第14話

「沙紀先輩が何を言っているのか、それすらも分からないなんて不公平でしょ」

「仕方ないよ。私は鈴木すずき沙紀さきであると同時に、君の『先輩』なんだもん」

 横暴だ。それも善意による悪質な、専制的な。どうしてなんだ。

「どうして先輩なんですか」

 そのままの意味の問いかけでもあり、そして、沙紀先輩であったことへの怒りだ。

 そんな含みを感じ取ったのかはいざ知らず、先輩はただ悠然と『どうして後輩くんなの?』と尋ね返してきた。

「教えてよ。どうして君は私のお願いを聞いてくれないの。椎名さんが心配だから?それとも犯人捜しをして、スッキリしたいから?」

「沙紀先輩は、明るく励ましてくれるかと勝手に思ってました」

「私が明るいのは、君と居れるからだよ。分かる?この意味」

「分かりませんよ!それよりも僕は椎名を探さないといけないんです」

「たとえ自分が傷つこうとも?」

「またそれですか……」

「重要なことだよ。君は記憶が欠けているのに、それに関わる判断を下そうとしているのだもの」

 僕が忘れているだけで、実は椎名は過去に、どこへ雲隠れするかほのめかすような事を言っていたとでも言うのか。その理由も添えて。

「君は

「え」

 沙紀先輩が急に近い。

 違うな、僕が抱きついているんだ。いや、それも正しくない。

 僕が倒れ込んで、沙紀先輩に半ばもたれかかるような形で、かろうじて意識を保っているのか。


 朦朧としつつも、もうすぐ完全に倒れることだけは分かる。そんな悠長な僕の意識は、否が応でも耳をつんざく車のクラクションによって、幾分か引き留められた。

 見覚えのある車種から誰かが降りてくる。

 顔を見る余裕はなかったけれど、こちらに向かってきているのは確かだ。

 それも何かぶつぶつ独り言を漏らしつつ。

 僕を支える沙紀先輩の手がわずかに震えている――――――――


 ******


「痛ッッ」

 気づけば僕は後部座席で眠っていた。服は血に濡れたままだが、恐る恐るめくってみると、包帯で応急処置を施されてはいた。

 だがそこに運転手も医療行為を行った人物も、そして沙紀先輩も居なかった。

 窓の外は木々が生い茂っており、詳しい時刻は分からないものの、真っ暗なことから夜であるのはまず間違いない。街灯もほとんどない点から言って、だいぶ奥まった山間部か、あるいは田舎まで来たのだろう。日付が変更していないのであれば、ある程度近隣なのかもしれないが、いかんせんスマホも財布も何もかも無くなっていた。

 きっと例の運転手が持っているのだろう。

 となると………僕は助けられた訳ではないのか?

 そうだ、もし善意の通りすがりなら、目を覚ます場所は九分九厘、病院であるはずなのだから。

 僕は改めて辺りを観察する。

「うわッッ!?」

 バックミラーに女の姿が映っていた。

 ひとつ安心できた点は、見知らぬ犯罪者ではなかったこと。そして映っているのがたとえ黒髪ロングの女性であったとしても、幽霊ではなかったこと。


 この二点を断言できる理由は単純明快。そこに居たのは、他でもない僕の担任、結城宮子先生その人であったからだ。

 しかし、その事実から導き出される真実は未だ、いっそう闇が深く閉ざしているのだけれど。

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