋なので、そっちというのは取りも直さず僕の隣のことだ。黙って頷き、彼女と肩を合わせる。

「ずっと独りだったから。ごめんね」

「いや」

 僕もそうだ。入院してからというのも、僕はずっと孤独だった。椎名や他の二人も優しくはしてくれたけど、その反面、このような事態にまで発展させもしたり。とにかくいろいろと忙しかった。椎名は実際、閉じ込められた訳だし、さぞかし寂しかっただろう。

「もう少し頼らせてくれよ」

「うん」

 きっと今の状況は流行の風邪なんだ。あともう少し頑張れば時期が過ぎるか、免疫がつく。


「Guten Abend.[こんばんは]お二人さん」

「沙紀先輩!?」

「お久しぶりですね先輩」

「椎名さん、お楽しみのところごめんね?」

 まさしく外国人よろしく、スタイルの整った沙紀先輩であれば、ほんの少し背伸びするだけで上から室内を窺えるらしい。

「どうしてここが」

「だって、君たちが撒いたのは先生でしょ。私はずっと第三者として見守ってただけだもん」

「第三者ですか」

「うん!勝手に狂うように想う年増でもなければ、の監禁ごっこをしてたお子様でもない、一番中立の存在」

「そんな先輩が僕を刺そうとしますかね」

「あれは仕方なかったの。君を止めると見せかけて、逆に他の誰も近づけない間合いを作る必要があったからなの」

 毛布の下で椎名が手を握ってくる。とにかく鍵は開けていないのだから、呼び出しボタンで店員を呼べば一時的に何とかなるはず。

「京谷君に何かしたらマジで許さないから。せいぜい最後にイチャイチャしておきなさい」

 僕の動きに察したようで、沙紀先輩が僕らの視界から消える。


「ご注文の品をお持ちしました」

「あ、はい。あの、近くに女の人いませんか?」

「はい……いらっしゃいませんが」

「すいません、ありがとうございます。椎名、手、離して」

「う、うん」

 ぎゅっと握られていたので、少し跡形がついている。ゆっくりと扉を開けるとそこには男性店員が居て、手にはフレンチトーストが。パネルを見ずに押していたので、単なる呼び出しではなく、注文してしまっていたらしい。

 履歴をみると既に6分前となっており、二人とも思っていた以上に、沙紀先輩の登場に動揺していたらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る